断罪の指鉄砲~世界、救います~

宮谷ロク

プロローグ

「_君、ボクの仕事を手伝う気は無いかい?」


そう言われたのは、ある晴れた日曜日の午後だった。





俺は廣山智樹。笑っちゃうくらい普通の、どこにでもいる高校生だ。

一つ付け加えるとすれば、手先が器用な事だろうか。

俺は物心付く頃から親に裁縫を習い始め、今では糸と針さえあればどんなぬいぐるみでも作れるようになった。これも、日々の努力の賜物だろう。

そのおかげでクラスのオタクとか女子から注文が絶えないため、俺の懐は温かい。

そんな訳で、今日は依頼作品のサンプルの買い出しとお使いのダブルブッキングというハードスケジュールだったのだが、何故か変なお姉さんに絡まれた。鬱陶しい。


「え?美人女優とのツーショット撮影会?まったく、しょうがないですね。それなら…」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ。ボク、今そんな事一言でも言ったかい?」

「え、違うの?」

残念だなぁ。

「逆に本気でそうだと思ったなら、こっちは再選考も厭わないのだが…」

「じゃあそうしろよ。俺は見ての通り、買い物の真っ最中なんだ。邪魔しないでくれるか?」

「ただ道を歩いているだけで買い物が目的と分かるような万能能力の持ち主なら、今頃ボクはこんなに苦労してないね。」

「あんた、一体何があったんだ…?」


さっきから何だかローテンションなこのお姉さん、はっきり言って美人だ。

女の人という事をはっきりと表すようなちまっとした背丈だが、全体的にスレンダーにまとまっている。

顔も可愛いが、特筆すべきはその服装だろう。あの服は、修道服か?そして、肩の辺りには薄いピンク色の羽衣を付けている。これだと、まるで女神のようだ。


「そこはいいんだよ。…もういい、めんどくさくなった。じゃ、連れていくね?

「あ、ちょ、え?」

突然、足元が光りだす。現れたのは…何これ、魔法陣?

しかし、考える暇も無く、俺はその魔法陣に吸い込まれた。

「あぁぁれぇぇぇ!?」


☆★☆


…俺は、死んだのだろうか。

熱を感じない。背中が冷たい。…なんか、背中側だけ硬すぎじゃね?

「あ、起きた。おはよう、いい夢は見れたかい?」

「見れるわけないだろ。…これは、誘拐か?」

「誘拐なら、もっと然るべき服装をさせるだろう。ほら、服を着たまえ。君はこんな乙女の前で裸になるのかい?いやらしいなぁ。やはり再選考するべきか?」

「自分から連れ出しておいてそれはねぇだろ!」


俺は、裸で机の上に寝かされていた。机と言うより、ただの石に近いが。

周りには何もなく、まるで神様の部屋といった感じだ。

「いや、神様の部屋だよ?まだ何か勘違いしているのかい?」

「ふふっ、笑わせるなよ。お前が神だって?確かに服装だけは神かもしれんが、この状況だとただの拉致犯としか思えないぞ?もっと現実感あるハッタリきめろや。あぁん?」

「なぜボクはガン飛ばされているんだ…?はぁ、まぁいいや。とりあえず、混乱した君に説明をする。」

「なんか勝手に混乱してる扱いされてるんですけど…。」

「君は、神に選ばれた存在だ。これから、世界の敵の撃滅に挑んでもらう。」


「…は?」


「事態が呑み込めないようだね。いいよ。細かい説明までしてあげよう。」

そして、その仕事について説明してもらった。

つまり、要約するとこうなる。

まず大前提として、この世界は幾つもの世界同士でバランスを保たせる事で始めて世界となるそうだ。

そして、さっきまで俺が生きていた世界とは違うもう一つの世界が崩壊の危機に立っているとの事。

それを防ぐためには、別世界への転生耐性が高い人を送り込んで直接原因を取り除く必要があるそうだ。

しかし、一度別世界へと送り込むと、もう元の世界へは戻れないのだそう。

だから、さっき許可を取っていたんですね。


「どうだい、やってみないかい?」

「やるわけないだろ。今から買い物行かなきゃなんねぇって言ってるだろ?お断りだ。」

「そうかい。…ならいいよ。じゃ、さよなら。」


そう目の前の女が言うと、また地面に魔法陣が出てきた。

息つく暇も無く、俺はまた元の世界に戻された。


☆★☆


気が付くと、俺はいつもの商店街に戻されていた。

…何だったんだ?

「まぁ、いいか。忘れよう。」

そう言って、俺は裁縫屋へと向かった。



「あ、智樹君だ。やっほー!」

「おぉ、やっほー。」

何だかルーズになってた俺に話しかけてきたのは、

何故か最近俺にべったりなクラスメイト、小峰優香だ。

身長はさっきの謎女よりほんの少し大きいくらいだろうか。

短いボブの髪が謎女とは対照的だが、決定的に違うのは胸だ。

さっきの謎女はそれなり、というかかなり大きかったが、対する優香は控えめだ。

いや、しかし、服を着ているから小さく見えるだけでは…?


「と、智樹君?いくら君はもう彼氏にしてもいいくらい好感度高いって言っても、流石に胸のガン見までは許可した覚えはないよ?」

「俺もそんな事聞いた覚えは無いよ?…でも、私達はただ人形でつながっただけの、見せかけの友情じゃないっ!」

「そんな事ないわ!何故なら、私は(人形を作ってくれる限り)あなたを愛していますもの!」

「駄目だな、顔に内心が出てる。」

「くそっ、ばれたか。」


俺は軽くツッコミをいれつつ、裁縫用の糸と針の補充用を買う。

会計を終えると、俺たちは並んで店をでる。

中学校でも仲は良かったから、この感じには慣れている。


「じゃ、また学校で。俺は情報収集の為に本屋寄ってくから。」

「うん。楽しみにしてるね、『魔女っ子るみ』の主人公の妹の友達の彼氏、七季君の人形!」

「もうわけわかんないよ…。」

こんなんだから、俺の家に訳の分からない本が増えていくのだろう。

まぁ、悪い気はしないが。

そのまま、俺たちは一緒に帰ろうとしていた…その時。


バァン!


突然銃声が鳴った。


「きゃあ!」

隣から悲鳴が聞こえる。

すぐさま振り返ると、黒い服の男が彼女のこめかみに拳銃を突きつけ、血走った目でこっちを見ている。

…まずい。


「こっち見んなやぁ!」

正直、怖くて逃げだしたかった。

でも、ここで逃げると、後悔するような気がした。

「こっちのセリフだよ。何だ、よくある人生絶望パターンか?悪い事言わんから、ハロワ行ってきな?」

「うるせぇぇ!口答えするなぁ!殺すぞぉ!」

「はぁ…。こんな拳銃で、脅すの?」

「は?お前、いつの間に…?」

だって、隙だらけなんだもん。

手先が器用な人の前でそんな事しちゃ、盗まれるぜ?

ま、始めてやったけど。

「まだやるか?…さっさと離してくれないか?大事なクラスメイトなんだよ。」

「…もういい。殺す。」

「まだ言ってんの?やれるもんなら…」


バァン!


刹那、俺は左の肺を撃ちぬかれた。

…見事にフラグを回収してしまった。


「あ、違…あぁ、もういい、皆殺しで、死刑になって死んでやるぅぅぅ!」


飛び交う悲鳴。

銃声、焼けるような痛み、濃い血の匂い。

相手を挑発した挙句、何もできずに撃たれた。

隣を見ると、誰か倒れている。…タオレテイル?


「えへへ…流れ弾、当たっちゃった。」

「…あ、あ、あぁぁ」

死なせてしまう。

俺のせいで、彼女は死んでしまう。

「大丈夫だよ?確かに、悲しいけどぉ…。君と、死ねるんだもん。」

「え…?」

「知らなかった?悲しいなぁ。…私、始めて会った時からずっと、君の事が好きだったんだよ?」

つまり、中学校から?

…わざわざ、こんな時に言ってくれなくても。

「そんな…。」

「だから、最期は君に見られながら死ねるなんて、幸せだよ。…でも、ちょっとわがまま言ってもいいかな?」

「…今の俺に、出来るなら。」


自分の事を好きになってくれた人一人守れないような、惨めな俺でいいなら。

無力な俺でいいなら。


「えへへっ。…ギュッてして欲しい。」

言われた通り、優香の体を抱き寄せる。

彼女の体は、冷たかった。

「大好き…大好きだよ。」

「ありがとう…」

足の感覚が消え、手をつないだ感覚が消え、首から下の感覚が消え、目の前が見えなくなる。

霞んで、くすんで、意識さえも消えていく。

俺は、死んだ。


☆★☆


死んだ。

死ぬって、こんな事なんだな。

商店街の床が冷たい。…って、あれ?消えたはずの感覚がある。どういう事だ?


「お、起きたね。彼女はもう起きてるよ?」

隣を見ると、見慣れた顔があった。

「や、やっほー。…あの、私今すっぽんぽんだから、あんまり見ないでくれるかな?」

「あ、ごめん!」

「はぁ。…君には、デリカシーと言う物が無いように見えるね。」

記憶に新しい声。

…できれば、一生聞きたくなかった声だ。

「さぁ、始めようか。…君たち、ボクの仕事を手伝う気は無いかい?」

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