私のロサンゼルス滞在記

蜂蜜の里

ロサンゼルスに旅立つその前、そしてLAXへ



 本当に、幼いころ。

 まだ小学生だったころ、私は親の仕事の都合でアメリカに10年間ほど住んでいました。


 それまで努力をしたことがなかった、甘ったれだった私にとって。

 全く英語をしゃべれない中で、現地校というネイティブスピーカーたちの中に放り込まれたこと、急にサバイバルの世界に身を投げ出す羽目になったことは、人生の中でもとても大きな出来事で。

 つらかったこと、理不尽だったこと、あるいは楽しかったこと、幸せな出来事、今でも兄弟とそのころの思い出を、懐かしく振り返るのですが。


 不思議と、長い月日を重ねてみると、楽しかった思い出がたくさんよみがえります。


 そんな、少し変わった体験談にお付き合いいただければ幸いです。



 海外で生活すると決まったとき。

 ワクワクするのか、それとも不安で胸がいっぱいになるのでしょうか。


 能天気な私は、どちらでもなかったです。


 幼いころから公文で英語を習っていて。

 (アルファベットがわかる程度です)

 優しい英会話の先生とも、(日本語で)会話が成立していたので。


 ま、なんとかなるでしょ、と思っていました。


 クラスメイトたちにお別れ会をしてもらって。

 お友だちにも、別れを告げて。


 いざ、成田空港へ。


 いろいろと面倒な手続きをしながら、「パスポートとチケットだけは無くしちゃダメだよ」と言われ、ウエストポーチ(だせえ)を持たされてそこに全てを入れて、万全の体勢で飛行機に乗り込んで。


 確か、姉、私。

 母、妹の並びで座ったと思います。

 (父は一歩先に赴任して、業者などの力も借りて、家や家具などを一人で取り揃えてくれていました)


 飛行機の中は、せまいしずっと動けないので、退屈で退屈で、姉や後ろの席の妹と、延々と話をしていたと思います。

 それでも、

 (うわー、好きな映画を見れるんだ!いつもは絶対許してもらえないのに!)

 (音楽も聞ける!)

 (なんか雑誌があるけど、つまらないなー)

 など、いろいろ飛行機の中でできることを見つけては興奮したことを覚えています。


 機内食が、意外と美味しいなと思い。

 CAさんがお茶を配ってくれる中、コンソメスープを選んだらジャンクな味で美味しかったり。


 そうやって、乗客の皆さんや乗務員の方々と一緒に、13、4時間の苦行を耐えて。


「皆様、大変長らくお待たせいたしました。まもなく着陸でございます」

 のアナウンスを背景に、LAX、ロサンゼルス国際空港に到着。


 外に出ると、まだ二月の初めで、少し肌寒かったけど、日本とは比べものにならないほどの晴天。

 高い位置にある窓の、ガラス越しに見える日の光が、眩しかったのですが。


 歩けど、歩けど、見えないひらがなとカタカナ、漢字。

 (当たり前です)


 アルファベットの文字、文字、文字。


 アルファベットは読めないわけではないのに、英語の読み方の勉強もしていたはずなのに。

 なぜか、精神的なショックのせいでしょうか、読解するのに、一呼吸おいてから、まるでモヤがかかったように、自分の理解力が落ちていたと感じてしまいました。


 イミグレーションも。


 大きな体の男の人、女の人が、

「ネークス(次)!」

「ハバナスデー(良い1日を)!」

 とぶっきらぼうに叫んでいるのが見えます。


 日本人の、サービス過多なぐらい丁寧な応対とは違い、ものすごく早口です。


 何かを聞かれても、?マークしか浮かばず、

「パスポー(パスポート)!」

 と言われ、手渡したらそれでおしまいで、バサッと返されたのですが、ほっとしたことを覚えています。


 荷物も受け取り、父の待つ入り口へ、非力な女性と子どもの力でがらがらとスーツケースを向かうと。

 さまざまな人たちに紛れて、父が立って待っています。


「お疲れさま!大変だっただろ」

 そう声をかけてもらったとき、どれだけほっとしたことか。


 たぶん、母を含めた全員がそうだったんだろうな、と今は思います。


 父と母は、彼らが本当に若いころ、すでに一度ニューヨークに赴任したことがあります。


 今思うと、田舎出身の若い夫婦が英語も喋れない中で、並々ならぬ苦労があったと思うのですが、その経験があった分、二人はすでに海外経験者でした。


 それでも。

 まだ若い母が、まだ行ったこともないロサンゼルスという海外で、三人の幼い命を一人で預かることは、かなりのプレッシャーだったのではないでしょうか。


 プレッシャーを分け合えるパートナーとの再会、母もとてもうれしそうでした。


 素直な妹は、体力があって面倒見のいい父が大好きなお父さん子で、パパ!と走っていき。

 優等生で、父にいつも期待されていた、けれどその分だけ反抗期の姉は、それでもそんな妹を優しい目で見守って。

 私は確か、妹と一緒に父のもとに行ったと思います。


 そうして、駐車場に向かうと。


 空港の出口に立っていた、ある男性が、急に父の持っていたカート(スーツケースを全部ここに載せてました)に手をかけます。


 一言二言父と話すと、そのまま父の後ろを歩き始めました。

 そして、父の停めた車の前にカートを置くと、父がお札を取り出して、男性に渡しました。


「え、何があったの?」

「わかんない」


 そうやって姉妹で話し合っていると、父が戻ってきます。

「あの人何やってたの?」

「いや、荷物運ぶっていうから、チップを渡したんだよ」


 見知らぬ人に、荷物を盗まれたり、暴力をふるわれたり。

 当然そんなリスクもある中、真っ当に仕事?をしてくれた、というのは今思えばありがたいのですが。

 (まあ、荷物くらい自分で運べるし、なんかガタイの良さで押し売りしてる感あってこわいけど)


 異世界に来た、という気持ちがさらに強まった出来事でした。


 日本で暮らしていたときは。

 私たちが住んでいた街は新興住宅地で、良くも悪くも同じようなサラリーマン家庭のおうちばかり。

 悪く言えば閉鎖的で、しかもそのことに全く気づかず、のびのびと生きていました。


 外国の人には、ほとんど会ったことがない環境だったんです。


 それが。

 日本人、アジア人とは違う人種の、しかも見るからに屈強な男性がさっと現れて、カートを急に奪ってしまう。


 本能的に、自分とは違う世界に恐怖を感じてしまう自分がいました。




 気を取り直し、駐車場に停めていた大きなバンに5人で乗り込んで。


 車を駐車場から出すと、そこから広がる景色は、パインツリー、ヤシの木が並ぶ、別世界。

 フリーウェイ(高速)に乗って、父が車を飛ばして、

 40分ほどで、ついた先には閑静な住宅街が立ち並ぶ中、着いたおうち。


「いい家だろ。この家は、庭に鹿も出るらしいよ」

 という、得意げな父(うざい)の声を背に、家中の探検です。

 私が与えられた部屋は、2階にあって、向かいには全く同じ構造の姉の部屋もありました。

 ベランダからは、きれいな景色も見えます。


 日本で使っていた、小学校入学の際に使う、学習机や、妹と使っていた2段ベッドも私の部屋に置いてあり。


 一人部屋だ!

 お姫さまみたい!

 

 幼稚園の時の将来の夢がお姫様だった私は、非常にテンションがあがったものです笑

 (小学生にしては、幼いと思わないでくださいね。いや、幼いんだけどさ)


 そのあと、姉の部屋、妹の部屋。

 特に妹の部屋は広々として、お庭も見えて、景色も最高でした。

 (ただ、広かった分、ピアノを置かれてしまって、ピアノの練習をするたびに私と姉が部屋に居座ったのが、今思うと少しかわいそうでした)


 そのあともいろいろ探検に行きましたが、私が一番気に入ったのは、書斎です。


 狭いけど、ドアがなく閉鎖的な感じのしない空間に、ずらり、と並んだ本の山。

 今までのおうちでは、本棚に散らばっていたのが、この空間にひとまとまり。


 日本が恋しくなったときは、この部屋にこもって本をひたすら読みふけった、ロサンゼルスの懐かしい思い出の一つです。


 そのほかにも、ダイニングにある、ガスで火がつく暖炉。

 安っぽい、豆電球のシャンデリア。

 (お城みたい!)


 廊下中にしかれた、ふかふかの絨毯。

 日当たりの良い、広くて天井の高いリビング。


 ホームシックが飛んでしまうくらい、素敵なおうちでした。



 今は、特にロサンゼルスは不動産バブルだから、とてもここには住めないだろうな……。



 アメリカは、治安の良し悪しが地域によって大きく異なり、安全を担保するには、どの地域に住むかが非常に大切です。

 その目安となるのは公立学校の教育レベルですが、私たちが住んでいた街は、小学校から高校まで、全米でも高い水準を保つ街でした。

 私立の学校に入れるよりも、さらに高い教育を受けられるということで、この街に住む子育て世帯も多かったです。


 (私の友人も、共働き世帯で三、四年ほど前にこの街にお家を買ったそうですが、お子さんのためとはいえ、このご時世にすごい!)


 懐かしい、色々な意味であたたかかった街の思い出です。


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