第211話 愛の告白と頭突き

 黒い剣の呪いなのか毒なのか分からないが、元の状態のライラは致命傷を受けていた。


 幼女ライラの身体に黒い痣は見られないものの、自分が致命傷を受けている事実を知ったライラの顔は真っ青になっている。


 心配そうな俺の視線に気が付いたライラは、拳をぐっと握り、一度深呼吸してから顔を上げた。


「シンイチさま……私……シンイチさまが来てくれて本当に嬉しかった」


 ライラが透き通るような笑顔を浮かべて俺を見つめる。


 その言葉のトーンから、ライラが自分の身体の状況について理解していることが分かる。俺は見えない手で心臓を鷲掴みにされたような思いだった。


 そっとライラが俺の手を握り、それを自分の頬に当てる。


「この優しい手が好きです」


「ライラ……」


「シンイチさまの温かい声が好きです。私がそのまま映っているその瞳が好き」


 ライラの小さな唇が俺の唇に触れる。


「シンイチさまとのキスが好き。シンイチさまの吐息が好き。この黒い髪が好き」


 ライラの小さな手が俺の髪を撫でる。


「私は奴隷になったときから、自分がもう何も望めない。望んではならないと思ってました。この地獄のような世界を這いつくばって生きていくことしかできないと……」


「ライラ……」


「でも違った……あなたに会えた」


 ライラの瞳に俺が映っている。うだつのあがらない情けない顔だ。


「シンイチさまが、私の名前を呼んでくれるといつも嬉しくて、どこかホッとします。処構わず私を求めてくれるのも好き。少し恥ずかしいときもあって、ちょっと困ったなって思う時もありましたが、そんな自分の気持ちが好き!」 

 

 ライラの瞳から涙が溢れ、その声は段々と大きくなっていった。


「サキュバスや人魚の胸に見惚れてるシンイチさまを見ると、気持ちがモヤモヤってなるけど、そんな気持ちも好き! だってシンイチさまが好きで、シンイチさまを独り占めにしたいって私の気持ちがあることが嬉しいから! シンイチさまのことを好きになればなるほど、不思議と自分のことも好きになれるんです! だからシンイチさまが好き!」

 

 俺は初めてみるライラの表情に釘付けになる。 


「だから! ライラは……ライラ・タヌァカはシンイチが大大大大好きです!」


 小さなライラの両手が俺の頬を掴み、俺の顔を自分の正面に向ける。

 

「あなたに会えて……よかった……」

 

「ライラ……」


「あなたに会えてからの人生はいつも幸せで一杯でした。だから私が死んでも、どうか悲しまないで……」


 ライラが涙を溢れさせたまま、透き通るような優しい笑顔を俺に向ける。


 俺は鼻水を精一杯啜り……


 顔を上げ……


 そして


 ゴッツンコ!


「キャッ!?」


 ライラの額に軽い頭突きをかました。


「シ、シンイチさま……痛いです!」


 幼女ライラが、小さな手で額を押さえながら、俺を涙目で見上げる。


 この涙は痛みからくるものだろう。


「ライラッ!」


「はいっ!」


 わずかに怒気を含んだ俺の声に、ライラが一瞬、ビクッてなった。


「まず言っておくが、俺もライラが超超超大大大好きです!」


「は……はい……」


 俺の意図がよく分からず、ライラは混乱している。


「次に!」


「はいっ!」


「ライラは死にません!」


「えっ!?」


「だから、死に際の別れみたいな挨拶は不要です。まぁ、ライラの気持ちはとっても嬉しかったけどね!」


「そ、そうなのですか?」

 

「そうなのです! 少なくともライラが幼女でいる間は大丈夫! だからその間にライラの治療方法を探すことにします! 超余裕です! まぁ、時間は掛かるかもだけど」


「えっ……そ、そうだったのですか……」


「そうなのだ!」


 嘘である。


 何の確信もない。


 先程の自分の告白を思い返して真っ赤になっているライラを、生暖かく見守りながら、俺は心の中で必死に支援精霊に訴えかけていた。


(ココロチン! シリル! ライラは大丈夫だよね!? ねっ! なんとかなるよね? なんとかできるなら、俺は何だってやる! エンジェル・キモオタの足だって舐めてやる! だから力を貸してくれ!)


(ココロ:落ち着いてください。まずは田中様の見立て通り、少なくとも幼女になっている間は、命が脅かされるようなことはないようです)


(シリル:そうです。スキル開発部に問い合わせましたが、幼女体は元の身体とは完全に断絶されているので、幼女の間はライラさんの命は大丈夫ということでした)


(そ、そうなんだ……よかった)


(シリル:ただ時間は停止しているわけではないので、時間が経過するほど元の身体が致命的な状態に……なる可能性が高いと)


(そ、そうなんだ……)


 膝から崩れ落ちそうになったギリギリのところで、俺は踏みとどまった。


 少なくとも幼女の間はライラの命は失われることはない。


 最悪……本当に最悪な状況でも、一生幼女のままでいれば、生きてはいける。


 最悪の覚悟が出来たら、後は出来ることを全てやり尽くすだけだ。


(な、なんとかならない?)


 その最初の一歩は人頼みなんだけど。


(ココロ:うーん、うーん、うーん、どうすればいいのでしょう)


(シリル:何か……何か手はないかな。何か何か何か……)


 二人ともライラのために真剣に頭を捻ってくれている。


 問題解決の糸口はまだ全く見えないけれど、


 二人の気持ちが、俺は嬉しかった。


(ココロ:うーん、うーん、うーん、あっ!?)


(んっ! ココロチン! 何か思いついたの!)


(ココロ:いえ、女神クエストの報酬が確定しました)


(はっ?)


(シリル:田中様は、悪魔勇者と接触されたので、悪魔勇者の捜索クエストが成功したと承認されました。また戦場で数多くの妖異を討伐していますので、その成果報酬も出ています)


(えっ!? いつの間に……)


(シリル:自動承認のクエストもありましたが、他は私が適時、受注を受けておりました。もしよろしければ田中様、私を褒めて下さってもよろしいですよ)


(ココロ:わ、わたしも手伝いました! ちょ、ちょっとだけ……)


 ドラン平原の戦いの最中、俺の知らないところで、二人も色々と頑張ってくれていたらしい。


 俺は二人に最大の賛辞と――


 それぞれの買い物カゴ一杯、何でも好きなものを買ってねと


 お礼をしておいた。

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