第164話 こども市とスケスケの服

 こども市は、リーコス村で取引をする商人が、村の子供たちにお菓子などを配るという、ちょっとしたイベントだ。


 最初は、村を訪れた商人が売れ残った食べ物を、親のいない村の子供たちに分け与えていたことから始まったらしい。


 今では、商人たちは取引の度に、村の子供たちにお菓子を配ることが習慣となっている。こども市の中心は子供向けのお菓子や玩具だが、当然、普通の商品も陳列されている。


 子供を引き付けることで、親も集まって商品を見て回る。こども市は、村の子供たちにとっては楽しいイベントであり、村の大人たちにとっては、買い物をする機会となっていた。


 ただ今回、俺たちはリーコス村に何か売りに来たわけではないので、単純に子供たちのご機嫌を取るためのイベントになる。


 とは言え、日頃から娯楽に飢えている子供たちはもちろん、白狼族の大人たちも、俺たちが何を始めるのかを興味深々で見つめていた。


 事前に、ヴィルフォラッシュからこども市のことを聞いていた俺たちの準備は万端である。


 俺たちは荷馬車から荷物を降ろし、木箱を並べてちょっとした商品陳列台を作った。


 その上に次々と、お菓子や食べ物を並べていく。


 ミチノエキ村名物からは、甘くて美味しいイリアーズクッキー、黒くて太いイリアーズチェロキー等のお菓子。


 一番の目玉は、カリッとジューシー黒くて太いイリアーズソーセージだ。これを、ガスコンロで熱した鉄板の上で焼いていく。


 グレイベア村名物からは、今は大量にあるリヴィアたんの燻製肉。それと大人のために用意したグレイベア村産のワイン。


 コボルト村からは、食べ物ではなくヴァール竹を使って作った玩具。竹馬、竹トンボ、竹の水鉄砲などを並べていった。


 子供たちの目が好奇心で輝いている。それを見守る白狼族の親たちも、イリアーズソーセージの香りに喉を鳴らしていた。


「さぁ、準備ができました」


 俺は白狼族の二人の子供に背中に昇られつつ、複数の子供に両手と両足を引っ張られつつ、村長に準備が出来たことを告げた。


「「「わぁぁぁぁぁ!」」」


 子供たちの歓声が上がった。子供たちの目は、お菓子やおもちゃに釘付けになっているものの、そこに群がろうとはしない。


 子供たちの視線は、俺たちと村長の交互にチラチラと向けられている。


「タヌァカ様、こども市の開催に感謝を申し上げる。ゴクリ」


 村長が俺に向って頭を下げた。


 いまゴクリって言ったか。


「どうぞどうぞ。子供だけでなく大人の皆さんのための十分な量を用意しておりますので、我が村の名産品をお楽しみください」


 俺が両手を広げて、子供たちに向って言った。


「たんと召し上がれ!」


「「「わぁぁぁぁぁ!」」」


 再び子供たちの歓声が上がり、商品棚へと群がって行った。


 奪い合いの戦争が始まるかと思いきや、子供たちは、自分が欲しい商品の前できちんと並び始めた。さらに一旦並んだ後でも、順番の入れ替えも行なわれているようだった。後ろに並んでいた子供を、年長者らしき子供が前に押し出している。


 その様子を見て俺が不思議に思っていると、ヴィルミアーシェさんが説明してくれた。


「両親のいない子や怪我を負った子に先を譲っているんですよ」


 杖をついている片足の子供がチュロキーの最前列に押し出されていた。


 その子は、後から受け取った子供たちと一緒にお菓子を頬張っていた。


 子供たちの心底楽しそうな笑顔を見れば、この共同体の良さは十分に伝わってくる。


「シンイチー! どうして泣いてるの?」

「ほら、シンイチ! チュロキーあげるから元気ダセー!」

「このお菓子半分っこしよっ! だから泣かないで、シンイチ!」


 子供たちが俺の頬に食べ掛けのチュロキーを押し付けながら、俺を元気づけようとしてくれる。


「これは哀しくて泣いてるんじゃなくて、心の汗だから大丈夫だよ」


 そう言って、俺が子供から押し当てられた食べ掛けのチュロキーを頬張っていると、ソーセージを焼いていたシュモネー夫人が声を張り上げた。


「イリアーズソーセージ、焼けましたよー! 大人の皆さんもどうぞー!」


 子供たちと違って、大人たちは文字通り、シュモネー夫人が焼くソーセージに群がっていった。そしてフワデラさんから、ヴァ―ル竹のコップに注がれたワインを受け取って、ソーセージや燻製肉を堪能する。


 まだ陽は高いにも関わらず、広場には酔いが周り始めた大人たちの笑い声が響く。


 俺はと言えば、子供たちに竹の玩具の使い方を教えていた。


 最初、食べ物や玩具は、ネットスーパーの商品を持ってこようかと考えていた。けど、この世界でも入手できるものが良いというルカちゃんの提案で、今回のラインナップとなったのだ。


「わーっ! 冷たいぃぃぃ!」

「シンイチ、くらえぇぇえ!」 

「きゃぁぁぁぁ!」


 子供たちと竹の水鉄砲の掛けっこをしながら、ふと、


 この水鉄砲遊びにヴィルミアーシェさんを巻き込んだら、もしかして透けブラいけんじゃね? いやブラなんてしてないだろうし、もっと凄い事になるのでは?


 などと考えていると、後ろから村長に声を掛けられた。


「タヌァカ様! このような素晴らしいこども市は始めてです! 本当に感謝しますぞ!」


 うひぃっ!


 と口に出そうになるのを、俺は何とか呑み込んだ。


「いやいや、こちらこそ。皆さんに喜んでいただけて何よりです」


 と、俺と村長が会話をしている背後から、


「キャッ! 冷たい!」


 というヴィルミアーシェさんのカワイイ悲鳴が聞こえて来た。


「もう! お姉ちゃんに水掛けたら駄目だよ!」

「わーっ! アーシェ姉ちゃんの服がスケスケだぁあ!」

「アンタわざとでしょ! いっつも姉ちゃんの胸ばっかり見てるもん!」


 振り返りたい!


 だがもし今、村長から目を離すと、なんだか多方面から怒られそうな気がする。


 俺は心の血涙を流しながら、


 笑顔で村長と会話を続けるのだった。

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