もう少し、もう少し…。
平中なごん
一 何かいるトンネル
これは、私の友人の仕事仲間が体験した話なんですけどね……。
彼の名前はA君、A君のカノジョの名前をB子さんとでもしときましょうか。
このA君とB子さん、よくドライブデートに出かけてたそうなんですが、じつは二人共通の趣味がありまして、それが心霊スポット巡りだったんだそうです。
そんな趣味の合うところから付き合うようになったというか、どちらも怪奇現象とかオカルト好きだったんですね。
で、ある年の秋口のこと、その日も夜がふけるのを待って、関東の某所にある有名な廃トンネルへ出かけたんです。
この廃トンネル、中で女の叫び声が聞こえただとか、白い女の影を見ただとかいうウワサがあったんですが、昔、まだ現役のトンネルとして使われていた頃に女性の轢き逃げ事件がありまして、その被害者の霊なんじゃないかといわれていました。
さて、曲がりくねった細い山道を進み、そのトンネルの近くまで来たA君達でしたが、トンネルといっても今は使われていない廃トンネルですからね。そこへ続く旧道も放置されたまま荒れ放題になっていて、アスファルトもひび割れてデコボコだし、雑草もボウボウで、もう車ではそれ以上進めないんです。
そこで、仕方なく旧道に乗り入れて車を止めると、そこから二人、歩いて廃トンネルを目指すことにしました。
街灯も何もない真っ暗な闇の中、懐中電灯の明かり一つだけで悪路を進んで行くA君達でしたが、そこはもう心霊スポットに行き慣れているせいなのか?特に怖いとか、そういう気持ちにはならなかったようですね。
むしろ、新鮮な山の空気を吸いながらの夜のお散歩みたいで、清々しいような気分すらしていたそうです。
でも、そうして山道を歩いて行って、ようやく
入口は古い煉瓦を積んで造ってある感じなんですが、その煉瓦もだいぶ朽ちていて、枯れた蔦が全体に絡まっているんですね。
もちろん、内部も明かりなんて点いてませんからね。その煉瓦を積んだ四角形の真ん中に、まるで墨を塗ったかのような真の暗闇が、ぽっかりと半円形の口を開いてそこにあるんです。
その漆黒の口の奥からは、なんだかひんやりとした冷たい空気が流れ出しているような気もします。
「いやあ、なかなか雰囲気あるじゃん」
「うん。わざわざ歩いて来てよかったね」
普通の人ならここで恐怖を感じて、やっぱ引き返そう…とかなるところなんでしょうが、なにしろ心霊スポットマニアですからね。俄然、テンションの上がった二人はさっそく入ってみようってことになりました。
懐中電灯を忙しなく動かし、小さな点のような光で周囲を照らしながら、A君達はゆっくりトンネル内を進んで行きます……。
昭和の初め頃に作られたらしいんですが、手掘りなんですかね?今のトンネルと違って天井も壁もデコボコしていて、そこに補強のためにモルタルが吹き付けてあるんですね。
でも、その暗い灰色をしたモルタルも所々ヒビ割れていて、天井からはぴちゃん……ぴちゃん……と、もの寂しい音を響かせながら、一定のテンポで水滴が垂れてるんです。
その水滴のせいか足元の地面も、辛うじてアスファルト舗装ながら、あちこち水溜りができてジメジメしている……。
それでも心許ない懐中電灯一つで進んで行くA君達でしたが、いくら進んでも出口が見えないんです。まるでこの暗闇が永遠に続いているかのようなんですね。
そんな想像に捉われた瞬間、B子さん、なんだか急に怖くなってきたっていうんですね。
別に霊感とかあるタイプじゃなかったんですが、ああ、これ以上先に行っちゃいけない……本能的に、そう思ったんだそうです。
「ねえ、もう充分見たからそろそろ帰ろうよ?」
そこで、そう、B子さんはA君を促したんですが。
「ええ? せっかく来たんだし、もうちょっと行ってみようぜ」
そう言ってA君は足を止めようとしないんですね。
なので仕方なく、もうしばらく経ってから……
「ねえ、もういいでしょう? いい加減、帰ろう?」
と再びA君に言ってみたんですが。
「もう少し、もう少し進んだら帰るからさ」
やっぱりA君はB子さんの訴えを聞こうとはせず、なおも真っ暗な中を進んで行くんですね。
その後も間を置いて、何度も帰ろうとB子さんは訴えたんですが、その度にA君は……
「もう少し、もう少しだから」
と足を止めようとしない。
「もう! ほんとにいい加減にして! なんだかここ、ほんとにヤバイとこみたいな気がするんだよ!」
痺れを切らしたB子さんはA君の腕を背後から掴むと、少々怒り気味に強くそう言ってみました。
「ええ? ヤバイって何がだよ? 別になんもないじゃん。もしかして、女の霊のウワサ聞いてビビってんの?」
すると、ようやく足を止めて振り返ったA君でしたが、なんだかニヤニヤいやらしい笑みを浮かべながら、そんな風にB子さんをイジってくるんですね。
「べ、別にそういうわけじゃ…ない……けど……」
でも、その時でした……。
眼を皿のように見開き、A君の背後に広がる闇をじっと見つめたまま、まるで石のようにB子さんが固まってるんですね。
「……ね、ねえ……あれ、何……?」
「はあ?」
その言葉に再び進行方向へとA君も向き直ったんですが、すると、仄かな懐中電灯の明かりの中に、何か動くものが見えるんです。
立っている人影とかではなく、なんだか地面にへばりついているような感じで、もぞもぞ、もぞもぞ…と動きながら、だんだんこっちに近づいて来るんです。
また、その動きに合わせて、ぺたん……ぺたん……と、湿った地面を何かが叩く音がする。
「………………」
B子さんばかりかA君も、まるで金縛りにあったかのように身体をその場で固めると、その闇の中で動くものに目が釘付けになってしまいます……。
やがて、懐中電灯の光が直に届く範囲にまでそれが近づくと、漆黒の暗闇の中から浮かび上がったそれは、ペタペタと両手を地面につけながら、這いずって来る上半身だけの女でした。
長い黒髪に、上半身しかない身体には泥で汚れた白い服を着て、その砕けた頭からは真っ赤な血を流しているんです。
「うわあぁぁぁぁーっ…!」
その姿をしっかりと眼で捉えた瞬間、二人は絶叫するとともに全速力で走りだしました。
「ウォオオォォォォ…」
ですが、そんな二人の逃げる後を、上半身だけの女もものすごいスピードで追いかけてくるんです。
不気味な呻き声を発しながら、ペタペタと両手だけを素早く動かし、地面を這いずったまま追ってくるんですよ。
もちろん、前を向いて全力疾走しているのでA君達に後は見えません……でも、わかるんですよね。全速力で走っているに、地面を這いずる女の気配が徐々に徐々に迫ってきてるんです。
「は、早く車出して!」
「あ、ああ、わ、わかってるって!」
無我夢中でトンネルを駆け抜けたA君達はそのままの勢いで山道も駆け降り、転がるように車へ乗り込むと急発進してその場から逃げ出しました。
こうした心霊スポットでの怪異体験の後、帰りの車が事故に遭うなんて話もよく耳にするんですが、幸い、慌てて逃げたわりには特にそんなようなこともなく、この日はそれだけで無事、家まで帰り着くことができました……。
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