第230話 モーラス・ネムラの落とし仔

 アルミン一家を引き連れて、祭壇の間から脱出している途中、脳内にココロチンの声が聞こえて来た。


(ココロ:ピロロン! 女神クエスト「妖異モーラス・ネムラの狩猟」を達成しました)


(シリル:女神クエストの報酬は3000万EONポイントとなります)


(そ、そんなに!? というかそんな高額報酬の化け物に遭遇した記憶がないんだけど!?)


(ココロ:祭壇にいたじゃないですか。ちゃんと【索敵】マップにも表示されていましたよ)


(シリル:本体は地下深くで眠っていたみたいだから、気が付かなくても仕方ないです)


(あっ、【幼女化ドゥーム】の範囲は球体状に広がってるから、地下にいたそいつを偶然巻き込んだってこと?)


(シリル:そうです。ただ偶然ではありません。この街の人が祀っていた神がこの妖異です)


(ほへっ? 街の人が崇めているのはダゴンじゃなかったっけ?)


(シリル:おそらくダゴンを祀っているつもりだったのでしょうね。図鑑によるとこのモーラス・ネムラという妖異は人々の精神を操る力を持っているようですので)


 つまり、街の人々はダゴンを祀っているつもりが、実はモーラス・ネムラに生贄を捧げていたってことか。


 どちらを崇めているにしろ、そもそも生贄なんて最悪だけどな。


 そんな脳内会話の途中、アルミン夫人(幼女)が俺に向って何か話しかけていることに気が付いた。


「魔法使い様!」


「あっ!? はい? 何ですか? ちょっと考え事をしてまして……」


「ですから、この街にいる生贄は私たちだけなのでしょうか? もしかして、他に捕らわれている者がいるのではありませんか?」


「んっ……それは確かにそうですね」


 正直言えば、とっとと逃げ出したい。だが、アルミン夫人の言う通り、この街には他にも生贄にされている人がいるかもしれない。さすがに、そういう人たちを幼女のまま放り出して、魔物の餌食にするわけにはいかない。


 いや、ドラン大平原でやらかしている俺が言うのもなんだけどさ。


 もしかすると、あの戦場の中には兵士だけでなく、例えば一般人の捕虜とかも居て巻き込んでしまったかもしれない。今のところは思い込みでしかないけど、いつかは正面から向き合わざる得なくなることではあるだろう。


 とはいえ、あの状況でそんなことを考える余裕はなかったし、考えたところでどうにか出来たわけでもない。


 だが今は違う。何とか助けられるかもしれない。


 何とかできるのであれば、助けるための最大限の努力をしよう。


「それでは皆さんは、先に宿屋へ戻って、念のためいつでも出発できるように準備しておいてください。私は一度、祭壇の間に戻ります」


 アルミン夫人(幼女)が頷いて、子供たちに宿に戻るように声を掛ける。


「すぐ戻ります!」


 祭壇の間に戻る前に、ライラを降ろそうとすると、ライラは素早く俺の背中に移動してガシッと抱きついてきた。


「一緒に行きます!」

 

「そうだな」


 俺はライラを背中に乗せたまま、祭壇の間に戻った。




~ 祭壇の間 ~


「この中にいる一番偉い奴を掴まえて話を聞きたいんだよ」

 

 祭壇の間は、沢山の幼女で溢れかえっている。それぞれが泣いたり喚いたり、はしゃいだり、喧嘩したり、仲良くしてたり、もう大混乱だ。


「あの赤い髪の女の子は、他の子より落ち着いていて、なんだか大人っぽい感じがします」


 そう言ってライラが指を刺したのは、巨大なオコゼ頭のダゴン像の前に立っている幼女を指差した。


 赤髪い魚面の幼女は、ずっとダゴン像の前から祭壇の下にいる幼女たちを見つめている。


 ハッキリと見覚えがある分けではないが、【幼女化】する前に、この幼女のいた場所に神官服を来た魚面が立っていたような気がする。


 それが赤髪だったかどうかは、覚えていない。


 だが、この状況での幼女の落ち着き具合は、他の幼女とは明らかに違う。落ち着いているというのは正しくないかもしれない。だが、周囲を観察して冷静に状況を把握しようとする姿勢は、元来の立場がそれなりのものであったということかもしれない。


「よし、赤髪の子にしよう」


 俺は赤髪の子の頭に手を触れ、【幼女化】を解除した。


 ボンッ!


 素っ裸の赤髪魚面のおっさんが現れた。


 俺はさっとライラの目を手で覆って、おっさんの隠せていない、大丈夫じゃない部分が見えないようにした。


「こ、これは一体どういうことだ!」


 魚面のおっさんが驚愕する。


「とりあえず足元に落ちている服を来た方がいい」


 そう言って片方の手で、魚面のおっさんの足元を指差すと、おっさんは慌てて服を拾い上げて着始めた。


 足元を見るおっさんの動きにつられて、つい俺も頭を傾けて下を見てしまう。


 畜生! おっさんの下を見ちまったよ、コンチクショー!


 魚面のおっさんは、テキパキと神官服を身に着けていった。衣装はピッタリと合っていた。


 つまりこの魚面のおっさんは、魚面の神官だったということだ。


「貴様! 星辰祭の生贄の残りカスの奴だな! 一体何が起こったというのだ! 説明しろ!」


 服を着た途端、赤髪魚面の神官が大音声で俺に怒鳴りつけてきた。


 いきなり怒鳴られて腹が立った上に、かてて加えて残りカス呼ばわりときた!


 コイツどうしてくれよう!?


「おい生贄の残りカス! 聞いておるのか!」


 激昂する魚面神官を無視して、俺はボソッと呟いた。


「神は死んだ……」


「は? 何を言っておるのだ、貴様! もしかして言葉も話せぬ猿だったか?」


「神は死んだ……」


「だから何を……」


「だから……」


 俺は息を大きく吸い込んで、魚面神官に向って叫んだ。


「貴様らの神は死んだと言っている! 【幼女化ァァ!】(意識継続:エターナル)」


 この時、【幼女化】タッチで魚面神官にビンタを食らわせたのは、自分でも人としてどうかなとは思った。


 だが反省はしない!

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