第131話 タヌァカ村の皇帝
「あっ! 皇帝さん、おはよっス!」
「皇帝さーん! おはようございますー!」
「わーっ、皇帝! 一緒に遊んでよ! 皇帝ごっこしよー!」
「ちょいと皇帝さま、聞いておくれよ! 昨日、うちの旦那がさぁ……」
朝食を取ろうと食堂に向う道すがら、俺を見かけた連中が、ほぼ全員話しかけてくる。
「す、すんません。ちょ、ちょっと急いでるもので!」
俺は食堂前まで来たところで、ダッシュして通り過ぎる。
地下帝国ではキッチンのある部屋は限られており、基本的に食事は各区画にある公共食堂かレストランで取ることになる。
ちょっと歩いただけで、これだけ皆から声を掛けられてしまうのだ。公共食堂なんか入った日にゃ、皇帝コールが起こるかもしれない。
っていうか、そもそも皇帝ってなんだよ!
そもそも国でもないし、帝国でもないし、そんな大所帯でもないし、そもそも皇帝ってなんだよ!
俺はそもそもそもそもを繰り返しがら、人目を避けて地下第十五階層への直通階段へと駆け込んでいった。
第十五階層は、元々の地下ダンジョン最下層で、そこには拠点と呼ばれる機能を使うことができる大部屋がある。
拠点には色々な機能があのだが、その大きな機能のひとつがWifi通信だ!
ずっと
SIMが使えないので通話はできないが、ネットには繋ぐことができるのだ!
とは言え、俺が転生した時点より未来の情報を取得することができなかったりする。他にも色々と制限があるのだが、要するに、こちらから元の世界に影響を与えるようなことは一切できないということらしい。
だが、そんなの気にしない! 俺が転生した時点でさえ、俺が一生かけたとしても見終えることがないほどの、コンテンツが存在しているのだから!
「チースッ! おっ、田中さんにじゃないッスか! お久しぶりです! ご結婚されたそうっスね。おめでとうございます!」
俺が拠点にもたれかかって、パンツ……ダンス動画を見ていると、佐藤さんが
「ありがとう、佐藤さん。久しぶり! 清水さんや他の皆さんも元気?」
「あーっと、清水さんは先月、寿退社しちゃったっス。田中さんにといい、なんか自分の周りで結婚ブームなウェーブが来てるみたいッス」
「ええっ!? お祝い何にもできなかったな……御礼もしたかったのに」
「清水さんからは、今度、俺が田中さんに会ったら、御礼と感謝を伝えてくれって言われてます」
「そうかぁ。じゃ、もし佐藤さんが清水さんに在ったら、俺からの御礼と感謝を伝えといてよ」
「了解っす!」
そう言ってニッカリと笑う佐藤さんの笑顔が眩しい。
「そういや、佐藤さんは結婚とかどうなの?」
「もう四年目くらいになるっス。去年は子供が生まれたっスよ」
「ええぇぇぇぇぇぇ! 去年って! もうとっくに俺と出会ってんじゃん!」
俺は佐藤さんのスマホで子供の写真を見せてもらった。めっちゃ可愛い子がアップで映っている。
俺は佐藤さんの肩をバンバンと強く叩いた。
「ちょっと言ってよぉ! それお祝いしたかったぁぁ! うっわぁ、お祝いしたかったわぁぁ! ちょっとぉぉぉ! 言ってよぉぉお! もしかして遠慮してる? そんなのいらないって! お祝いさせてよぉぉ」
俺は、おせっかいな近所のおばさんと化していた。
「ちょちょちょ、お祝い! お祝いさせて! 何? 何か欲しいものある? なんでも言ってよ! 遠慮しないでね」
「そんなの申し訳ないっスから、いいっすよ! お気持ちだけ頂いとくっス」
「いやいやいや」
「いえいえいえ」
「いやいやいや」
「いえいえいえ」
「いやいやいや」
「いえいえいえ」
「もう! どうしても気になるってなら、佐藤さんっていうより、奥さんとお子さんのためだから! 二人が喜ぶものを教えてよ!」
奥さんと子供というキーワードで、ついに佐藤さんは折れてくれた。
俺は、今使うことができる買い物カゴ3つと、ココロチンとシリルの買い物カゴも使って、佐藤さんにお祝いの品を贈った。
佐藤さんが希望したのは、全て奥さんとお子さんに必要なものばかりで、結局、佐藤さん本人は、いつものように缶コーヒーということになった。
「いやぁ……沢山買っていただいて申し訳ないっス」
「まだ足りないくらいだよ。佐藤さんにはずっとお世話に成ってばかりだし」
そこからは、佐藤さんといつもの雑談に入っていった。
「そういや、田中さん、皇帝になられたって聞いたっス。マジッスか?」
「マジよ! マジマンジ! でも皇帝なんていっても国があるわけでもなし、ただの幾つかの村のトップってだけなんだよね。より正確に言うなら、皇帝じゃなくて大村長くらいが適当じゃないかなって」
「ハハッ! それでも十分凄いっスよ! 俺なんて……あっ、寿退社した清水さんの後釜で、自分が、この神ネコ配送室の室長になりました。田中さんと比べるのも申し訳ないっすけど、自分もちょっとだけ出世したっス」
「室長!? 凄いじゃん! 村の皇帝よりよっぽど凄いよ! ……って、もしかして俺の担当変ったりするの?」
「いえっ、田中さんの担当は続けさせて頂くっスよ。今後ともよろしくです!」
「そうなの! よかったぁ! こちらこそよろしく!」
「それにしても、田中さんが皇帝っすかぁ……」
「村の! 皇帝ね」
「ハハッ! 嫁とか友達に自慢するッスよ!『俺、知り合いに皇帝いるから!』って!」
「皇帝の友達w それ凄いインパクトある!」
「皇帝フレンズ!」
「ぶはっ!」
「「アハハハハハッ!」」
俺も佐藤さんも、変なツボが入ってしまい、息が出来なくなるほど大笑いした。
それからしばらく後、佐藤さんは仕事へと戻っていった。
あーっ、楽しかった。
それにしても村の皇帝か……。
俺は佐藤さんが奥さんや友達に、友人に皇帝がいることを自慢している場面を思い浮かべ、また噴き出してしまった。
タヌァカ村の皇帝かぁ。
まぁ……
それほど悪くないかも。
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