第151話 魔族の戦争難民

 背後に突然現れた三人のラミアを見て、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。


「うひっ!」


 俺の悲鳴をルカとグレイちゃんは完全にスルーして、二人とも食後の練乳チューブに夢中でむしゃぶりついている。


(さ、【索敵】!)


 二人は当てにならないとばかりに、俺は慌てて索敵マップを視界に開く。それにしても、食事中は邪魔だからと索敵マップを非表示にしていたのはうかつだった。


「うひっ!?」

 

 視界に表示された索敵マップを見て、俺は再び悲鳴を上げる。


 それは、マップ上に俺への敵意を示す赤いマーカーが三つ表示されていたからではない。


 目の前にいる三人のラミアのマーカーは、マップ上では俺に注意を向けていることを示す黄色いマーカーで表示されていた。


 俺が悲鳴を上げたのは別の理由からだ。


 三人の中で一番背が高いラミアが、俺に話しかけてきた。


「あ、あの……貴方がたが妖異を倒してくださったのですよね?」


「え、えぇ、そ、そうですが?」


 そう答える俺の声はめっちゃ裏返ってしまっていた。


 俺の面白い声を聞いたからか、いや聞いたからだろう、ルカとグレイちゃんがようやくこちらへ目を向ける。


「なんじゃラミアども、わらわたちに何かようかの?」


 ルカがラミアたちに話しかけた。


 ルカの存在に目を向けた三人のラミアが、目を大きく開いて驚く。背は低いが一番巨乳のラミアは、その手を口元に当てて涙を流し始めた。


 そして三人のラミアが一斉に叫ぶ。


「「「ド、ドラゴン様!」」」


 その声に反応するかのように、背後の森の中からどよめきが起こった。


 さっき索敵マップを見て、俺が驚いて悲鳴を上げた理由がこれだ。


「「「「「「ドラゴンさまー--!」」」」」」

 

 索敵マップに表示されている無数の黄色いマーカー。


 大勢の魔族たちが草陰から一斉に立ち上がり、こちらへと駆け寄ってきた。


「「「「「「ドラゴンさまー--!」」」」」」


「うひぃぃ!」


 一斉に走ってくる魔族たちの姿を見て、俺はまた悲鳴を上げてしまった。


 さすがにこれは、しょうがなくない?




~ 落ち着いた ~


「つまり皆さんは、北の戦乱で住処を追われて、逃げ延びている最中と?」


 俺は、三人のラミアの中で一番背が高いソーシャさんに、彼女たちがこの場にいる理由を聞いていた。


「はい。今のドラン公国では、ただ魔族だというだけで、一切容赦なく軍に襲われてしまいます。わたしたちの村も公国軍によって焼き払われて、こうして逃げてまいりました」


「魔族ってだけで襲われるなんて、王国より酷いな」


 魔族に対する偏見と差別が酷いと言われているアシハブア王国でさえ、魔族というだけで襲い掛かるなんて奴はそうそういない。


 王国内の各所に魔族だけの村はあるし、魔族と人間が混在している村もある。もし彼らが王国にとって有益な存在であることが証明されたなら、魔族であっても平和に暮らすことはできるだろう。


 俺は改めてソーシャさんの格好を見た。逃亡生活で疲れ切った表情。ボサボサになって汚れた青い髪。ボロボロになった服。


 俺の知るラミア族のトルネアさんによれば、ラミアと言う種族は、身づくろいに掛ける情熱がとても高いと言っていた。いくら貧しくとも、いくら飢えていようとも、ラミアは決して身なりを疎かにしないと。


 ソーシャさんの隣にいる二人のラミアも、ソーシャさんと同じように疲れ切った表情をしている。髪も服も汚れていた。


 それは三人の後ろに控えている魔族たちも同じだった。


 索敵マップで数えたら全部で18人いた。ゴブリン族5名、オーク族3名、ハーピー族4名、ケンタウロス族2名、ミノタウロス族1名、そしてラミア族が3名だ。


 ゴブリン族とハーピー族には子供もいて明らかにやせ細っている。


 俺は脳内で、ココロチンにネットスーパーの発注を依頼する。


(ココロチン、シリルっち、とりあえずここにいる全員に飲み物と栄養のある食べ物を頼みたいんだけど)


(ココロ:はい、了解です)

(シリル:了解)


(さっき頼んだばかりなのにごめんね。埋め合わせはまたするからさ)


 神ネットスーパーを使い始めた当初、注文は1日1回までという制限があったのだが、よくよく話を聞いてみると、単にココロチンが買い物に行くのが面倒だからだという理由であることが後に判明。


 シリルっちが支援精霊に加わってからは1日2回になった。さらに今回のような特別な事情がある場合には、複数回の注文にも対応してくれるようになっている。


 とりあえず二人に「食べ物と飲み物と、他に何か必要になりそうなものをカゴ一杯でお願い」と曖昧なお願いをして、俺はソーシャさんの話を聞くことにした。

 

 とにかく南へ逃れようということで、ソーシャさんたちには特に行く先の当てもなかったようだ。落ち着く先のない流浪の旅は、肉体だけではなく精神的にもとても辛いものであったのだろう。


 だから、ショゴタンのような大型の妖異が二体が近くにいたにも関わらず、野営を張ってしまった。


 ソーシャさんたちがショゴタンに気が付いて森へ逃げ込んだときには、既に10人の魔族が犠牲となっていた。


「わたしが……わたしが油断したばかりに……」


 ソーシャさんのエメラルドの瞳に涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた。

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