第170話 妖異の後始末

 半魚人らしき妖異の遺体を前にした俺の頭の中で、ココロチンによるクエスト達成アナウンスが流れ始める。


(ココロ:ピロロン! 女神クエスト「クリプティクス・シャドウを倒せ」を達成しました)


(受注した記憶がないんだけど?)


(シリル:事後受注は勇者特典なので、本来であれば田中様にはご利用いただけないのですが、今は私がいるのでクエスト条件達成後12時間以内であれば、クエストの受注が可能です)


(そっか、シリルっちは元勇者の支援精霊だもんね。ありがとね)


(シリル:どういたしまして)


(ココロ:報酬は300万ポイントとなります)


(ほへっ! そんなに!?)


(シリル:このところ報酬がインフレ傾向にあるというのもありますが、それだけこの妖異が脅威的な存在であったということです)


「クリプティクス・シャドウって、そんなに恐ろしい妖異だったのか……」


 つい口を吐いて出た妖異の名前に、村長たちが驚愕する。


「クリプティクス・シャドウだと!? この魔物がそうだというのか!?」


「えぇ、そういう名前みたいですよ。凄く恐ろしい妖異っぽいです」


「それは当然だ! こいつが本当にその名を持つものであれば、王国を震撼させた伝説の魔物ということになる」


 村長によると、クリプティクス・シャドウは、かつてアシハブア王国に出没した際に、一夜にして村を壊滅させるという大事件を起こしていたらしい。


「その話が本当だとすると、モリオン村は……」


「「「……」」」


 全員が沈黙した。


「村に急ごう」


 最初に口を開いた村長の言葉に、俺を含めた全員が頷いた。


 俺たちは野営をたたみ、夜の道をゆっくりと進んで行った。




~ モリオン村 ~


 陽が昇り始めた頃、俺たちはモリオン村に到着した。


 生きている者はいないか大声で呼び掛けたものの、誰一人として応えるものはなく、


 さらに村の中心部では悲惨な光景が広がっていた。


「おげぇぇぇぇえええ!」


 異様な形で並べられた遺体を見てしまった俺は、思わず膝をついて嘔吐した。


 クリプティクス・シャドウ自体は既に死んでいるにも関わらず、遺体を弄ぶ醜悪なその悪意は、俺の精神をクリティカルに削ってきた。


「シンイチ様、大丈夫ですか?」


 嘔吐する俺の背中を、ヴィルフォラッシュがさすってくれる。


「うっ……だ、大丈夫……ぐえぇえぇ」


「ラッシュ、シンイチ殿についていてくれ。俺たちは村を見回ってくる」


 そう言って、フワデラさんは村長たちと共に、村の中を見回り始めた。


「シンイチ様、ご遺体を綺麗にしてくるので、ちょっとだけ頑張ってください」


 ヴィルフォラッシュの言葉に、返答するとまた嘔吐してしまう。俺はただ頷くことしかできなかった。


 嘔吐を堪えながら、俺は視界の端でヴィルフォラッシュが、一つ一つの遺体の姿勢を丁寧に直して、見開かれた瞳を閉じていく様子を見ていた。


 結局、フワデラさんたちが、村中から遺体を回収し終えるまで、俺は何ひとつ手伝うことができなかった。


 綺麗に整えられた遺体を見て、俺はようやく嘔吐を止めることができた。


 だが、今度は涙が止まらなくなってしまった。


 静かに眠っているかのように並べられたご遺体を見て、彼らが数日前まで普通に笑顔で生きていたことを考えてしまって、突然、無惨にも命を奪われた思いを想像してしまって、俺の息がどんどん早くなっていく。


「ひぃ、ひぃ、ひぃ、はぁ、ひぃ、ひぃひぃひぃぃぃぃぃ」

 

 ガシッ!


 俺の肩をヴィルフォファング村長が強く掴む。


「シンイチ殿! 俺の目を見ろ! シンイチ! 見ろ!」


「ひぃ、ひぃ、ひぃ、はぁ、ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 

 遠くから聞こえる村長の声に、俺は必死に耳を傾ける。


「お前はよくやった! この村人たちのために、俺たちの誰にもできないことをやってのけた!」


「ひぃ、ひぃ、ひぃ、はぁ」


「この村人たちの復讐をお前は果たした! 彼らのためにあの悪魔をお前が倒した! 見ろ! お前のおかげで、この村人たちは安らかにラーナリアの楽園へと旅立つことができる!」


「ひぃ、ひぃ……」


 村長の言葉に、俺はガクガクと頷く。


「俺はお前が戦士であると認める。比類なき戦士であると認めるぞ、シンイチ」


「げ、ゲロを吐いても?」


 ようやく呼吸する方法を思い出した俺は、村長にそう答えた。


「あぁ、いくらゲロを吐こうと、お前は比類なき戦士だよ」


 俺の両肩をポンポンと軽く叩いてから、村長は俺を立たせてくれた。




~ 落ち着いた ~


 俺たちはモリオン村に残っていた馬に乗り換えて、その日の内にリーコス村へ出発した。


 翌日、リーコス村に戻ると、村長はアシハブア王国兵の駐屯地に事態の報告をするため、早馬を走らせた。


 事態の収拾を手伝うためにヴィルフォラッシュを残して、俺とフワデラ夫妻はグレイベア村に戻ることにした。


「疲れているだろうに、今日くらい休んでいかんか?」


 村長の申し出を俺は丁寧に断った。


「すみません。早くグレイべア村に帰りたいんです……」

 

 いや、この言い方だとリーコス村の人たちに失礼だな。


「正直に言いますが、一刻も早くライラ……妻の元に戻りたいです」


「ははは、それは引き留めるわけにはいかんな! 色々と土産を用意していたんだが、それはラッシュに持たせるとしよう」


「はい、ありがとうございます!」


 挨拶もそこそこに、俺たちはグレイベア村への道を急いだ。


 早く!


 早く帰りたい!


 ライラをこの胸に抱きしめたい!


 帰路の道中、俺はもうライラのことしか考えられなかった。

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