第127話 森の中の出来事 Side:マーカーの男たち

~ 黄マーカーの男 ~


 冒険者クランのシャトラン・ヴァルキリーに男性団員はいない。だが、シャトラン・ハーネス子爵個人を補佐するという名目で、クランの運営を裏から支えている男性陣は存在している。


 レオン・グラントは、そうした男性陣の一人で、シャトラン・ハーネスから厚い信頼を寄せられている騎士である。


 厚い信頼を受けている事実として、彼はシャトランからクランの裏の仕事を任されている。裏と言うのは裏方の仕事という意味ではなく、ヴァルキリー団の闇を扱うということだ。


 シャトランの指示は、先日の巡回面接時に彼が見初めた女性をヴァルキリー団に何としても入団させろというものだった。シャトラン自身が勧誘したにも関わらず、その女性は入団を断ったということらしい。


 これが普通の勧誘であれば、女性団員に指示が出されるはずだ。だが、わざわざレオンに指示が下されたのは、それが『闇の仕事』であるということを意味している。


 さらにシャトランは『何としても』と言った。つまり、さらってでも連れてこいという意味である。


 さらに今回の仕事に当たっては、彼のサポートとして気味の悪い灰色ローブの男が三人もつけられた。彼らは星の智慧派に所属する邪神を崇める狂信者集団。


 その女を連れてくるために、誰かが殺されるということだ。とはいえ、俺の仕事はシャトランが目を付けた女を連れてくることだけ、他のことは知ったことではない。


 レオンは三人の灰色ローブと共に女の後を追った。


 女の追跡はあっさりと成功した。


 その女は、先日、入団した新人の付き添いとしてクランを訪れていた。なので女の素性を調べるのは、新人から話を聞くだけの簡単な仕事だった。


 レオンは、追跡対象であるライラがミチノエキ村にいることを知って、さっそく張り込みを始める。


 女は簡単に見つかった。


 ただ女には連れがいて、ずっと二人で行動している。恐らく、新人が言っていたタヌァカという女の夫だろう。


 これからあの男は妻を奪われ、灰色ローブに殺されるのだ。


「可哀そうに……」とレオンの口から出た言葉には、何の感情も込められていなかった。


 ただ罪悪感を打ち消すために言ってみただけのことだ。


 その日の夕方、レオンたちはライラとその夫の後を追って森の中に入った。


 レオンがやることはただ待つこと。


 そして、灰色ローブたちが女の夫を殺した後、彼らが引っ張ってきた女を受け取ることだけだ。


 それだけのはずだった。


 だが――


 バッ!


 シュッ!


 ビュウゥゥ!


「【幼女化ビーム】!」


 灰色ローブたちが仕事を終えるのをボーッと待っていたレオンの耳が、沢山の音を同時に捉えた。


 ただそれだけなら、彼が腰を抜かすようなことにはならなかったろう。

  

 だが目の前にいた灰色ローブの男が、突然、幼女になったのを見て、レオンの頭は真っ白になってしまった。


「な、なんだぁぁぁ!?」


 何が起こっているのか分からない。だがここから一刻も早く逃げなければ、とてつもない危険に向き合うことになることだけは分かった。


(ヤバイ! ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!)


 とにかく早く逃げようと、焦るレオンの視界が真っ白な光に包まれ、レオンはそのまま気を失った。




~ 赤マーカーの男 ~


 テントの中からターゲットの男が抜け出したことに、灰色ローブのアサシンは気が付いていた。


 さらに言えば、何者かが自分たちを遠くから見張っていることにも気が付いていた。


 おそらくミチノエキ村で、隠れた場所からターゲットを見守っていたダークエルフたちだろう。


 だがアサシンは、ターゲットの男がこちらに向っていることも、自分たちを見張っている何者かについても、それを脅威とは見做していなかった。


 ただ女の回収について、隣でぼーっとしている騎士に任せるかどうか、少々判断に迷っていた。


 フィィィィィッ!


 口にくわえていた骨の笛を吹いた。


 上空を飛んでいる夜鬼が音に反応する。夜鬼は、巨大な蝙蝠の翼を持った悪魔、貌を持たぬ闇の眷属とも呼ばれる魔物だ。


 骨の笛の音を聞いた夜鬼が飛ぶ方向を変えることで、他のアサシンたちが情報を伝えるのだ。


 夜鬼が大きく円を描くように旋回を始める。


 これは定期的に吹く合図であり、作戦が順調に進んでいることを伝えるものだった。


 アサシンは、男が自分たちの近くに近づいてきたことに気が付いた。


 音が聞こえたわけでも、見えているわけでもない、これは彼の持つスキル【ナイトゴーントの眼】の力によるものだった。


 夜鬼には眼がない。その代わりに【存在】を見ていると言われている。その力の一部を自分の眼に一時的に宿らせるのが、彼のスキルだった。


 アサシンは近くにいる【存在】が自分に意識を向けていることを感じた。


 彼は横に飛びのきながら、毒のナイフを【存在】に向って投擲する。


 バッ!


 シュッ!


 ビュウゥゥ!


「なっ!?」


 アサシンは、自分の投擲したナイフが、別の【存在】の手によって弾き飛ばされたことに驚愕した。


「【幼女化ビーム】!」


 アサシンは別の【存在】に気付かなかった自分のうかつさを呪った。


 だが呪いの言葉が吐かれるより先に、


 彼の視界が白一色に染め尽くされた。


 そして男は姿を消した。


 その後、骨の笛は二度と吹かれることはなく――


 二人の灰色ローブが森から去って行った。


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