第126話 赤マーカーと黄マーカー

 こっそりとテントの外に出た俺は、そのままほふく前進しで近くの草陰にもぐりこんだ。


 視界の索敵マップには、赤いマーカーが3つ、黄色のマーカーが二つ表示されている。黄色マーカーのひとつは俺のすぐ近くに表示されているが、これはライラだ。


 もうひとつの黄マーカーは、ここから一番近い赤マーカーのすぐ隣にあった。残り二つの赤マーカーは、それぞれ東西にバラけた場所にある。


 まずは、一番近くにいる赤と黄色から【幼女化】するか。


「ウィン! いるか?」

「ここにおります」


 俺が小声でつぶやくと、すぐ耳元でウィンドルフィンのイケ親父ボイスが聞こえて来た。


「この前方にいる二人に奇襲を仕掛けたいんだけど、暗くてよく見えないんだ。ウィン、彼らの近くまで案内してくれない?」


「御意。それではシンイチ殿、両手を少し前に出してください」


 俺は身体を起こして、両手を軽く前に突き出した。


「こんな感じでいい?」


「それで大丈夫です。では進む方向を、シンイチ殿の両手に風を吹き付けてお報せします。移動中、多少の音が出ても私の方で打ち消しますから、音については気になさらず進んでください」


 ビューッっと背後から、俺の両手に風が吹き付けられた。


「前進……ってことだな」

 

 俺は腰を落とし、暗い森の中をゆっくりと進み始める。


 ウィンの風を使った案内のおかげで、すぐに俺は赤と黄色のマーカーの近くに到着した。


 索敵マップで測った彼我の距離は約10メートル。


 【幼女化ビーム】の届く範囲内だ。

 

 俺はそっと両腕を十字に交差させて、照準を赤マーカーの男に合わせる。


「!?」


 その瞬間、男がバッと俺の方を振り向いた。


 えっ!? 何!?


 俺の視線を察知したのか? ナニソレ! アサシン怖い!


 俺が狼狽えている一瞬の間に、赤マーカーの男が俺に向って何かをした。


 何をしたのか分からないが、何かをしたことだけは分かった。


 そして、その一瞬の間に、三つの音が同時に発生していた。


 シュッ!

 ビュウゥゥ!

「【幼女化ビーム】!」


 男に向けられた幼女化ビームの光線が、森の中を明るく照らす。


 ボンッ! と言う音がして、男の全身が白い煙で包まれる。


 赤マーカーの男が幼女になった。


「な、なんだぁぁぁ!? いったい何が起こってるんだ!?」


 驚いた黄色マーカーの男は、地面をバタバタと這いつつ、その場から逃れようとしていた。


 俺は照射中の【幼女化ビーム】を、ゆくりと丁寧に黄マーカーの男に向ける。


 ボンッ!


 黄マーカーの男も幼女になった。


「よっし! まず二人クリア!」


 俺は二人の幼女を回収しようと近づいていく。


 その途中、俺は地面に突き刺さったナイフを見つけた。


「これって……あの男は俺にナイフを投げてたのか。ということはさっきの音って……」


 さきほど聞こえた音の正体に気付いた俺は、ウィンに礼を言った。


「ありがとうウィン。俺に投げられたこのナイフ、ウィンが落してくれたんだな」


「どういたしまして」

 

 暗くてよく見えなかったが、ウィンがウィンクしたことが何となく分かった。


 突然、ココロチンの焦った声が頭の中に響いてくる。


(ココロ:マップを見てください! 赤マーカーの二人が逃げていきます!)


 探索マップに意識を向けると、赤いマーカーが急速に俺から離れていく様子を確認することができた。


 ここで何かあったことがバレたのだろうか。


 逃げて行った赤マーカたちがいた場所は、ここからはかなりの離れているし、しかも森の中だ。ここの様子が見えるはずないんだが……。


 何か互いの状況を確認する手段があるのだろうか。例えば魔法とか、あるいは魔道具的な何かを使ってたりするのだろうか。


 ついさっきも、俺が視線を向けただけで気配を察知してたし……。


「アサシン……怖ぇぇぇ!」


「そうですよ。アサシンは恐ろしいものです。今、感じている恐怖を忘れないように。その恐怖心はきっとシンイチ様を守ることでしょう」 


 ダークエルフのミリアが、いつの間にか目の前に立っていた。


「うひぃぃぃ!」


 心臓が跳ね上がり、俺は腰を抜かして地面に尻もちをついてしまう。


「も、申し訳ございません。驚かすつもりは……ちょっとしかなかったのですが」


 あったんかーい!


 というツッコミを呑み込んで、俺はミリアの手を借りて立ち上がった。


「ミリアさん、ずっと近くにいたの?」


「いいえ。事前のご指示通り、監視者に気付かれないよう遠くから見守っていました。ただ、お二人を監視していた者が撤退していくのが見えたので、何かあったのかと駆けつけた次第です」


 なるほど。それにしては早い到着だとか、野暮なツッコミはせず、俺はお尻についた土を払いながら、とりあえずミリアに今の状況を説明しようとした。


 そのとき――


「シンイチさま! 大丈夫ですか!?」


「うひぃぃぃ!」

 

 突然、背後から声を掛けられた俺は、また心臓を跳ね上げて、また地面に尻もちをついてしまった。


「だ、大丈夫ですか?」


 振り返ると、そこにライラが立っていた。


「あ、ああ、大丈夫。大丈夫だよ」


 ライラはすぐに俺を助け起こしてくれた。


 その様子をジッと見つめるミリアの視線が痛い。


「……」 


「……」 


「……」 


 えぇ、えぇ、カッコ悪いよ! どうせ俺はカッコ悪い男だよ!


 女の子二人に声かけられただけで腰を抜かす、超カッコ悪い男ですぅ!


 ちくしょー!

 

 という内心を鉄の意志で覆い隠し、俺はクールなボイスで告げた。


「それでは幼女を回収して……撤収ぅぅ!」


 最後の最後で声が少し裏返ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る