3  犬には酒を飲ませるな

「さぁ食え、もっと食え」

 上機嫌の村長が言う。


「食う、食う!」

と、焼けた肉を村長と僕の皿に放り込み、生肉を焼き網に乗せながら、どさくさに紛れて生のまま、自分とさくの皿に放り込むのはみちるだ。


 結局、夕飯は焼肉で、二匹の犬が人間の姿で舌なめずりする中、村長交えての酒宴が始まった。


 宿舎にあてがわれたのは空き家だそうで、冷蔵庫にはすでに食材が詰め込まれていた。肉、卵、牛乳に、アジの干物なんかもある。台所の勝手口を開けると、建物内部のストックヤードで、野菜類のほか、瓶ビールが数ケースおかれていた。村長いわく、冷蔵庫に入れなくても、いい感じに冷えるんだそうだ。


 酒はビールだけだが、酒に弱い犬っころはすぐに泥酔した。もちろん肉も平らげた。村長が一緒だからだろう、野菜類も少しは食べた。


「明日はガッツリ、肉はかたまりでよろしくぅ」

みちるが言うと、村長、

「ミチルちゃん、生きたままの牛、食っちまいそうな勢いだね」

とニコニコ言って、僕をヒヤリとさせる。


「大丈夫、牛小屋に忍び込んでガブリ! なぁ~んてしないから」

ケタケタ笑う満に

「うん、うちの村じゃしないでくれ」

と、笑いながら村長が答える。―― 冗談だ、冗談だよな?


 それにしてもこの村長、本当に行方不明者を見つけて欲しいと思っているのだろうか? 


 僕が詳細を聞き出そうとしても、『そんなの明日でいいよ』と無視し続ける。行方不明者よりもミチルちゃんに夢中で満とばかり話しをしている。夜這いでもされたら大騒ぎになりそうだ。


 予防線を張っておこうと

「そう言えば村長さん、奥さんが食事作って、家で待っているんじゃないですか?」

と、僕が訊くと

「奥さん? そんなのいないよ。六年前に離婚して、で、村に帰って来たんだ。で、村は年寄りばかり、おまえ村長って言われてこの通りさ」

だからさぁ、一人じゃ寂しくってさぁ、と、僕ではなく満に言う。


 そう言えば、と村長と満の話しに、更に割り込んで聞いてみる。

「この辺りの人は、あの道を通って働きに行くんですよね?」

「いや、みんな村の中で生活してるよ。用事がなきゃ、山を降りない。自給自足が巧く行ってるんだ」


 村長が言うには、村人のほとんどが農家で、酪農家もいる。大きな保管倉庫もある。電気も自家発電、水は湧水も井戸もある。山の下の人たちに売るほどはないが、村の暮らしに困ることはない。着る物は村に一軒だけの洋品店が注文取って手配するし、まぁ、万事よろずもあるしねぇ、村から出なくっても不便はないさ。


「学校くらいだな、村にないのは ―― でも今、子どもは一人もいないからなぁ」

 だから道がふさがれても何の問題もない、と村長が笑う―― この村、かなり特殊だ。と僕は思った。


(ひょっとして、新興宗教?)

その線もはずせない、密かに僕は脳裏にメモした。


「そうそう、風呂は露天だけど、ぐるりとへいがあってのぞけないようになっているから、安心して入れるよ。雨雪 けの屋根もあるから、厳密には露天とは言わないのかなぁ」

と、満のコップにビールをぎ足しながら村長が言う。


「一緒に入ろうか、ミチルちゃん」

と、村長、

「入ろう! 一緒に入ろう。泳げるくらい広いといいな」

笑い上戸じょうごの満がノリだけで言う。すると、村長が真っ赤になった。


 この男、態度と裏腹な性格なのかもしれない。泳げるくらい広いぞ、と答える声から羞恥の匂いがする。


「温泉なんですか?」

と、僕が聞くと、

「温泉っていうか、沸かし湯だよ。湧水を村のボイラーで沸かして村中に供給しているんだ。少しぬるめだから、熱くしたかったら各家庭で追い炊きしている」


僕にニコニコ笑顔を見せながら村長が答える。その後ろでは、すきを狙ってミチルが、長い舌でビールをべろべろめり取っている。


「ん?」

と村長が振り向く寸前、かぷっと人間らしくコップに口を付け飲み始めた。そして

「ん?」

と村長にニッコリ笑う。


「今、なんか変な音がしなかったかい?」

「あ・・・肉、焼きすぎた?」

と、慌てて満が肉をひっくり返す。


 に落ちない顔をしたまま村長、気分転換のつもりか、今度はさくに話を向ける。

「そう言えば、双子の兄妹って言ってたけど、ニイさんは全く話さないんだね」

「でも、顔はそっくりでしょ?」

無口な朔の代わりに答えるのはもちろん満だ。


「おぅ、ニイさんもイケメンだよね。いや、そっちの細っこいのもなかなかだ」

「うちはね、所長以下、イケメン揃いなんだよ」

答えるのはもちろん満だ。


「まいったね、美男美女の集まりかぃ?」

「そそ、所長の隼人はやとが一番だけどね」

隼人大好き満ちゃんの隼人自慢が始まりそうだ。でも、村長は乗ってこなかった。


「それにしてもさ、探偵さんたち、揃いも揃って目立ちすぎるんじゃないか?」

「探偵って目立っちゃダメなのぉ?」


「だってさぁ、ミチルちゃん、ミチルちゃんみたいな美人、いるだけで目立つのに、ニイさんも同じ、その髪の色、細っこいのはメッシュ入りの茶髪だし、尾行とかできないでしょ?」

「あたしら、尾行なんかしないもん」

ケロッと満が言い切っちゃう。


「尾行は尾行専門がいるんだよぅ~だ。あたしたちはね、こっちを使う専門なのぉ」

と、人差し指を自分の頭に向けてくるくる回す―― みちる……それ、パーって言いたくなるぞ?


「そうか、なるほどね。目立とうが目立たなかろうが関係ないってわけだ」

「そそ、私たちは『ち』を愛でる探偵ですから」

ケロケロと満が笑う。


「ち?」

「知恵の『智』だよぉん、村長さん」

「そうかー、血液の血じゃなくってホッとしたよ」

ゲラゲラと村長が笑う。さくの瞳がキラっと光る。


 さっきからうつむいてじっとしている朔、酔い過ぎて眠いんだと思っていたけれど、違うのか?


「で、双子のニイさんはしゃべる気ない?」

「いいやん、朔はほっといて、あたしと遊ぼぉ~」

「うん、ミチルちゃんと遊ぶぅ~。おニイちゃんとも遊ぶぅ~」

この村長、大丈夫なのか?


「ニイちゃんの声が聞きたいんだよぉ」

「えーーー、聞かせたくなぁ~い、あたしのアニキはあたしのもんだぁ」

満、頑張れ。


「そう言えば、ミチルちゃんたち、幾つなんだい? 若そうだけど、未成年ってことはないよね?」

それ、今さら聞くか?


「あたしと朔は同じ歳。バンちゃんは一つ下」

トロンとした目で、満が言う。双子で歳が違ったら大変だ。


「ご心配なく。僕がもうすぐ二十一、そっちの双子は二十二ですから」

ここで、チッと満が舌打ちする。


「ふぅん、そんな若くて探偵なんかできるんだ?」

 村長のその言葉で、僕も満の舌打ちの理由に気が付いた。少しは下駄げたかせるべきだった……


 もっとも僕は死んだとき、いや、吸血鬼になった時か ―― 十六だか十七だったと隼人が言っていたから、かなり上乗せしてるし、人狼どもは百年以上生きているって言ってたから、大幅にサバを読んでいるんだけどね。


 僕は人形ひとなりの時、オリジナルの見た目にしかなれないから、せいぜい詐称しても二十一がいいところ、と隼人に言われている。


「あたしら、子どものころから探偵だよっ」

「嘘言うなよ、ミチルちゃん」

嘘八百並べ立て、ミチルは巧くごまかす気だ。頼んだよ、満!


「嘘じゃないって――まぁ、親が探偵なんだけどね。高校卒業してから、親の事務所で働いてるのっ!」

「んじゃ、所長さんが親父さん?」


「所長って、隼人の事ぉ? 隼人もあたしらと同じ境遇だけど、あそこは親が死んで隼人が継いだんだよん。同業のよしみ、うちの親が手伝い行って来いって、たまにこうして援軍で来るんだ」


「なるほどねぇ。ミチルちゃん、優しいねぇ」

「優しいのは隼人だぉ。いつでも『すまないねぇ』って気遣ってくれるの」


「聞いていると、さっきから、ミチルちゃん、その隼人って人を随分持ち上げてるんじゃ?」

「うん、持ち上げたい。力いっぱい持ち上げたい!」


話がれていく。まぁ、僕らの年齢詐称は誤魔化せそうだ。


 それよりさくが完全に……これ、目を開けたまま、寝てないか? 一点を見たまま、微動だにしない。


「なんだ、ミチルちゃん、隼人クンが好きなんだ?」

「うぃ、れてるの」

満の周りにピンクのハートが飛び始めそうなムードだ。それにしても隼人の名前、とうとう村長、覚えたようだ


「はっきり言うねぇ……オジサン、けちゃうなぁ」

 村長、自分をオジサンと認めたよ。誰も『オジサン』なんて言ってないのに。


「で、ミチルちゃんのニイさんは、いつになったら喋るんだ?」

あれ、さくの事、覚えていたんだ。


 朔をすっかり眠っていると思ったのだろう、みちるが村長の味方のふりをする。

「朔ぅ~。うん、とか、スンとか、ワンとか言ってよぉ」


すると朔、うつむき加減の顔をあげ、

「うぅ~わん!」

と、吠えた ―― うるさい、と叫んだ。村長が目を丸くし、僕は心の中で頭を抱える。


 そして朔はそのまま横になり、いびきいて寝てしまう。


「おまつさまぁ。朔ができる唯一の芸、犬の鳴き真似でございましたぁ~」


ケラケラと満が笑った。

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