第194話 コボルト村急襲2

「ライラが薬草採取でコボルト村に行ってるんだよ!」


 たとえ名目上だけのことといえ、皇帝なんて呼ばれている立場にある者なら、コボルト村の住人たちのことを優先すべきだ。


 俺の意識の片端から、そんな声が聞こえて来た。


 だが、俺にとって世界で一番大事なのはライラだ。


 最優先だってライラだ。


 他の全てを失ったとしても、ライラさえいればそれでいい。


 そうだ! ライラを失うわけにはいかない。


 こんなところで足を震わせている場合じゃない、


 この一秒の躊躇が、一瞬の迷いが、ライラの生死を分けるかもしれない。


 そう思った瞬間、全身に血流が戻り、俺はスクッと立ち上がった。


「だ、大丈夫か? シンイチ!」


 俺の顔を見上げたルカが、心配そうな声を上げる。


「大丈夫だ! 早くコボルト村から逃れた人たちの話を聞こう」


 俺はジッと前を見据えたまま、村長宅へと急いだ。


 目の前数メートルの光景しか視界に入ってこない。


「シ、シンイチ……」




~ 村長宅 ~


 村長宅(兼旅館)の受付フロアには、コボルト村からの逃れた者たちが集まっていた。スタッフは彼らに食事や水を配ったり、怪我人を客間へ運んだりと、忙しく働いてくれていた。

 

 俺はまずライラを探したが、彼女の姿は見つからなかった。スタッフに聞いても、ライラの姿は見ていないという。


「「「シンイチ様!」」」


 俺の姿を見て駆け寄って三人の少年少女コボルトが駆け寄ってきた。子供の頃から俺が子守をしていたコボルトたちだ。


「コリン! コティ! ロラス! 無事だったか!」


「はい……でも、村にはまだ沢山の人が……」


 三人の中で一番年長者のコリンが、今にも泣きそうな顔で俺を見上げる。


「詳しい話を聞かせてくれ!」


 コリンは、一度大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと頷いて、コボルト村で起こったことを話し始めた。


 途中、何度も泣き出しそうになるのを堪えて、一生懸命に俺に状況を伝えようとするコリンの姿を見て、俺はようやく落ち着きを取り戻すことができた。


 コリンの話によると、今日の朝、突然ゴブリンとオークの魔族兵がコボルト村にやってきたらしい。


 彼らはジェヴォーダンという凶悪な魔物を引き連れていた。ジェヴォーダンは、アメリカバイソンとサーベルタイガーを掛け合わせたような魔獣で、巨大な体躯にも関わらず、俊敏な動きで人間を襲う。


 放たれた数十匹のジェヴォーダンは、一瞬にして村を大混乱に陥れた。通りを歩いていた多くの人たちは、魔獣の激しい体当たりで吹き飛ばされ、牙に貫かれ、次々と命を奪われていった。


 人々が建物や洞窟の中に逃れると、今度はゴブリンとオークたちが侵入して、村を放火し始めた。


 ロコたち率いる警護隊が奮戦するも、ゴブリンとオークの数は圧倒的に多く、村の防衛は瞬く間に崩れ去った。


 村人たちは洞窟へ逃れるものと、村の外へと逃れるものに分断された。外へと逃れた者たちは、当然ゴブリンたちの追撃を受ける。

 

 そこへミリア率いるドラゴンシスターズが到着。彼女たちが追手を撃退し、コリンたちは無事にグレイベア村に逃れることがで来たのだ。


「ライラは? ライラはどこ? 無事なのか?」


「ら、ライラ様は、今朝の明け方から薬草を取りに森の奥に行かれたまま……」


 バッ!


 俺は振り返って、村長宅を飛び出し……。


 グルグルッ!


「陛下! どちらへ行かれるのです!」

 

 ミケーネが、俺の身体に蛇体を巻き付けて動きを封じる。


「ライラのところだよ! だから放せ!」


「放せません!」


「ッ! 幼女……」


「しっかりせんかぁ!」

 

 バシッ!


 ルカが俺の頬を強く叩いた。


「!?」※俺


「お主がそんなでは、ライラを助けるどころか、余計に状況を悪化させてしまうじゃろが!」


「ルカ……」

 

「ライラがお主にとってどれだけ大事なのか知っておる! わらわとてライラのことは心配じゃ! 一刻の猶予もないことも理解しておる! だが、だからこそ、今は冷静になるときじゃろ!」


「うーっ! ううううううっ、うっー!」


 ルカとグレイちゃんは目に一杯の涙を浮かべていた。


 俺の身体を締め付けていたミケーネの蛇体が緩む。


「皇帝陛下、今、飛び出して闇雲にライラ様を探すより、まずここにいる者たちにライラ様について知っていることを聞いてから参りましょう。なに、それほど時間は掛かりません。その間にシンイチ様はご出発の準備を」


 ミケーネの言葉を聞きながら、俺は何とか落ち着きを取り戻そうと、大きく息を吸い込んで吐き、深呼吸を繰り返した。

 

「それに今からでは、コボルト村に到着する前に夜になってしまいます」


 そうだった。既に陽は落ち始めている。たとえ馬で移動しても途中で立ち往生することになってしまったかもしれない。


「私なら、私たちラミアなら夜目も効きます。イゴローナックルとの戦いのときのように、皇帝陛下をお運びいたします」


「それよりも、わらわが運んでやる。わらわの背に乗れば……」


 俺はルカの前に手を差し出して、その言葉を途中で遮った。


 もう一度、大きく深呼吸する。


 さっきよりも頭がスッキリしてきた。


「いや、ルカちゃんとグレイちゃんは、先に深淵の黒腕の対応をお願い。それが片付いても、コボルト村にくるのはどちらか一人にして、かならず一人はグレイベア村に残ってここを守ること」


「わ、わかったのじゃ」

「うーっ!」


 俺が指示を出し始めたのを見て安心したのだろう、ルカとグレイちゃんの顔に笑顔が戻った。

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