ラストソング

 僕と渚は無二の親友だった。渚は音楽が好きで、邦楽も洋楽もジャズもクラシックも、サウンドトラックでさえも、とにかく音楽と名のつくものは何でも聴いていた。ギターをいつも持っていて、僕が曲をリクエストすると、時にはそらで、時には楽譜を見ながら弾いてくれた。彼のギターは素晴らしかった。僕は音楽については全く素人だけど、彼に才能があることは分かった。

 彼は歌声も素晴らしかった。英語を話せたから、洋楽も邦楽もどちらも歌うことができた。流行りのミュージシャンから、大御所のロックシンガーまで、彼は全ての音楽家を尊敬していた。僕はそんな彼のことが好きだった。早く世間がこの才能に気付いてくれたらいいのに、と思った。

 だから彼がミュージシャンを目指し、上京すると言った時、僕は賛成した。色んな人に渚の歌を聴いて欲しかったし、東京で様々なミュージシャンと交流し、素敵な歌をつくって欲しいと思ったからだ。僕は彼が上京する日、夜行バスの停車場で、歌を歌ってくれないかとお願いした。

 渚は照れ臭そうに、それはいかにも映画的だなとか言いながら、小さい声で歌い出した。彼がつくった歌らしかった。

 僕は目を閉じて、歌に耳を澄ませた。心地良く、でも情熱的で、ユーモアがあって、彼の死生観がよく表現されている歌だった。僕は一回聴いただけでこの歌を好きになった。

 素敵な歌、と僕は言った。

 彼は、うん、と、それだけを口にした。

 彼が夜行バスに乗り込む時、僕は少しだけ泣いた。彼も泣いているようだった。彼は震える声で、またな、と言った。僕は、うん、と、それだけしか答えられなかった。きっと僕の声も震えていた。

 君は偉大なミュージシャンになるよ。口には出さなかったけれど、僕は心からそう思った。

 夜行バスを見送り、僕も頑張ろうという気持ちになった。


 あれから10年経ち、彼が故郷に帰ってきた時、僕は何と言ったらいいのか分からなかった。

 彼のつくる歌は全く売れず、彼は成功しなかったのだ。

 僕が彼に連絡を取り、会ったのは僕らがたまに行っていた漫画喫茶だった。

 彼も僕も大人になっていた。 

 会うのは、5年ぶり。

 彼は僕に言った。音楽は諦めたよ、と。


「東京に行ってみて気が付いたんだ。俺なんか全然駄目だって。俺より凄いミュージシャンはいっぱいいる。俺はそのことをこんなど田舎にいてもちゃんと知っていると思っていた。でも実際に目の当たりにしてみると、本当に才能のある人というのはいるんだなと思った。俺なんか全然駄目じゃんと思った。どれだけ努力しても埋まらない差。俺は10年やって気付いたんだ。俺に才能なんてない」

 僕は彼の言葉に愕然とした。僕は彼ほど素晴らしいミュージシャンを知らなかったから。

「俺は実家を継ぐことにした。だからもう音楽はきっぱり辞める」

 僕は反対しようとしたけど、でも、彼は何度も何度も考えた結果、辞めることにしたのだろうから、僕には何も言えなかった。

「最後に一曲、聴いてくれないか」

 彼はそう言った。


 実家の2階が彼の部屋で、僕らがよく音楽を聴いていた部屋だった。彼の母親が綺麗にしてくれていたようで、10年前とほとんど変わりがなかった。

「じゃあ、聴いてくれ」

 彼は自作の歌を歌ってくれた。素晴らしい歌だった。僕はこの世に存在するどんな歌よりも素敵だと思った。彼のこれまで経験してきたこと、学んだことの全てが詰まっている歌だった。

 アコースティックギターが強くかき鳴らされた時、僕の心も強く震えた。

 人生って何でこうも上手くいかないのだろう。

 僕は何だか泣けてきた。

 演奏が終わった後で彼は言った。

「泣くなよ」

 お前だって泣いてるじゃないか。

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がらくた 春雷 @syunrai3333

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