第124話 ライラを探る者たち

 ゴブリン区画を訪れて以降、それまで何となく俺から距離を取っていた地下三階層以下の住人たちが、積極的に声を掛けてくるようになってきた。


 正確には俺とライラに対して気を許してくれたような感じがする。さらに言えば、ライラに対して敬意を払っているのを感じることが多い。


 そのひとりが、暗殺ギルドにいたというダークエルフのミリアだ。


 俺たちがゴブリン区画から戻った後、ミリアが俺たちの部屋を訪ねてきて、いきなりライラに暗殺者の短剣を捧げたのだ。後から本人に尋ねたところによると、それは暗殺者が主と認めた者に忠誠を誓う儀式だったらしい。


 ミリアは、ライラの言葉がゴブリンたちを救ったという話を聞いて興味を持ち、ライラについて色々と調べていたようだ。


 ライラがメジャイという遠方の国の出身で、奴隷としてアシハブア王国で売られたこと。その後、ステファンの奴隷となり、ゴブリン洞窟の激戦で右目を失ったこと。さらには義眼に賢者の石が使われていることまで、ミリアは知っていた。


 地下帝国にあるシンイチ&ライラの部屋で、俺とライラは、ミリアから彼女のライラレポートを聞かされていた。


「ミチノエキ村の井戸端会議では、御夫人方から、お子様が授かりやすくなる体位や、シンイチ様を喜ばせるテクニックについて色々とレクチャーを受けていらっしゃいました」


「えっ!? そうなの!?」


 いきなりの機密情報暴露に、ライラの顔が真っ赤に染まる。


 クッソ可愛いぃぃ!


 顔を伏せるライラ見て、俺は脊髄反射で力一杯ライラを抱き締めていた。


「コホンッ!」


 ミリアが咳払いをする。


「あっ! ごめんごめん。それで、ライラのことで知らせたいことがあるんだっけ?」


「はい。最近ミチノエキ村で、ライラ様のことを探っている者たちがいます」


「えっ? ライラを? どうして?」


「それはまだわかりません。ただ探っている者の中に危険な者たちがおりましたので、急ぎお報せしておこうかと」


「危険な者って?」


 ライラに片思いしたストーカー男とかだろうか? だが答えは俺の予想外のものだった。


「星の智慧派に所属するアサシンです」


 アサシンはわかる。ゲームでやったことあるし。


 けど、星の智慧派?


「……ってなんだっけ?」


「はい。星の智慧派というのは……」


 ミリアが話してくれた星の智慧派についての説明は、俺をとてつもなく不安にさせるものだった。


 邪神を信仰する怪しげな宗教集団であるということについては、まぁ、そういうのはどこにでもあるだろうくらいにしか思わない。


 俺を不安にさせたのは、彼らが召喚の儀式を行なうために、人間を生贄にするということ。


 そして俺を震撼させたのは、彼らが召喚の儀式で呼び出そうとしているのが――


 あるいは既に呼び出したものが――


 悪魔勇者であるということだった。


「どうしてそんな連中がライラを……まさか、ライラを生贄にしようとしているのか?」


 いや、それはどうだろう?


 生贄に若くて美しい女性を捧げるというのなら、他にもいるはずだ。


 ライラが狙われるということには何か意味があるのだろう。


 ライラにしかなくて、他の女性にないもの……


「まさか、賢者の石を狙っているのか」


 ミリアが首を左右に振って、俺の考えを否定する。


「それはまだわかりません。グレイベア村にいる私でさえライラ様の目の秘密に辿り着くのは相当の時間と労力が必要でした。星の智慧派は全員が人間至上主義者です。魔族から情報を引き出すのは相当の困難を伴うでしょう。そんな彼らが私たちの網に全く触れることなく、ライラ様の秘密を知ることができるというのは考え難いです」


 とはいえ、考え難いというのは自分たちの願望かもしれないと、ミリアは苦々し気に付け加えた。


 だが彼女のいう通り、星の智慧派が賢者の石を狙っていると今の段階で断定するのは早計かもしれない。


 彼らにとって賢者の石がどれほどの価値を持つものなのか知らないが、もし悪魔勇者を呼び出すような組織が狙っているなら、もっと大胆な行動を取ってもおかしくない。


 例えば悪魔勇者と一緒にミチノエキ村を襲い、村そのものを人質にとって、賢者の石を要求するとか。いや、もしかするとそのための下調べを行なっている最中なのかも。


「と、とりあえず今時点で出来ることは、まずライラの秘密が漏れていない前提で、秘密が漏れないようにすること。同時に既に奴らに知られていると仮定して、どこから情報が漏れたかを考えて調べること。それでそれでそれで……あと何だっけ」


 良くない想像が頭をグルグルと巡って眩暈がしてきた。


「シンイチさま……」


 ライラがそっと俺の腕に手を添える。


 ライラの瞳には、俺の姿が映っていた。


 落ち着け俺!


 ライラを守るために出来ることは、今の俺には沢山ある!


 妖異だって一瞬で【幼女化】できるし、支援精霊だって二人もいる!


 ドラゴンのルカとその眷属も、グレイちゃんだっている!


 ルカから貰った金貨の山だってある!


 やろうと思えば一国を相手にしたって戦える!

 

 ……かもしれない。


 まずは今出来ることからやって行こう。


 ふーっと深く息を吐いてから、俺はミリアをまっすぐに見つめた。


「ミリア、お前とお前の仲間を雇いたい。ライラを守ってくれ」


 俺の言葉にミリアの瞳がキラリと光る。


「正面から来る敵は俺が相手にする。ミリアは暗殺や誘拐からライラを守ってくれ」

  

 ミリアは首を左右に振った。


「私はライラ様に暗殺の短剣を捧げました。この命はライラ様のためにあるもの。ライラ様の半身たるシンイチ様が、私を雇うなど受け入れられません。ただ守れと」


「頼む。ライラを守ってくれ」


 俺は深く頭を下げた。


「この命の全てを賭して、ライラ様をお守り致します」


 その言葉の響きに、俺はミリアの覚悟を感じた。


 俺も腹を括る。


 もし、星の智慧派がライラを害するのなら、星の智慧派は滅ぼす。


 もし、悪魔勇者がライラを害するのなら――


 悪魔勇者を滅ぼす。


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