第238話 黒い沼の森伝説

~ 黒い沼 ~


 古代、この黒い沼の森は「エメラルドの楽園」と呼ばれるほど緑に溢れる美しい場所だった。森は生命に満ち、神秘的な光を放つ植物に溢れ、その中心には清らかな湖が存在していたという。


 湖の西岸にはハイエルフの都市があり、東岸にはドワーフの城塞があった。ハイエルフとドワーフは、互いに友好関係を結び、森の中で平和に暮らしていた。


 ある日、天から降って来た星の欠片が湖に落ちた。


 その日以降、この楽園は地獄へと変貌して行くことになる。


 翌朝、ハイエルフとドワーフは、湖の色が黒く染まったことに気が付いた。


 湖底まで見えるほどの透明度があった湖水は、固まり始めた血のように黒く濁り、粘度を持っていた。


 調査のために湖面に出た船が、湖底から突如として現れた巨大な触手によって引きずり込まれた。

 

 その様子を見ていたハイエルフとドワーフたちは、この湖に邪悪な魔神が降り立ったことを知った。


 魔神でもなければ、彼らの施した結界を破って湖を汚すことはできない。


 この異常事態の発生は、瞬時に彼らが全力を賭して戦うべき状況にあることを意味していた。


 自分たちだけでは魔神に抗しきれないことが分かった彼らは、直ちに近隣から応援を募り、魔神と戦うために周到な準備を始める。このとき勇敢な北方人の英雄たちが駆けつけたという。


 だが魔神の強大な力の前に、ハイエルフの魔術は届かず、ドワーフの兵器は砕かれ、英雄たちの命は秋の枯れ葉のように次々と散って行った。


 最終的に彼らは魔神を倒すことを諦め、ハイエルフは彼らの秘匿していた最強の魔術を、ドワーフたち彼らの最終兵器を用いて、湖の魔神を封印することに成功する。


 その際、ハイエルフの美しい都市とドワーフの堅牢な城塞都市は、魔神と共に湖底深く沈んで行った。


 こうして魔神は湖底に封じられたものの、その封印は完全ではなく、魔神の力は今もわずかに漏れ出ていると言われている。


 わずかに漏れ出た力は魔神の分身となって、封印を破る力を取り戻すために、暗い森に入って来た者を襲い続けている。



~ 野営 ~


「……それで、この森に長くいたり、騒いだりすると、魔神の分身に気付かれて食べられちゃうって話なの」

 

 シャツ一枚まで脱ぎ切ったシエラさんが真っ赤な顔で、この黒い沼の森伝説を話し終える。


「どう? 怖い? 怖かった?」


 シエラさんが全員の顔を見回して、自分の怖い話がどれだけ効果を発揮したかを確認している。


 真剣に話を聞いていたライラは、真顔で頷いていた。


 ちなみに俺は、シエラさんがシャツを脱ぎだすタイミングを見逃すまいと集中していた。それをライラに覚られないよう、真剣に話を聞いている風に真顔で頷く。


 屈強な筋肉戦士のドルエンさんが頷く。

 エルフの女弓手フィルシーさんが頷く。

 人間の女魔術師フォロンさんが頷く。


 ふと俺はリーダーのドルエンが、ハーレムパーティーを形成していることに気が付いてしまった。だがドワーフ族であるこの筋肉戦士は、髭の生えたドワーフ女性じゃないと乳臭くて話にならんと言っていたので、俺から憎悪の生霊が発生することはない。


 三人の冒険者は、俺が提供した500mlビールをグビッとひと呑みした後……


 ブフォオオオッ!


 一斉に吹き出した。


「ブハハハハッ! ドワーフの城がこんなところにあるとか聞いたこともないわ!」

「プーッ! 長年生きて来たけどハイエルフなんて見たこともない! ただのおとぎ話じゃない!」

「ゲホッ! ケホッ! というか怖い? とかマジ顔で聞くのやめて! シエラのその顔、面白過ぎるから!」


 皆を怖がらせようとして、逆に大爆笑を買ってしまったシエラは、真っ赤な顔のままプクーッと頬を膨らませる。


「何よ! ギルドでこの話をしたときには、みんな真剣に話を聞いてくれたんだから!」


 そう言ってグビッとビールを飲み干すシエラさん。


 プシュッ!


 そしてまた新しい缶を開けて飲み始める。


 ちなみに、焚火の傍には空っぽになったウィスキーボトルと日本酒一升瓶とワインボトルがゴロゴロと地面に転がっている。


 ふくれっ面のシエラを女魔術師のフォロンさんが煽る。


「あぁ、知ってる知ってる! あのときギルドの野郎どもはアンタの話を真剣に聞いてたんじゃなくて、アンタがいつ脱ぎ始めるかって、そのデカ乳を見つめて待ってただけだから!」


 ちなみにフォロンさん。酔っていないときは、理知的でクールビューティーな美人さんである。普段の口調も、知性を感じさせる上品なものだ。


「そのデカ乳を見てただけだから!」


 ビール缶をシエラに向けて怒鳴りつけるフォロンさん自身は、貧乳はステータスな方だった。


「ちくしょー! やっぱそうだったかー! どうりで、みんなの視線が私の目を見てないなーとか思ってたよ!」


 グビグビグビッ!


「プハーッ!」


 シエラさんはビールを飲み干す。そして――


「くっそぉ! この胸が悪いのか! このデカ乳が悪いのかぁぁぁあぁ!」


 シエラさんが絶叫しつつ、そのシャツに手を掛けて、一気に上に持ち上げる。


 見事な下乳が露わになり、ついに俺はその決定的瞬間を――


 ギュッ!


 一瞬にして視界が暗黒に包まれた。


「はい! はい! 女剣士シエラ・トルミラン! おっぱいプルンプルンダンス行きまーす!」


「「「おー--っ!」」」


「はい! プルンプルン! プルンプルン!」


「「「プルンプルン! プルンプルン!」」」 


 想像を絶する凄まじい楽園が目前にあるはずなのに、俺は……俺には……何も見えない!!


「あぁ、シンイチくんは、おっぱいダンス見れないんだよね。残念だねぇ」


 そう言ってエルフの女弓手フィルシーさんが楽しそうに笑う。

  

「仕方ない。フィルシー姉さんが解説してあげる。あのね。シエラはデカ乳を両手で支えながら、ステップに合わせてプルンプルンさせてるんだよ」


 何ぃぃぃぃぃぃ!!!


 俺は血涙が出そうなくらい焦燥感を感じたものの、それでも俺はライラの手を振り解くことができない。


「シンイチさまは、見ちゃ駄目!」

 

 目の前のプルンプルンおっぱいかライラか、どちらを選べと言われれば、もちろんライラだ。


 ライラに決まってる!


 ……決まってるんだけど!

 

 ど!


「はい! プルンプルン! プルンプルン!」


「「「プルンプルン! プルンプルン!」」」 

 

 だけど非常に残念な気持ちに呑み込まれてしまうのは、仕方ないじゃない!


 仕方ないじゃない!


 結局、ライラの手が離れたのは、ダンスが終わってシエラさんが服を来た後だった。


「というかさーっ! こんなに騒いじゃって大丈夫なの? そこんとこどーなのよー、シエラー!」


 完全に酔っぱらって出来上がっているエルフのフィルシ―さんが、さらに缶ビールを開けながら、シエラさんに突っ込んでいる。


(……!)


「えーっ。静かにしなきゃ駄目に決まってんじゃん! ここは黒い沼の森だよ? 騒いでたら魔神きちゃうよ!」

  

(……!……中様!)


 大分長い間、騒いでいたし、おっぱんプルンプルンダンスで盛り上がってたし、魔神がいるならもう後ろに迫ってるくらいじゃないかな。


 そんなことを想いつつ、俺はおっぱいプルンプルンダンスが見れなかった悔しさをお酒で嫌そうと、缶ビールを手に取った。


(……田中様! 田中ぁあ!)


 ん……ココロチン? シリル? 何か言った?


 俺は、缶ビールを口に運ぶ。


(ココロ:【索敵】マップ見ろやぁぁ! このDT!)


 いや、何度も言うけど、俺もうDTじゃないからね!


 俺はココロチンに反論しつつ、言われた通り【索敵】マップを開いた。


「!?」


 やはりシエラの言う通りだった。


 ここは騒いだら駄目な場所だった。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」


 俺の絶叫が周囲に木霊する。


 視界に映っている【索敵】マップには、俺のすぐ背後に紫色のお化けのマーカーが表示されていた。

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