第163話 皇帝、白狼族の村に行く

 リーコス村に到着した俺たちを、村長である白狼族のヴィルフォファングが、村の広場で迎えてくれた。広場では白狼族の村人たちが遠巻きに、俺たちの様子を見ている。


「ようこそリーコス村へ、タヌァカ皇帝陛下。村長のヴィルフォファングです」


 渋いバリトンボイスの挨拶と共に、ヴィルフォファングが俺と握手を交わす。


 如何にも白狼族の長らしい、ごつい手の握力だった。


 若い頃は、大陸中にその勇名を馳せていたというヴィルフォファングの風貌には、過去の猛々しい戦士の面影が色濃く残っている。年齢によって刻み込まれた威厳と落ち着いた雰囲気を纏ってはいるものの、時折、その目の奥に鋭く強い意志がキラリと垣間見えた。


「どどどど、どもども、シンイチ・タヌァカです」


 よし、俺も安定のキョドリ具合だ。


 だって、この村長、ニッコリ笑顔だけど目の威圧が凄いんだよ。


 フワデラさんとヴィルフォラッシュが俺に向ける残念そうな視線が痛い。


(ココロ:仮にも皇帝と呼ばれている者にしては、あまりにも卑屈な態度に呆れているんでしょうね)


(シリル:私たちでさえそうですから)


(いやいやいや! いくら村長が強くても、もし戦ったら【幼女化】で瞬殺だよ? これはアレだよ。ほら、実るほど頭を垂れるって奴!)


(ココロ:後頭部を掻きながら、ヘコヘコと頭を下げているのは、実った頭を垂れているということですか?)


(シリル:草生えますw)


(もし戦闘になったら俺の圧勝だからね? これはそういう威圧でビビってるんじゃないの! なんていうか、人間の大きさというか、器というか、そういうのに俺は頭を下げてるんだよ!)


(ココロ:もっと酷いじゃないですか!? 言ってて哀しくなりませんか!?)


(シリル:大草原www)


 などと脳内会話をしている間、村長は俺の目をジっと覗き込んでいた。


 そして、おもむろに笑顔を浮かべて、


「ヴィルフォラッシュから貴方のことは色々と伺っている。白狼族に大変良くしていただいていると。同族として心から感謝申し上げる」


 村長の手が再び強く握られた。


 常に卑屈な俺だからこそ、相手の嘲りや蔑みについては超敏感なのだが、その時の村長の顔には、侮りの色はなく、感謝の気持ちが溢れていた。


 まぁ、それさえ演技だったという経験もあるにはある。だが彼は白狼族だ。そんな子芝居をするのは白狼族らしくない。


 この笑顔は信じても大丈夫。


 ということで俺も、村長の手を強く握り返した。


「お父さま……」


 村長の背後から、小さな声が聞こえてきた。村長が振り向くと、そこには白狼族の女性が立っていた。


「タヌァカ様、こちらは娘のヴィルミアーシェです。アーシェ、こちらがグレイベア村からお越しになられたタヌァカ皇帝陛下だ」


「皇帝陛下!?」

 

 銀色の長い髪を持つ美しいケモミミの女性が、両手を口に当てて驚いた。


「いやいやいや、なんちゃって! なんちゃって皇帝ですので! 五つの村のまとめ役として統括村長をしております」


「それでも五つの村の代表でいらっしゃるのですね。お若いのに凄いです!」


 ヴィルミアーシェさんが、俺の方を見てニッコリと笑った。


「いやぁ……そ、それほどでもぉぉ、あははは」


 自分でも驚くほどのチョロさだった。


 だが聞いて欲しい。ヴィルミアーシェさんのようなケモミミ美人に褒められて、木に登らない豚などいない!


 美しい銀色の髪! 青空が閉じ込められた青い瞳! 透き通るような白い肌! そして、そして、そして、


 巨乳!


 見た目のダイナマイツボディに対して、おっとりとした声の調子と口調。これはもう、俺の好みのツボを押さえまくりだ。


 とはいえ、目の前には村長もいるので、ジロジロと見るわけにはいかない。俺は鉄の意志で胸に視線が向かわないように頑張った。


 頑張ったけど……やっぱり見てしまう……


 というギリギリのところで、


「アーシェ! この人が商人さん?」

「この兄ちゃんが商人なのか!?」

「お菓子ある~?」

 

 ヴィルミアーシェさんの背後から、子供たちが飛び出してきた。


「アーシェ、会談が終わるまでは子供たちを大人しくさせておくようにと……」


「ご、ごめんなさい、お父さま。この子たちがどうしても商人さんの様子を見たいって言うこと聞かなくて……」


「そういうときは、耳を抓ってやれば……はぁ、お前には無理か。騒がしくして申し訳ない……タヌァカさま!?」


 村長の声が途中から裏返った。


「わーい! 商人キター!」

「シンイチ? シンイチって言うの!?」

「シンイチ、お菓子ぃぃぃ!」


 子供たちが、俺の服を引っ張り、俺の背中に昇り、俺の頭を叩きながら、俺の名前を連呼していたからだ。


 ふっ。


 この場にいるのは、俺、フワデラ夫妻、ヴィルフォラッシュ、ヴィルミアーシェさん、村長のヴィルフォファング。


 ふっ。


 子供たちの純粋な目から見れば、この中で誰が一番ザコなのか一目で見分けられちゃうんだな。


「タタヌァカ様!? こっ、こらっ、お前たち! なんて失礼なことを!」


 村長が動揺していた。


 俺は身体に昇ってくる子供たちを頭撫でスキルで回避しつつ、頭に上った白狼族少年に頬っぺたを引っ張られながら、村長にある提案をした。


「そんひょうひゃん、ひゃきにこどもひちをひらかせてもらってひょいれすか?」


「えっ、え……っと」


 困惑する村長に、シュモネー夫人が俺の言葉を通訳してくれた。


「タヌァカ皇帝陛下は、会談の前に『こども市』を開かせて欲しいとおっしゃられています」


「こども市!?」

「やったー!」

「シンイチ、ありがとー!」

「お菓子ぃぃぃ!」


 さらに沢山の白狼族の子供たちが、周囲からワラワラと湧いて出て来た。

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