第129話 純潔の女神
「ふぉぉぉぉ! 凄い! 凄いよ、ルカちゃん! 本物の王様の部屋だよぉぉ!」
翌日、ルカに連れられて、俺は地下帝国の王の間を見学することになった。
入り口は観音開きの大きな扉となっており、中に入ると幅広の赤い絨毯が玉座まで続いている。
思っていたよりもレッドカーペットに厚みがあって、フカフカ感があったので、俺は興奮して絨毯の上を駆け回り、ついでに前転して、ゴロゴロして、ルカに呆れられた。
「シンイチ! いくらなんでもはしゃぎ過ぎじゃ! せっかくわらわが用意した高い服が汚れるじゃろうが! それに怪我でもしたらどうするのじゃ!」
「ハハハ! ごめんごめん!」
一応謝りはしたものの、テンション爆上がりの俺はルカの注意を受けても暖簾に腕押し馬耳東風!
だって! 俺は王様の部屋にいるんだぜ! 王様の部屋!
異世界召喚で最初に来る場所よ? いわば聖地! 聖地だよ!
そりゃ、俺が元居た世界でも、欧州旅行でもすれば王宮殿だって観光できたかもしんないよ。行ったことないけど。
テーマパークとかで再現しているようなところもあったのかもしれない。
今の俺みたいに、全身で王の間を満喫することはできないだろ!
レッドカーペットで、飛び込み前転とか、柔道の授業でならった受け身とか、身体を伸ばして横にゴロゴロとか!
楽しいぃぃぃ!
「ほら! ルカちゃん、この辺! この辺に魔法陣を描いて勇者を召喚する感じだよ!」
俺は部屋のちょうど中央当たりの絨毯をパシパシと手で叩き、それから魔法陣を描くように、ぐるりと回る。
「魔法陣? こんなところにそんなもの描いてどうするんじゃ!? ここは大勢の人間が集まる場所じゃぞ。そんなもの描いても直ぐに足で消されてしまうわ」
「違うんだよなぁ。そうじゃないんだよ。まったくルカちゃんは分かってないなぁ……アウッ!」
米国人スタイルで呆れている俺に、ルカの『クルリと一回転からの尻尾アタック』が俺の足に決まった。
「痛いだろ! 一回転はやめて! 一回転して勢いつけた尻尾痛いから!」
涙目になっている俺を無視して、ルカは玉座の上に向った。
「フンッ!」
ルカは強く鼻息を吐いた後、玉座に向って右にある妃席に座った。
俺は玉座から数段下の床から、ルカの方を見上げた。
幼女姿とはいえ、足を組んで偉そうにして、こちらを見下しているルカは、まさに女王様って感じだ。
「ハハァ……ルカ王妃殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅぅぅ」
俺は適当に貴族っぽいポーズを取って、ルカにお辞儀をする。
「アホなことしておらんで、シンイチも座れ」
「い、いいの?」
「当たり前じゃ、誰に遠慮することがある?」
「そ、それじゃ……」
俺はトトトッと玉座までの段を駆け昇り、くるりと回転して玉座に尻ダイブした。
「おぉぉ! こ、これが王様の視点か」
地下王国に来たばかりのとき、第三階層に設けられたステージでスピーチをさせられたが、あの時とは全く違う感じがした。この感覚は、おそらくステージという舞台と王座の違いじゃないかと思う。
玉座から広間を見下ろすと、何だか支配欲が満たされるようで、とても気分がいい。これが日常だとしたら、余程の人格者じゃないければ、王様ってクズになっちゃうだろうな。
「どうじゃシンイチ、玉座に座った感想は?」
「うーん。気分がいいし、楽しいけど、これが続いたら人間が駄目になりそうな気がする」
「なら、既に駄目なシンイチはずっと座っても問題ないということじゃな!」
「酷い!」
といつものやり取りをしていると、ライラが部屋にやってきた。
「ライラ! こっち! こっち!」
俺は立ち上がって、左側にある妃席を指差した。
「シンイチ様……」
ライラは俺を認めると、軽く手を振ってこちらに向ってシズシズと歩いてきた。
シズシズと……。
純白のドレスに身を包んだライラは、ゆっくりと歩いて来た。
一歩進むたびに、ライラのドレスの後ろにある長い引き裾が、一瞬遅れて付いてくる。一歩進んで少し身体が動く度に、ドレスはまるで雪の結晶のように煌めきを放っていた。
「ラ、ライラ? そ、それってウエディングドレス!?」
俺が呼ぶ声が聞こえたのか、ライラが顔を上げる。白く薄いヴェールの中から、ターコイズブルーの美しい瞳がこちらを見つめていた。
純潔の女神……というのが存在するのかどうか知らないけど、俺の頭の中に浮かんだのがその言葉だった。
他のどんな言葉でもない、その言葉でしか表せない、その言葉でも到底表しきれない純白の魂が顕現していた。
その人世離れした美しさに圧倒された俺は、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできない。
ライラは俺の前に立つと、軽くお辞儀をした。
それでも俺は声を出すことができなかった。
俺の声なんかで、この女神の美しさを穢してしまうようなことがあってはならない。
「シ、シンイチ様?」
彫像のように固まった俺を見て、ライラの方から声を掛けてくれたが、それでもまだ俺は動くことができなかった。
「ライラ! シンイチはお前の美しさに頭がパーになっとるだけじゃ、いいから早う座れ」
そう言って、ルカがもう一つの妃席を指差して、ライラに座るよう促す。
「は、はい……」
俺の視界からライラが消えて16秒後、ようやく俺は呼吸することを思い出すことができた。
「プハーッ!?」
腰砕けになった俺は、そのまま倒れ込むように玉座に尻を預けた。玉座に宿る王様力のせいか、今度は、ちゃんとライラを見て声を掛けることができた。
「ラ、ライラ、そ、そのドレスどうしたの? あまりに綺麗だから俺もう少しで死ぬところだったよ?」
「これ王都で買ったドレスです。カレンさんが着せてくれました」
王都ではめちゃくちゃたくさんのドレスを買ったので、よく覚えていないが、そう言われてみれば見たような気もする。
それから俺は、ライラに見惚れながら、ルカに王都での色々な出来事について話をした。
話に夢中になっているうちに、王の間に人が入ってきた。
「あっ、何かここで作業でもするのかな? 俺たち邪魔なんじゃ……」
「何、大丈夫じゃ、構うことはない。わらわたちがここを使うことは伝えておる、それよりも王都の話をもっと聞かせるのじゃ」
「そ、そう? それじゃ……」
ルカが大丈夫というからには大丈夫なんだろう。
ライラの美しい姿に、脳内麻薬がメントスコーラのように噴き出ていた俺は、ハイテンションで王都の話を続けた。
なので、王の間にどんどんどんどん人が集まってきていることに、全く気付かなかった。
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