メンタルクリニック




―――翁は寝具に最近こだわりだした。―――


―――現に近頃も西川の羽毛布団をだして掛け布団に重ねている―――


―――だがそれも高級と言えば高級だが、近所の販売店で半額になったものを選んで羽織っている。―――だが、しかしそれでも言い直すが高級では、あろう―――元が高価なのだから…。―――


―――ブログセラピィで疲れた身体を癒すためという名目で、快適に眠れそうな寝具を揃えていた。―――


―――(一体、羽毛というのは毛布の直上がいいのか何枚か上の天辺がいいのか…)(ネットの意見が本当なら前者のはずだが…)などと考えていた。それは疲れてなく余裕のあるため、そんなことにも思考の及ぶ訳であった。…―――


―――(今日は病院だ。)(予約なしで行けるけども待つときは待たねばならない)(平日のこの時間だから大丈夫だろうし前回約束してある診察日であるから今から行こう。)―――翁はとりあえず病院の日は守っていた。―――


――――翁は準備をして家を出た――――


―――――ここは御徒町のメンタルクリニックである――――


―――伽藍としている。「戸張さん、戸張さん、お入りください」優しい声が院内に響いた。――――


――――「どうですか、ブログは見せていただいてますよ。味がありますね。毎日とは言わないまでも、不眠が主ということですから、頻繁に更新された方がいいのではないのですか?しかし『おちこぼれフルーツタルト』の記事、よかったですねえ。チェックさせていただきました『フルーツタルト』」

「『のうりん』も『エルフェンリート』も『紅』も観ました。ただ『エルゴプラクシー』までは…」PCを見ながら喋る。

「その次の記事の『化物語』も観れませんでしたすいません。ただ課題アニメですね。いつか観たいです。」戸張はそこに冷笑を加えたかった。(これは観ないな…)と思ったが余計な事は言わなかった…。

「しかし、あれですね【黒岩涙香】を【黒い悪い子】という表現が出てくるのは面白かったですし、戸張さんの【漱石】を【僧籍】が望みだったんじゃないかというのも、これは前者が一籌を輸してますよ…云々」という具合に、ブログ記事のおさらいが続いていった。

この医者はここまで〈後に述べるように特定だが〉患者に気を使うせいで30代だというのに白髪が多く、その上禿げているのだ。

――――――戸張翁は、患者のためにアニメを何本も観る、と言う様な行為が、白髪と禿げにつながっていないとは思えなかった。――――――しかし以前、ここは薬を出さない偏屈だと、彼は書いたことがある。それが証拠に、この医者なら話を聞いて、親身になってくれるだろうと期待してやってくる患者は、ハッキリ言ってその方々、適当にあしらわれるという味の悪いオチ。―――


―――戸張翁は、医者の前では好々爺……などとは程遠く、ただ唖のように黙った切り、必要最低限のリアクションしかしない。―――初診の時から―――つまりはそういうことだった。――――


―――「戸張さん、ブログはupしてある時間帯を見るに夕方前が比較的多いようですね、何か事情があるのでしょう、詮索は致しません、ええ、好きにやってください、ただ一つ言えるとするなら、繰り返しますが症状は不眠ですので書き終わった時に疲労感を感じて眠りやすい…いえ、もう口酸っぱく言ってますね、すいませんでした。まあこの調子で行きましょう。」話こそ長いが、この医者も、他の〈大体の〉心療内科の医師と同じく、中身は無いのだった。―――


―――それから、会計を済ませ、(散歩でもするか…)と久しぶりに、能動的精神を発揮した翁は、上野の山を、繫華街側の交番のある方から、でっかいクジラのある博物館のほうへ向かい、松が谷へ向かうのだった…橋の上から電車の群れを眺めながら…。―――








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る