第213話 エンジェル・キモオタ

 天上界の存在が、実際に姿を現すことは滅多にあることではないらしい。もし地上の存在が天使にでも出会おうものなら、一瞬で聖者の殿堂入りくらいのインパクトがあるらしい。


 あくまで一般論では。


 当然、天使の中でもTシャツ姿でお腹出っぷりな存在がレア中のレアであるように、このエンジェル・キモオタの行動もまた一般の枠には収まりきらないものであるらしい。


「デュフフフ。我輩は女神様からかなりの自由を与えられています故、他の天使に比べれば地上に降りてくる頻度は高いですな。デュフコポー」


 どうせ地上に降りて、幼女観察でもしてたんだろ。


「さすがは我輩と性癖を同じくする田中殿、その通りですぞ!」


「勝手に人の心を読むんじゃねぇ!」


 先ほどからずっと黙ったまま、おそらくひれ伏しているであろう支援精霊二人と違って、俺はもうこのエンジェル・キモオタへの遠慮は一切なくなっていた。


 異世界転生してから、ずっと不満をくすぶらせてきたのだ。もはやこの天使に対する敬意など砂粒ほども残っていなかった。


 そんな心の内も、エンジェル・キモオタには伝わっているだろうに、こいつときたら、さっきからニヤニヤ笑うばかり。


「とはいえ幼女観察ばかりしていたわけではありませんぞ。最近は、山奥で大岩に頭突きをしている美少女メイドに、秘伝の武技を授けたりもしておりました」

 

 何やってんだよ! その美少女メイドもだけど!


「で? なんの用? ライラに何かするなら幼女にするけど?」

 

「はぁ、はぁ、それも大変心惹かれる提案ではござるが、今は何より幼女ライラ様の命が最優先ですぞ!」

 

「えっ!? キモオタ師匠! ライラを助けてくれるの?」

 

 我ながら現金なものだと思うけど、今の段階でキモオタ師匠の評価はライラの次くらいに上がっていた。


 だがキモオタ師匠の顔は曇る。


「残念ながら、我輩の力ではその黒剣の呪いに干渉することはできませぬ」


「そ……そうなのか」


 ガクッとうな垂れる俺を励ますようにキモオタ師匠が言葉を続ける。


「だが、望みがないというわけではないですぞ。此度、悪魔勇者をあと一歩というところまで追い詰めた田中殿の功績を以て、我輩、女神様に天上界の特別措置をお願いしてきましたのですぞ!」


「特別措置?」


「そうですぞ。神話級の英雄でなければ認められない特別措置! 我輩、必死にお願いするあまり、息も絶え絶え、舌もペロペロしながら、女神さまの足元へ這い寄りましたぞ! とうとう女神さまから『キモイ! わかったから近づかないで!』と了承を取り付けることに成功したのですな!」


 ちょっと女神に同情した。


「というか特別措置って何? それでライラが助かるの?」


「そうでしたな……コホンっ」


 キモオタ師匠の後光がより一層まぶしく輝く。


 そして厳かな雰囲気を出そうと、精一杯低い声で、俺に神託を告げ始めた。


「シンイチ・タヌァカよ。よく聞くのですぞ。此度の悪魔勇者に対する働きに対し、女神ラーナリア様は天上界の特別措置によってライラ・タヌァカの命を救う機会をお与えくださることになった」


「機会……?」


 どういうことだ? ただ助けてくれるということではないのか。


「(残念ですが、その通りですぞ)コホンッ! 近く、この世界に悪魔勇者討伐のための勇者が遣わされるであろう。シンイチ・タヌァカよ、勇者の悪魔勇者討伐に協力せよ。さすれば勇者が目的を果たして帰還する際に、ライラの一時転移を許す!」


「ははぁ……はっ?」


 キモオタ師匠の厳かな口調に乗せられ、ついつい頭を下げてしまったが、つまりどういうことなんだ?


 神託の意味がわからず、訝し気な顔をしている俺に、支援精霊が声を掛けてきた。


(ココロ:田中様! これは転移を使ってライラ様の治療を行うというということですよ!)


(シリル:転移すると身体はその時点で最良の状態に再構築されます。ライラ様の傷も完全に治癒されるということです)


(そ、そうなの!)


「そうですぞ! 幼女ライラ様の治癒を完全なものとするために、勇者の世界で三年ほど過ごしていただくことにはなりますが、こちらに戻った際には超健康優良幼女……残念ながらそのときには幼女ではなく女性として戻って来るわけですな!」


(おおおおお! ありがたき! ありがたき!)


 俺は頭の上で合掌してキモオタ師匠を拝む。


 勇者に協力して悪魔勇者を倒さないといけなかったり、ライラと三年もの間、離れ離れになったり、色々と乗り越えなきゃいけないものは多そうだ。


 だけど、それでライラの命が助かるのなら問題ない!


 全部乗り越えて見せる!


「その意気ですぞ、田中殿ぉぉおお! 田中殿であれば我輩の最高傑作【幼女化】スキルで悪魔勇者などイチコロですぞ! それでは田中殿、幼女ライラ様、我輩、これにて失礼いたしますぞぉおお」


 そう言いながらキモオタ師匠が、段々と光の中に消えて行く。


「幼女ラヴリー・ライラ様、最後に決め顔で横ピースを所望ですぞぉぉ!」


 ライラがチラッと俺の顔を見た。


 まぁ、ライラのために女神様に直訴してくれたんだ。これくらの御礼はしても良いだろう。


 俺が頷き返すと、ライラはキモオタ師匠に向けて、決め顔と横ピースを決める。


「ふぉおおおおおお! 至福! 至高! 最高ですぞ! 我輩このまま天国へ行ってしまいますぞぉお!」


 手に持っている神スマホでライラの画像をパシャパシャと執りながら、キモオタ師匠は光の中へ消えて行った。


「……」※俺

「……」※ライラ(決め顔横ピース)

「……」※ココロチン

「……」※シリル


 あまりにも衝撃的な事態の進展に、俺たちは約5分くらいフリーズしたままだった。




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