第237話 北の飲兵衛ズ

 港湾都市ローエンを出発して三日目。


 だんだんと景色の中に雪の白さが目に付くようになってきていた。


 今は昼間に入った深い森を延々と進んでいる。


 森の中は薄暗くて寒い。あんまり寒いのでライラはずっと俺にしがみついている。


「シンイチくん、幼女に抱き着かれながら御者するなんて、器用だねぇ」


 シエラさんがニヤニヤしながら言う。


「えぇ、まぁ……暖かいですよ」


 シエラさんに目を向けると、どうしても男の本能で一瞬、胸に目が行ってしまう。


 ギュッ!


 ライラがしがみつく腕に力を入れる。


 さらに、シエラさんから顔をプイッと背けた。


「あらあら、ライラさんに嫌われちゃったかな? 大丈夫よ、シンイチくんを取ったりしないから」


 膝の上に座っていたライラは、両足で俺の腰を挟んで大しゅきホールド状態になった。


 ちょぉおおおおお、愛おしんですけどぉおおお!


 と、俺は内心で絶叫しつつ、ライラの頭にキスをする。


 もし、俺とライラと二人っきりだったら、


 レーロ、レロレロレロレロ!

 

 とライラの顔中を舐めまわしているところだった。


 思わずそうしそうになったのを、鋼の精神力でなんとか抑え込むことができた俺は偉い。


 だが、ライラはそうした俺の努力を知らず、耳元でボソッと囁いてくる。


「シンイチさまは、ライラだけのシンイチさまです……」


 レーロ、レロレロレロレロ! チュッ! チュッ!


 俺の自制心はあっけなく崩壊した。


 レーロ、レロレロレロレロ! チュッ! チュッ!


「ひゃっ!」

 

 俺の顔面レロレロ攻撃に、顔を真っ赤にしたライラが逃れようとする。


 といっても、大しゅきホールドはがっちり固定されたままで、顔をのけぞらせているだけだ。


 その程度で、俺のレロレロを回避できるわけがない。


 レーロ、レロレロレロレロ! チュッ! チュッ!


「シ、シンイチさま、や、やめてください……」


 本当に止めて欲しいなら、俺から離れて隣に座れば済むことだ。


 つまり、この止めてくださいというのは、もっと俺にレロレロして欲しいということだ。


 だ!


 レーロ、レロレロレロレロ! チュッ! チュッ!


 そんな俺とライラのやりとりを見ていたシエラさんは、大爆笑しながら声を上げる。


「変態よ! ここに幼女を舐めまわす変態がいるわ! 誰か警備兵に通報して!」


 他の冒険者たちも、もう何度も繰り返されているこうした茶番にはもう慣れたようで、カラカラと笑いながら馬を進めて行った。


「あっ、そうだ! この森では騒いじゃいけないんだったわ」


 ひとしきり笑い終えたシエラさんが、そんなことを言った。


 屈強な筋肉戦士のドルエンさんが、後ろからシエラに声を掛ける。


「この森だけじゃない。どの森でも騒ぐのは控えるもんだ。山賊や狼を呼び寄せるからな」


「確かにその通りなんだけどさ。アタシが言いたいのは、この黒い沼の森で騒ぐなってのは、北方人なら誰でも知ってる言い伝えで、その云われもちゃんとあるのよ」


「へぇ、それは一体どういうもんだ?」


 戦士の問いかけに、シエラはニヤリとした笑顔を浮かべて答える。


「それについては今夜、ゆっくりと聞かせてあげる。それでシンイチくん、アタシたちは今日もアレを飲めるのかな?」


 シエラがチラチラと俺を見ながら尋ねる。アレという言葉を耳にした、他の冒険者たちも俺の方に顔を向けた。全員の目が期待に輝いている。


 アレというのは、ネットスーパーで購入したお酒のことだ。


 北の飲兵衛ズという名前からして、お酒が大好きだろうと思い、最初の野営で提供したのが運の尽き。


 イザラス村に到着するまでの日数を予想して準備していた12本のウィスキーは、初日にして消えてしまった。それだけではない。俺がこっそり楽しむつもりのワインと日本酒も、彼らによって一瞬で蒸発させられてしまったのである。


 まぁ、楽しい酔い方をする人たちだったので、連日の宴会はとても楽しかったのだが。


 シエラさんが酔うと脱ぎ癖があることを知った俺も、ついついどんどんとお酒を勧めてしまったのだが。


 ちなみに、シエラさんの上半身がスッポンポンになった瞬間、ライラの手が俺の両目を塞いでしまったので、未だ夜気にさらされた双丘を見ることはできていない。


 全員の期待が俺にグサグサと突き刺さってくる。


「もちろん、今晩も用意しますよ」


「「「「おぉおお!」」」」


 冒険者たちの歓声に、馬が驚いて前足を高く上げる。


 もちろん俺も、今夜こそはシエラさんの脱ぎ癖を見届けるべく、心中深くで決意を固めていた……


 ……ら、ライラがハイライトオフのジト目で、俺の顔を覗き込んでいた。


「ご、ごめん……」


 思わず謝ってしまった。


「どうして謝るんですか? シンイチさま?」


 ライラが妙に突っ込んでくる。


 どうしよう……これまで控えめで内気だった嫁が、幼女になった途端、俺にウザ絡みしてくるようになったんだが。


 ジィィィィ。


 ライラが柳眉をひそめて、俺を睨み付けている。


 ジィィィィ。


 こ、これは……。


 ジィィィィ。


 かわえええええぇええええええ!


 レーロ、レロレロレロレロ! チュッ! チュッ!


 この攻撃は、ライラが本気で参って、俺から離れるまで繰り返された。

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