死ぬ夢を見た、死ねない俺がいた

赤いもふもふ

夢を見た

 子供のころから、野菜が嫌いで苦手だった。何か特定の野菜がダメとか、アレルギーがあるとかそういうんじゃない。ただ、苦かったり、触感が嫌だったり。理由は様々だったけど、それは大人になっても変わらなかった。

 ある日、俺は祖父の家にいた。俺に甘い母と違って祖父は、俺が野菜も食えないことに呆れを抱いていたようだった。

 俺は祖父の家で、野菜を食べられるようになる特訓をさせられ始めた。

 最初は、キャベツだか何だか分からない野菜の千切りと、俺の食べられる魚肉ソーセージを一緒に出された。

 俺はその時点で嫌だった。量が少なければいいとか、魚肉ソーセージと一緒だったらいいとか、そういうことではなかった。

 けれど祖父にとっては、そんなことを理解し得るはずもなく、俺は嫌々キャベツか何かと魚肉ソーセージを食べた。

 次の日からも、それは続いた。

 ある時、自分の母親が肉を一切食べられないことを祖父に追求した。肉はよくて、野菜はだめな理由が分からなかった。

 すると祖父は言った。

「あれは食べることが出来ん。お前は噛んで飲み込めるじゃないか」

 ああ、と思った。たしかに俺はアレルギーがあったりするわけじゃないし、食べたらすぐに吐き出してしまうわけでもなかった。

 ただそれは、俺が頑張っているというだけの話だった。事実、俺は野菜が苦手だ。それこそ、人生のうちで食べるような機会はなるべく避けてきたし、どうしても食べないといけないようなことがあっても、飲み物なんかで流し込んできた。

 だというのに、それは祖父には理解しがたいことの様だった。

 その日は、祖父の家の食卓に大勢が集まっていた。叔父や叔母、いとこや、もちろん母親も一緒だった。

 そこで出てきたのは、たこ焼きのようなものだった。中には野菜が詰まっていて、それをたこ焼きのようにしているものだった。

 俺の前には三つ、それが出された。

 俺はその三つをそれぞれ三等分に切った。たこ焼きもどきを一口で食べれるほどには、俺の野菜嫌いは甘くないようだった。

 すると、目の前に座っていた叔父といとこたちがそれをひょいと掴んで食べた。

「なんだ、おいしいじゃないか」

「普通に食べれるね」

 そんなふうに感想を言っている中、俺は絶望に包まれていた。

 ようやく、決心して、切って、食べようとしていたのに。そういうふうに他人に食べられてしまうと、また祖父はたこ焼きもどきを俺の前に置くだろう。なぜならば、俺がそれを食べていないからだ。

 嫌だった、食べたくなかった。ぱっと母親の方を見ると、彼女の目の前の皿には魚肉ソーセージが積んであった。母はそれに一度も手を付けていないようだった。にもかかわらず、周りの誰からも何も言われず、母は食事を楽しんでいるようだった。

 改まって自分の周りを見ると、野菜たこ焼きとでもいうべきそれらを美味しいと食べながら談笑する周りの人たちが目に入った。

 自分は今、またあの決心をやり直さなければいけないのだと絶望しているというのに、誰もそのことには気が付かない。

 それは当然だ。だってそんなこと想像もつかないだろう。野菜を食べられるのは当たり前で、食べられないのは普通じゃなくて、だから俺は今こうして食べさせられているのだから。

 目から涙が出た。目元を抑えたけれど、それは止まらなかった。

 もう嫌だ。なんでこんなに辛い思いをしなければならないんだろう。誰にも理解されない。当たり前じゃないのは自分で、それを変えようとしている彼らにとって、自分は理解することが難しい事柄なんだろう。

 もういいや。

 ふっと糸が切れた感覚がする。心の奥でぐるぐる巻きにして何かを抑え込んでいた糸は、ふっと切れた。

 翌日、俺は祖父の家を出た。このあたりのことはある程度は知っていたが、いつも車で来るような山の方にある家だったから、少し離れたところに何があるかは全く分からなかった。

 山に入ろうかと思った。けれど虫が苦手な自分にそれは無理だと思った。

 バス停か、工場のようなところだった。俺はそこに横になると、ぼーっと空を眺めた。

 もう何も食べる気なんて起きない。なんであんな思いをしてまで、食べて、飲んで、生きていなければいけないのだろう。

 そう思って、俺はただ横になっていた。

 あたりが暗くなったころか、あるいは翌日になっていたのか、捜索届を出されたという警察によって俺は保護された。

 なぜこんなところにいるのかと言う問いに、野菜を食べたくなかったからだと答えた。子供のころから嫌いだったのに、それを無理やり食べさせられるのが嫌だったのだと答えた。

 警察は、俺を祖父の家に送り届けて、もうこんなことないようにと言った。

 俺は答えた。

「はい、今度は気を付けます」

 頭の中では、やっぱり山に入るべきだったのだろうかとか、今度は死ぬから探す必要はないと伝えてから出ていこうかとか、そんなことをぼんやりと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死ぬ夢を見た、死ねない俺がいた 赤いもふもふ @akaimohumohu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ