第109話 スキル【巨乳化】
俺とタクスは夜遅くまでセレーナの話を聞かされ続けた。
彼女の話を三行にまとめると、
「シャトラン・ヴァルキリーに入って自分の格上げを図った」
「だが貧乳をステータスとは認めないクランに門前払いされた」
「失意のうちに故郷に帰る途中、人を巨乳にできるという会話が耳に入った」
ということらしい。
たったこれだけの話を、セレーナは途中で色々な感想やどうでもいいエピソードを挟むので、俺たちは夜遅くまで話を聞かされ続けた。
結局その日、俺たちはコボルト村に帰らずにミチノエキ村の宿屋に泊まることになったのだが、これは敢えてそうしたということでもある。
何故なら、セレーナが俺たちを追ってコボルト村まで来てしまうのを恐れたからだ。
長々とした話で辿り着いた彼女の結論を三行でまとめると、
「乳さえあれば自分のような美人をシャトラン・ヴァルキリーが入れないわけがない!」
「ここで巨乳化スキル持ちに遭えるなんて女神の導きに違いない!」
「私を巨乳にするまで絶対に逃がさない!」
話の間、セレーネは俺の手をずっと掴んで離さなかった。
絵面だけ見れば、赤毛の美女に手を握られているだけのうらやま案件なのだが、実際には恐怖でしかない。
「あなたの事情はよくわかりました、セレーナさん」
俺は慎重に言葉を選びつつ、セレーナに事情を説明する。思い込みの激しいこの赤毛に対して、下手な嘘や適当なことを言ってバレでもしたら、後々超面倒くさいことになるのは間違いない。
「確かに、俺は【巨乳化】スキルを持ってはいます。ただその効果は2時間しかありません」
【幼女化】と違って【巨乳化】スキルは、ほとんど使ったことがないからな。スキルレベルはまだ低いままで、効果時間も初期値の2時間しかない。
「「えっ!? たった2時間だけなの!?」」
んっ?
ギルド受付のニナさんが、いつの間にか俺たちのテーブルに座っていた。
貧乳だけど美人の受付お姉さんも豊胸に興味があったのか。
「そうですよ。時間が過ぎればまた元に戻ってしまいますからね」
どうせなら体感させてやろうと、俺はセレーナの手を握り返し、もう片方の手でニナさんの手を握る。
「【巨乳化】!」
ぼふんっ!
「えっ!?」
「はわっ!?」
二人の女性が同時に声を上げ、それぞれが自分の胸に手を当てて、サイズの変化を確認している。
「ふ、ふふふふふ、ふははははは! 私の胸が大きく! 大きくなってるぞ!」
セレーナが上半身を左右に振って、大きくなった胸をフルフルさせる。
「お、おおおおお、大きくなってます!」
ニナさんが上半身を上下に揺らして、大きくなった胸をプルンプルンさせる。
元はAカップくらいだった二人が、今はCカップくらいになっていた。二人の目がギラついているのがちょっと怖かったが、おっぱいに罪はない。俺は喜ぶ二人のフルフルとプルンプルンによる眼福を満喫した。
だが、この俺の行動は最悪の選択だったようだ。
「タヌァカ殿! ぜひ私と一緒に王都に行って欲しい!」
俺はセレーナに両腕をガシッと抑えられた。そまま腕を折る勢いで握り締めてくる。
「お前が王都で活動している間、ずっと俺に【巨乳化】しろと!? ふざけるのもいい加減にしろよ!」
さすがに俺もブチ切れた。美人だからって、何しても許されるとか思ってんのか。
ギロリと睨みつける俺に、セレーナは怯むことも謝罪することもなく、怒鳴り返してきた。
「さすがにそんな無茶は言わないわよ! シャトラン・ヴァルキリーの面接のときだけ巨乳にしてくれればいいの!」
あまりにも自分勝手な言動に、俺の怒りは頂点を越えて、逆に冷静になってきた。
この女は危険だ。
自分本位な上に思い込みが激し過ぎる。ここで下手な対応をして、こいつをコボルト村に近づけるようなことはなんとしても避けたい。
これまでの会話の中で、この女は何度も「女神ラーナリア」の名を出しては、自分の行動を正当化していた。
俺自身は女神に対して何も思うところはないが、女神の名前を振りかざす人間は碌なもんじゃないというのは、これまでの経験から学んできている。
もし、彼女が人間至上主義者だったとしたら、そしてコボルト村の存在を知ったとしたら……。
とてつもない厄介ごとを村に持ち込んでくることは間違いない。
これまで黙って話を聞いていたタクスに目を向けると、彼の表情から俺と同じようなことを考えていることが読み取れた。
「わかった!」
俺は速やかに決断した。
「お前の言う通り王都に同行してやる!」
セレーナが満面の笑みを浮かべ、タクスの目が驚愕に開かれる。タクスはアイコンタクトで「止めた方がいい!」と訴えてくるが、俺は敢えてそれを無視した。
「ギルドにクエスト依頼しろ、セレーナ! ギルドの仕事として受けてやる。王都に同行し、面接前にお前を巨乳にする。俺がするのはそれだけだ。面接の結果はお前次第だし、それ以降、俺たちはもう二度と関わることはない。それでいいな!」
「もちろんよ! 感謝するわ! 女神の祝福がタヌァカ殿にありますように!」
セレーナは俺の手をガシッと握りしめ、そのまま顔を寄せてきた。
今はもう怖くない。
というか、俺の中ではこいつは既に敵認定しているので闘志さえ湧いてくる。
セレーナの隣で呆然としているもう一人の女性に、俺は声を掛けた。
「ニナさん、こんな遅くに申し訳ないけど、こいつのクエスト受注手続きお願いできますか?」
「は、はい。構いませんよ。今準備しますから」
そう言ってニナさんはパタパタと受付カウンターの奥へ消えて行く。
「ウィン!」
俺が叫ぶと、目の前に半透明のイルカ、風の精霊ウィンドルフィンが現れた。
「ウィン! ステファンに俺が王都に向うことを伝えてくれ。明日の朝出発して、ひと月以内には戻る」
「畏まりました」
そう言うとウィンドルフィンは姿を消した。
「い、今のってもしかして……せ、精霊!?」
セレーナが何か驚愕していたが、それを無視する。
「明日、出発でいいよな?」
セレーナが頷いたのを確認した後、俺はタクスに声を掛けた。
「タクス、お前はどうする?」
「着いて行くに決まってるだろ! こんな面白いこと見逃してたまるかよ!」
ニヤリと口角を上げたタクスの笑顔が心強い。強気に振る舞ってはみたものの、実のところ、もし断られたらどうしようと内心はビクビクしていたのだ。
こうして俺たちは王都へ向うことになった。
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