大人しく『悪役令嬢』になる訳がありませんわ!

木花未散

前編

 

 わたくしはエルフリーデ・アルナシェル。アルナシェル公爵令嬢で、王太子殿下の婚約者ですわ。

 わたくしの目の前にはまなじりを釣り上げ口元に歪んだ笑みを湛えた王太子殿下でいらっしゃるテオドール様と、殿下の側近のジョアン・キュンベル伯爵令息様、そして殿下の護衛のコンラッド・マイネル伯爵令息様が一人のピンクブロンドの少女を守る様に立っていらっしゃいます。キュンベル様とマイネル様は、冷たい目をしてわたくしを睨んでおります。彼らに守られている少女はオレンジブラウンの瞳に涙を湛えて、怯えた様に王太子殿下の腕に縋り、こちらを見ていますわね。

 はて。わたくし、この方に何か致しましたかしら?

 このお方、レーリヒ子爵令嬢ですわ。

 わたくしの『影』からの報告ではこのご令嬢、キュンベル様とマイネル様の他に、高位貴族のご令息方数人ととてもにしているとの事。はしたないですわ。

 そして私の横には宰相閣下のご子息のイアン・クラウゼヴィッツ公爵令息様、ウィリバルト・アイゼンラウアー公爵令息様が立っていらっしゃいます。ウィリバルト様は、本当は第一王子殿下でいらっしゃいますのよ。これは国王陛下と王妃殿下、宰相閣下と他数人以外は知らない事ですわ。

 王太子殿下たちの後ろの演壇には陛下と王妃殿下、宰相閣下始め国の重鎮である大臣閣下たちが勢揃いしていらっしゃいます。

 ここは卒業パーティーの会場で、わたくしと王太子殿下、王太子殿下の側近たち、そしてあの子爵令嬢の在席する学年が本日めでたく王立学園を卒業し、その卒業を祝して夜会が開かれているのです。


 ここはわたくしが前世の日本という国にあった乙女ゲーム『乙女よ成り上がれ!〜恋と魔法の学園生活〜』の世界なのですわ。

 その事にわたくしが気がついたのは、学園に入ってからでした。

 婚約者であるテオドール様とは淡々とした関係で、王妃教育でお城に週に三日も登城するのに、王太子殿下と個人的に会うのは一月に一度のみ。それもお城の応接室でほんの一時間。

 わたくしはそれでも良いと思っておりました。わたくしは陛下のお決めになった王太子殿下の婚約者ですから、臣下である公爵家が陛下の決定を覆す事などできません。貴族では珍しくもない政略結婚で、わたくしは結婚したら王太子妃として、ひいては王妃としてテオドール様をお支えするのだと思っておりましたから。

 それですのに、実はこの世界が乙女ゲームの世界だったと気がついたのはその子爵令嬢の顔と髪を見た時です。

 ピンクブロンドのふわふわとした長い髪、オレンジブラウンの瞳、左の目尻に一つある黒子。前世でプレイした乙女ゲームのヒロインが、まさに目の前に現れたのです。突然前世の記憶が怒涛の如く湧き出し、わたくしは目眩が致しましたわ。本当に驚きました。あの時叫ばず倒れなかった自分を褒めてあげたいですわ。

 レーリヒ子爵令嬢は次々と高位貴族のご令息である男子生徒と仲良くなり、それにつれて女子生徒と、そして良識を持つ多数の男子生徒からは避けられる様になりました。というのも、レーリヒ子爵令嬢が仲良くなろうと近づいた男子生徒は婚約者のおられる方ばかりでしたから。

 この辺でわたくしは、自分の抱える『影』に命じ、王太子殿下とその側近及び子爵令嬢の事を探らせ、監視を始めました。

 そしてわたくしは、テオドール殿下の側近であり、幼馴染でもあるクラウゼヴィッツ様とお話させて頂きましたの。わたくしもクラウゼヴィッツ様も生徒会の一員でしたので、わたくしが彼に声をかけても誰も変に思われませんでした。

 わたくしとクラウゼヴィッツ様、及びキュンベル様、ウィリバルト様は、生徒会長でいらっしゃるテオドール殿下の尻拭いをするのが常態でしたから。


「エルフリーデ・アルナシェル、お前との婚約を破棄する! そしてこの可愛いソフィア・レーリヒ子爵令嬢と婚約する!」


 テオドール殿下が大声で、私を指さして得意そうに仰っていますが。あらあら。そんな事を仰っても宜しいのかしら?

 わたくしは内心で首を傾げてしまいましたわ。

 ここまで愚かな方とは思ってもみませんでしたもの。

 会場のホールは学園の敷地内にあるパーティー用のホールで、王城のパーティーホールと遜色のない内装で、天井には煌びやかなシャンデリアが幾つも下がっています。ホールのあちこちには華やかな飾りが、そしてあちらこちらに設えられたテーブルには美しく盛り付けられた美味しそうな料理が載っています。

 そのホールでは本日卒業なさった同級生の皆様が、銘々着飾ってあちこちで会話が繰り広げられてざわめいていたのに、殿下の大声で水を打った様に静まり返りました。


「テオドール殿下、そうするに足る理由がお有りなのでしょうから、その理由を述べてくださいませんこと? 申し訳ございませんが、私にはテオドール殿下からこの様に扱われる理由がわかりませんの。それに……いえ、今はとりあえず理由をお聞かせくださいまし」


 わたくしは言いながら壇上の陛下と王妃殿下をちらりと見遣りました。

 陛下は右手でご尊顔を覆われていらっしゃいますわね。王妃殿下は、そのお美しいご尊顔が強張っていらっしゃいます。

 お二方がお気の毒ですわ。


「理由を言えばお前が可哀想だと思ったが、そこまで愚かだとは思わなかったな。わからないなら聞かせてやる! お前はこのソフィア・レーリヒ子爵令嬢を、長きに渡り虐めていただろう! 先日やっとソフィが教えてくれた!」


 はて。わたくし、レーリヒ子爵令嬢とはお話しした事もございませんが。殿下は一体、わたくしが何をこのご令嬢にしたと言うのでしょうか。

 わたくしは首を傾げてしまいましたわ。


「教科書を破いたり、ドレスを汚したり、実習で必要なものを隠したり、果ては階段から突き落としたそうではないか!」


 殿下の口から飛び出す『わたくしエルフリーデ』の所業は、確かに『イジメ』ですわね。それが本当に行われたのならば、ですが。


「エルフリーデ・アルナシェル公爵令嬢。貴女はソフィアが卒業パーティーで着る予定だったドレスを破いたそうですね」


 今度はジョアン・キュンベル伯爵令息様が『わたくしエルフリーデの罪』を声高に言います。

 『正義』に酔っておりますのね。

 伯爵家の者が公爵家の者をなじるなど、不敬ですわよ。お忘れなのかしら。

 まあ『今』は様子見ですわね。

 わたくしは先程、従僕から受け取った書類を入れた隠しポケットを、上からそっと撫でました。


「それに、ソフィアの論文を盗んで破るという陰湿な嫌がらせをしただろう?」


 今度はコンラッド・マイネル伯爵令息様が私を詰り──いえ、断罪します。

 教科書やドレスを破ったのなら器物損壊罪ですし、階段から突き落とそうとしたならばそれは殺人未遂、論文を盗んだのなら窃盗罪ですわね。それを破ったのならやはり器物損壊罪です。

 でも、私は全てやっておりませんのよ。

 罪には問えない嫌がらせだけだと流石にわたくしを婚約破棄に追い込めないとでも思われたのでしょうか。洒落にならない罪状を盛り込んでいますわね。


「エルフリーデ様、私、謝ってくださったらそれでいいのです。とても怖い思いをたくさんしましたけど、皆さんの前できちんと謝ってくださったのなら、私は貴女をこれ以上責めません」


 ……この方、一体何を勘違いなさっているのかしら?

 わたくし、この方とただの一度も言葉を交わした事はございませんし、親しいお友達にのみ許している名前呼びを、この方に許した覚えはございませんわ。


「アルナシェル公爵令嬢、眉間に皺が寄っていますよ」


 わたくしの隣から、ウィリバルト様の小さなお声が聞こえ、わたくしはハッとして眉間の皺を伸ばしました。

 いけません、わたくしは公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者です。眉間に皺を寄せるなどという、感情を周りに悟らせる表情をしてはいけないのでしたわ。


「ありがとう存じます、ウィリバルト様」


 わたくしも小さな声でお礼を述べました。

 そして、テオドール様とキュンベル様、マイネル様及び子爵令嬢に向けていた目を、今度こそはっきりと陛下たちの方へ向けました。

 そこには苦々しいお顔をされた国政を預かる重鎮の皆様と、何かを諦めた表情をされている国王陛下、そして口元を扇で隠された無表情の王妃殿下がいらっしゃいます。

 わたくしの視線の意味を理解された陛下が、ゆっくりと口を開きました。


「テオドール。今お前が述べた事の証拠はあるか?」

「ソフィの証言があります!」


 陛下からかけられたお声に、テオドール様、キュンベル様、マイネル様、そして子爵令嬢のレーリヒ様が一斉に陛下の方へと体の向きを変え、キュンベル様とマイネル様は跪きました。

 流石は伯爵家のご令息方ですわ。貴族としての最低限の礼儀はしっかりと身につけておいでです。わたくしに対する礼儀はなっておりませんでしたが。

 国王陛下はピクリと眉を動かされました。


「国王陛下、私は嘘など言ってはおりませんわ! 今まで私はエルフリーデ様に「娘、お前に発言を許してはおらぬ。控えよ!」」


 国王陛下が厳しい声で子爵令嬢の発言を途中でお止めになられました。

 あらあら。テオドール殿下を味方につけられたからと勘違いなさったのね。国王陛下は百戦錬磨なお方ですから、小娘の言葉に惑わされる訳などございませんわよ。それに国王陛下の許可なく発言するなど、礼儀も知らないと白状されているようなものですわ。

 レーリヒ子爵令嬢はびくりと大きく身を震わせ、青褪めました。

 陛下の本気の威圧を受ければ、武人でもない単なるご令嬢でも身の危険を感じられるようですわね。


「テオドール。もう一度問う。お前たちが述べた内容の具体的な証拠はあるのか?」

「父上、本人の証言という、これ以上ないほどの証拠があるではありませんか!」

「……私はお前の教育を間違えたようだな」


 陛下は大きく息を吐くとわたくしに目を向け、「エルフリーデ、好きにせよ」と仰せられました。

 わたくしは陛下に敬礼してから、テオドール殿下とその御一行を見ましたわ。


「まずはわたくしの無実を証明させて頂きますわ。『教科書を破られた』との事ですが、これは四月十九日の事でございましたわね。この前日から三日間、つまり四月十八日からですが、わたくしは公務で王城に泊まり込んでおり、隣国であるリーゼンブルシュタット公国からの外交使節団の接待と留学生に関する折衝を行っておりましたわ。デュンヴァルト外務大臣と、リーゼンブルシュタット公国の外交官でいらっしゃるエトガル・リーゼンブルシュタット公弟殿下にお尋ねくださいまし」

「聞かれなくても証言しましょう。エルフリーデ・アルナシェル公爵令嬢は、私どもの接待を王城で行っておりましたぞ。この様な方がいずれ王妃になられるのなら、リーゼンブルシュタットとアイゼンブレヒトの友好関係は安泰だと思っておったのですがな」


 わたくしのあとに口を開いたのは、リーゼンブルシュタット公国公弟殿下、エトガル・リーゼンブルシュタット様でした。金髪碧眼の整ったお顔立ちの方です。公弟殿下は御年三十二歳なのですが、若々しい顔立ちと背筋を伸ばして姿勢よく佇んでおられる様から二十代半ばと言われても疑問にも思わないでしょう。こういう方を前世ではイケメンと言うのでしたかしら。長い金髪を紺色のリボンで緩く一つに結んで背中に垂らしていらっしゃいます。


「この様な醜聞はお見せしたくありませんでした。申し訳ございませんわ」

「アルナシェル公爵令嬢の疑いを晴らす為ならば、飛竜を飛ばして来た甲斐があるというもの。謝罪ではなく今後のこの大陸の友好の為に尽力してくだされば重畳」


 飛竜を飛ばしてくださったと聞いて、わたくしは驚きましたわ。

 リーゼンブルシュタット公国の飛竜は軍事用で、他国に赴くのは戦争時のみ。謂わば軍事機密とも言えるものなのです。

 とりあえずお礼は後にしましょう。

 まだまだわたくしにかけられた嫌疑が多いのですから。


「お礼は後ほど充分にさせて頂きますわ。

 さて、次はドレスの件ですわね。ドレスを汚されたと仰ると、夏のガーデンパーティーの時でしょうか?」


 学園には二ヶ月の夏季休暇があります。

 その夏季休暇に入る前に親睦会を兼ねたガーデンパーティーが行われます。

 この学園にいるのは貴族の令息令嬢で、魔力の制御と操作、及び魔術を学びますが、それだけではなく社交界デビュー前に限られた人数ながら交流の幅を広げ、社交の練習をする意味合いもあります。


「そうだ! お前は更衣室にあったソフィのドレスにインクを零して汚したそうじゃないか! なんて陰険な嫌がらせをするのかと怒りを覚えたぞ!」


 テオドール様が怒鳴る様に仰いました。

 わたくしは小首を傾げてみせました。

 ……ええ、似合わないのは自覚しておりますわ。だってわたくしはこの世界では『悪役令嬢』ですもの。可愛い仕草が似合う顔立ちではないのですわ。

 ……別に泣きませんわよ。悔しいとか思う訳がありませんわ。


「ガーデンパーティーの時でしたら、わたくしは遅れて参加致しましたわ。その時にエスコートしてくださったのは、ウィリバルト・アイゼンラウアー様ですわ。彼も遅れていたので、会場入りする時にエスコートしてくださいましたの」

「なんだと! 貴様、俺という婚約者がありながら従兄あに上にエスコートを頼んだのか⁉」

「テオドール殿下の公務を変わってくださったのがアイゼンラウアー様ですのよ。ガーデンパーティーに出たいから公務には行かないと仰られたのはテオドール殿下ですわ」

「うぐっ」


 テオドール殿下が気まずそうな顔をして目を逸しましたわ。公務を投げた事を少しは悪いと思っていらっしゃるのかしら。

 ちなみにウィリバルト様は、対外的には国王陛下の妹でいらっしゃるアイゼンラウアー公爵夫人の息子という事になっておりますの。


「もちろん、国王陛下もご存知の事。あの時の公務が終わった後にガーデンパーティーを欠席しようとしていたわたくしに、遅れてもいいから出席するように促してくださったのが国王陛下でいらっしゃいます。その際にわたくしのエスコートをするようにアイゼンラウアー様に命じてくださったのも国王陛下でいらっしゃいますわ」

「ええ、国王陛下からのご下命でしたので、アルナシェル公爵令嬢のエスコートをさせて頂いたのですよ」


 ウィリバルト様が面白そうに口角を上げていらっしゃいます。

 この方が第一王子だと隠されているのは、この方のご生母君が側室様でいらっしゃるからです。同年のご誕生であり、少しばかり早く生まれたウィリバルト様の存在は、王家にとって頭痛の種でした。王国の貴族を二分しかねないからです。ですので、テオドール様がご誕生された二週間後には、ウィリバルト様は亡くなった事にされてアイゼンラウアー公爵夫人の子として引き取られて行ったのです。

 ご側室様はその後、ウィリバルト様が十歳になった時に大病を患い、いよいよ最後という時になって息子と会いたいと願われ、その願い叶ってウィリバルト様と一目会われました。ウィリバルト様は今まで実の両親だと思っていた公爵ご夫妻が、実は夫人の方が叔母(夫人は国王陛下の妹君でいらっしゃいます)であった事実に驚き、自分が王子であった事に戸惑い、父親である陛下は自分の事を必要としていないと誤解して荒れておりました。


「確かにエルフリーデは、あの時、学園のガーデンパーティーに行くのをやめようとしていた。だが、未来の王妃が未来の貴族の奥方たちとの交流を厭うてはならぬと説得し、ちゃんとガーデンパーティーに出席させる為にウィリバルトにエスコートする様に命じたな」


 陛下はそこで隣に座る王妃殿下の方に顔を向けました。


「私もエルフリーデに言い聞かせました。この国の将来の王妃としての心構えと、わたくしが認めた未来の王妃はエルフリーデだけなのだと言い聞かせましたわ」


 王妃殿下からは大変ありがたくも恐縮する激励を頂きました。あの時、わたくしは覚悟を決めたのです。

 その後、国王陛下に密かに謁見を申し出てある提案をさせて頂きました。陛下は最初、驚いておられましたが、わたくしが自分の『影』を抱えている事を明かすと納得されました。


「テオドール、お前はこれでもエルフリーデがドレスを汚したと言い張るのか?」

「………………」


 わたくしがガーデンパーティーの日にまさか遅れて参加したとは思わなかったのでしょう。テオドール殿下は悔しそうに口を歪めました。


「インクで汚した犯人は、後ほどお知らせ致しますわ」


 わたくしは淡々と話を進めます。

 あまり時間をかけていられませんもの。


「次にドレスを破ったと仰る件ですが。卒業パーティーに着る予定のドレスでしたわね?」

「え、ええ、そうですわ! ドレスが破られて参加できなくなりそうで、困っていましたらテオ様がドレスをプレゼントしてくださいましたの」


 テオドール殿下をテオ様と愛称呼びですか。こんな公の場で。このご令嬢、本当に貴族としての常識がありませんわね。

 彼女が着ているドレスは、わたくしが王城に賜っている部屋のクローゼットから消えたドレスとそっくりですわ。


「ドレスがないと卒業パーティーに参加できないと、ソフィが泣いていたからな。愛するソフィが「そんな事はどうでもよろしいのです。そのドレスはどうなさいましたの?」」


 苛ついて途中でテオドール殿下の言葉を遮ってしまいましたわ。


「もちろんソフィの為に仕立てたのだ! 一週間もかかったのだぞ! 漸く届いたのが一昨日だ!」


 前世の記憶を持つ者的には「自爆乙」とでも言って差し上げればよろしいのかしら?

 わたくしは溜息を吐きました。


「テオドール殿下。ドレスは採寸してから一週間程度では作ることはできませんわ。そして今、レーリヒ様でしたかしら、貴女が着ているそのドレスはわたくしが持っていたドレスとそっくりですわね。確かめさせて頂きますわ。女官長、お願い致しますわ」


 わたくしの言葉で、ホールの端に控えていた女官長が数人の女官を率いてレーリヒ子爵令嬢へ近づき、有無を言わせず彼女を立たせて連れて行こうとしました。


「女官長、何をする! ソフィを離せ!」

「何をするの⁉ 離して! 離してったら! 私は未来の王太子妃よ! 王妃になるんだから!」


 ……頭が痛いですわ。

 いくら未来の王妃と言えど、王太子と婚約もしていない現状の今はただの子爵令嬢です。そんな事もわからないのかしら。

 しかしそんなわたくしの余裕も、次の彼女の言葉で崩れました。


「私がヒロインなのに! おかしいわ! エルフリーデは悪役令嬢なのにどうして⁉」


 この方、何かおかしいと思っていたら転生しておりましたのね。

 ヒロインは本来もっと弱々しい性格で、その見た目も相まって庇護欲をそそられる筈なのです。それなのに他の男子生徒も避け始めた時点で何か変だと気が付き、『影』に命じて監視を始めたのです。


「ヒロインとはなんだ?」


 クラウゼヴィッツ様が不思議そうに呟きました。


「本来であれば女主人公の事ですわ。でも、誰もが己が人生に於いて主人公ですのに何を仰っているのかしら?」


 わたくしは受けた衝撃のせいで呆然と呟いたのですが、そのわたくしの答えを聞いてクラウゼヴィッツ様だけではなくウィリバルト様まで目を見開き、「言われてみれば確かにそうだな」とウィリバルト様が呟いた声はわたくしの耳に届いておりませんでした。


「レーリヒ子爵令嬢。貴女は未だ王太子の婚約者ではなく単なる子爵令嬢だ。そして女官長はアイゼナッハ侯爵家に連なる者、そこにいる数人の女官も皆が皆、各伯爵家に連なる者だ。礼儀を知らぬ貴女でも判る様に教えて差し上げるが、王宮女官とはいえたかが子爵令嬢が無礼を働いていい身分の方々ではない」


 クラウゼヴィッツ様が冷たい声でレーリヒ子爵令嬢に教え諭しました。

 その様子にレーリヒ子爵令嬢は愕然として目を見開きました。

 信じられないのでしょうね。『攻略』したと思っていた攻略対象に冷たくあしらわれるのですから。





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