第159話 海の男のクジラ漁

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 絶対無理ぃぃぃぃぃぃぃい!」


 大口を全開にして涙と涎を巻き散らしながら絶叫しているのは、何を隠そう俺である。


 帆のない小舟に乗って、目下、全力で海上を疾走している。帆もないのに船が進んでいるのは、人魚たちが懸命に船を引っ張ってくれているからだ。


 何故、人魚たちが懸命に船を引っ張っているか。


 それは……


 巨大な魔魚レヴィアたんに追われているからだ!


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしぬぅぅぅぅ!」

 

 レヴィアたんは、オコゼ頭の巨大なクジラの姿をした魔物だ。まずオコゼ顔が怖い上に、何しろデカイ。デカ過ぎて怖い。


 いや、そんな言い方じゃ足りない。少年少女合唱団に全員で「超デカイィィ~♪」と歌ってもらったとしても、まだ足りない。


 30メートル……いや50メートル以上あるんじゃないの!?


 今背後に迫りつつあるオコゼ顔の巨大な口だけで、三階建てのビルくらいは飲み込めそうだ。いや、恐怖で目測がおかしくなってるだけかもしれないけど、それくらい大きく見える。


 俺たちの乗る小舟なんて、レヴィアたんの巨大な体に比べれば、まるで蚊のようなものだ。




~ 数時間前 ~


(ココロチン、本当に大丈夫なんだよね? レヴィアタンには幼女化が確実に効くんだよね?)


(ココロ:そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。新種の妖異ならともかく、この惑星の原住生物であれば、どんな魔物でも大丈夫……なはずです)


(「はずです」ってのが信用ならなくて、ホント怖いんですけど)


(シリル:ご安心ください田中様。これまでの実績がございますので、もし死んだとしても再び転生に廻される確度はとても高いはずです)


(死ぬことを想定に入れるのやめて!)


(シリル:索敵マップでチェックして、もし【幼女化】ができないと分かれば逃げればいいだけのことではないですか)


(そ、それはそうだけど……)


(ココロ:シリルの言う通りですよ。人には言えないような恥ずかしいスキルですが、まさに無敵のスキルです。その魔物がいくら強かろうと、ビーム一発で即終了です)


(う、うん。そうだ。そうだよね)




~ 再び現場から ~


 ……などと思っていたその時の俺を殴ってやりたい。


 というかココロチンとシリルっちも大概だよ。現場知らない連中がどれだけ無責任で適当か、教科書に載せたいくらいの駄目駄目さだわ。


「ふぎゃぁぁぁぁ! 喰われる! クジラに呑まれる! 呑まれちゃうぅぅ!」


 背後にオコゼ顔の巨大な口が迫る。


 どうしてこんなことに!?


 まず、このレヴィアたんが、ここまで巨大だったことが完全に想定外だった。


 人魚たちの話しぶりから、なんとなくクジラを想像していたんだけど、その数倍の大きさがあるのだ。


 それとオコゼ顔が超コワイ。俺たちを呑み込もうとして開かれた口は、まさに地獄の入り口って感じだ。


 この2つの想定外が、俺にとっては致命的だった。


 まず索敵マップで確認とか、シリルっちが言っていたが、索敵マップの検索範囲はせいぜい30メートルくらい。


 つまりどういうことかというと、索敵マップの詳細情報で【幼女化】が可能であることがわかったときには、もう目の前にレヴィアたんが聳え立っていたということである。


 もちろん、冷静になって観察してみれば、まだ30メートルの距離があるわけなんだが、感覚的にはもう目の前にいるように見えた。


「【幼女化ビィム!】」


 このとき即座に放った一発目の【幼女化】がまずかった。


 【幼女化】できなかったのだ。


「【幼女化ビィム!】【幼女化ビィム!】【幼女化ビィム!】【幼女化ビィム!】【幼女化ビィム!】……」


 レヴィアたんを【幼女化】できなかったことで恐怖に駆られたおれは、必死に【幼女化】を連発した。


(魔力デポジットが不足しています。リセットまであと5分)

(魔力デポジットが不足しています。リセットまであと5分)

(魔力デポジットが不足しています。リセットまであと4分59秒)


 ギロリ!


 レヴィアたんの巨大な目が俺を睨みつける。幼女化ビームの輝きで注意を引いてしまったのだろう。レヴィアたんのオコゼ顔が俺たちに向けられた。


「「「「!!」」」


 俺だけではなく、人魚たちまで、その顔面が蒼白になっている。


「に、に、に、逃げろぉぉぉ!」


 ゴゴゴゴゴゴッ!


 こうして数十秒前に、俺と人魚たちはレヴィアたんに背を向けて逃走した。


 そして――


 ゴゴゴゴゴゴッ!


「の、の、呑み込まれるぅぅぅぅ!」


 今、俺たちはレヴィアたんに呑み込まれようとしていた。


 あぁ……ライラ……。


 今わの際に、ライラの顔が浮かんだ。


 陸に残してきて良かった。


 どうしても付いてくると言うライラに、


「すぐに帰ってくるから心配ないよ。身体が冷えてると思うから、何か温かいも料理を用意して待ってて!」


「でも……」


 それでも心配するライラに、俺はフッとキザったらしい笑顔を浮かべて、


「海の漁場は男の聖域さ。女がでしゃばるところじゃねぇんだぜ」


 なんて言って、ライラを抱きしめて、キスをした。


 船を引く人魚たちは全員女性だけどな。

 

 というか、あのときのキスが、ライラとの最後のキスになるなんて……。


 ゴゴゴゴゴゴッ!


 ちょ、やっぱ、やっぱりいやだ!


 ライラとまたチューがしたい! もっと抱き締めたい!


 もっとエッチがしたい!


 コスプレエッチ用にチェックしたネットスーパーの服がまだ沢山あるんだ!


 それまでは死ねない! 


 絶対に!


 ゴゴゴゴゴゴッ!

 

 この「ゴゴゴゴゴゴッ!」は、レヴィアたんが迫りくる音ではない。


 俺の闘志が燃える音だ。

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