第100話 フワデラ夫妻の到着

~ 二日前 ~


「シンイチ様、実はこの近くにちょっとした所用がありまして……」


 ネフュー達の村まであと一日というところで、シュモネーがそんなことを言ってきた。


 どうやらシュモネーは、この付近で立ち寄りたい場所があるらしい。急ぐ旅でもないので、なんならみんなで立ち寄っても構わないと俺が言うと、


「どうぞお友達の元へお急ぎください。私たちも用事を済ませたらすぐに参りますので……」


 とフワデラさんの手を取って言った。


 ふーむ。もしかしたら二人きりの新婚旅行を楽しみたいということかな。


 毎晩お盛んなことだし……。


 そう思った俺は、それ以上は二人を引き留めたりせず、ネフュー達のもとへ急いだ。




~ 目覚めた徴税官 ~


 俺が徴税官たちを幼女化した翌朝。


 いちいち確認したわけではないが、ほぼ同時刻に全員の幼女化が解除され、真っ裸のまま目覚めたことだろう。


 時間が被らないように、俺とルカとグレイちゃんは早くに朝食を済ませて、朝からシルフェンに案内されて村のあちこちを巡っていた。


 ちなみにライラは今日もフィーネのお手伝いをするらしい。


 エルフの村では、各所において芸術的な工夫を注ぎ込んでいる。例えば、山頂の湧水を引いている水場では、美しい女神の彫像が傾けているかめから水が流れ落ちてたりする。


 大理石に似た石の彫像は、特に自己主張するわけでもなく、自然と周囲に溶け込んでいる。ボーっとしてたら存在に気付かないかもしれない。気付かなくても水場は美しい景色なのだが、女神の存在に気付くと、今度はその美しさに心を奪われてしまう。


 随所においてこんな感じで、エルフの村を初見でパッと見ると緑豊かな自然に圧倒される。じっくり細部を観察していくと、美しい女神像や芸術作品が何気なくそこに置かれていて、いつまでも見ていたいという気持ちにさせられてしまう。


「ちょっとシンイチ! わたしの話を聞いてる?」


 ボーっと女神像を見ていたら、突然シルフェンの怒った声が耳に入ってきた。


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」


「女神像の足ばっかり見て! あとでライラに言いつけるからね!」


 言いつけられるのは勘弁してもらいたいが、女神像の足を見ていたのは確かだ。その片足がはだけているのだが、これが妙に艶めかしい。 


 誰もいなかったら撫でまわしていたかもしれん。


「それでね、この像はエルフリンって言う別大陸の女神様で……」


「ふむふむ」


 俺はシルフェンや村人たちから聞いた話を100均ノートに書き込んでいった。コボルト村の開発に応用できそうな情報を記録したり、この村に必要なもので神ネットスーパーで買えるものがあれば、後で送るためにメモしていたのだ。


 お昼になろうという頃、ふと耳障りな声が聞こえて来た。


「ふん! 辺境の亜人のくせに、彫像など贅沢なことだ。こういうものに労力を割くから村の発展が遅れておるのではないか」


 俺たちと同じように、徴税官たちも村人の案内で村の各所を巡っているようだった。手に持っている巻物にいちいち何かを書き込んでいる様子を見ると、ちゃんと仕事はしているらしい。


 いちいち大声で嫌味を言うのが不快だ。


 もしかすると嫌味を言わないと死ぬ病気なのかもしれない。


 奴らと昼食がバッティングしてしまうのを避けるため、俺たちは早々にネフューの屋敷へと引き上げることにした。




~ その日の夜 ~


 徴税官たちはネフューの屋敷に戻ってきて以降、食堂を占拠してずっと何事か会議を続けていた。


 それは夜になっても続いていたので、俺たちは屋敷の庭に用意されたテーブルを囲んで夜食をとることにした。


 当然、俺たちは風の精霊ウィンドルフィンを呼び出して会話を盗み聞きする。ウィンドルフィンが大きな口を開くと、そこから会議の様子がクリアな音声で聞こえて来た。


 あまりにもクリアな音声だったので、ちょっとした疑問が俺の中に沸き起こってくる。


「ウィン……お前、こんな盗み聞きを他でもやったりしてないよな?」


「もちろんでございます」


 ウィンドルフィンが慇懃無礼に大袈裟な身振りを交えて、イケオヤジボイスで答える。言葉の最後に口角が僅かに引き上がったのを俺は見逃さなかった。


 コイツ! 間違いなくギルティじゃねーか!


 一刻も早く【幼女化】のスキルレベルを上げて、こいつを幼女化できるようにならねば。固い決心を抱く俺だったが、とりあえず今は徴税官たちに集中しよう。


『……まぁ、こんなところだろう』

『そうですね。後は村の発展を見ながら税率を上げて行けばよいかと』

『では明日には戻りますか?』

『いや、一週間ぐらい滞在して何か手土産を出させよう』

『彫像や銀細工は、市場で裁けばそれなりの金になりそうですな』


 ふむ。盗聴してよかった。やっぱりこいつらは碌な連中じゃない。


 どうしてくれよう。


 後でみんなと相談して決めようとは思うが、一週間いるというのなら、一週間ずっと幼女にしちまうか。


 会議が終わると、徴税官たちは今日もまた酒宴を開いた。酔いが回り始めると、また汚い言葉をまき散らしながら、フィーネとライラにセクハラをし始める。


 もちろん二人は、香港映画のカンフーマスターよろしく、ひらりひらりとおっさんどもの手を回避している。


 そして俺は、その様子を窓の隙間からこっそりと覗いていた。


 そこへ突然ライラが悲鳴を上げる。


「きゃぁっ!」


 これはスケベオヤジ共に身体を触られたから上げた声ではない。事前に取り決めていた、俺が行動するのに適切なタイミングを知らせるライラからの合図だ。


 そこそこ大きな声だったので徴税官全員の視線がライラに集中する。


 その刹那――


「【幼女化ビーム】!」


 一瞬にして12人の幼女が誕生した。


 そして、俺は昨日と同じように12人の幼女をベッドに運び、その頭をなでなでして寝かしつけたのだった。




~ 翌日 ~


 徴税官が示した税務内容をネフューがあっさりと認めてしまったため、翌日の午前中には、徴税官たちのこの村の仕事は全て終わってしまった。


 ならとっとと帰ってくれと思うのだが、昨日の盗聴で彼らが語っていた通り、何かと理由をつけてもう少し村に滞在しようと画策しているようだった。


 屋敷の入り口に集まった徴税官たちが、ネフューを取り囲んでくだらない戯言を浴びせかけている。


「開拓民というのはどうにも粗野な田舎者が多いもの。どうしてもというのであれば、もう少し滞在してこの村の住人たちに領都で通じる礼儀作法を格安で指導してやらんでもない」


「昨日、村を案内してもらったあの女人……何と言ったか金髪の大きな胸と尻の……あの娘をだな今日の夜食に招いてやろうと思うのだが」


「いや、あまり長居してしまうのも申し訳ない。我らの荷がもう少し重くなれば、すぐにでも出立しないでもないのだがな」


 明らかな賄賂や大人の接待要求だが、他の村ではこれで通じたのだろう。徴税官たちは「ねっ? これで分かるよね? ねっ?」と言いたげに何度も小首を傾ける。


 一方、知ってか知らずかネフューは徴税官たちの首を使ったノンバーバルコミュニケーション言葉以外による意思伝達を完全にスルーしていた。


「ええい! わからんやつめ! これだから亜人というのは!」


 ネフューの態度に業を煮やした徴税官の一人が、大声でネフューを怒鳴りつけた。


 そのあまりの声の大きさに、俺たちを含め、その場にいた全員が一瞬ビクッとなる。俺なんて思わず【幼女化ビーム】を出しちゃうところだった。 


 俺たちがビクッとなったのはその一回だけだったが、何故か徴税官たちはさらにもう一回ビクッっとなる。


 そしてそのまま固まってしまった。


「これだから亜人と言うのは? なんだ?」


 めちゃくちゃドスの効いた男の低い声が屋敷の中に響き渡る。


「なんだ?」


 大声を出した徴税官を見下ろしながら、身体の大きな鬼人が問いかける。


「へっ………?」


 徴税官の声は2オクターブほど高くなっていた。


 鬼人はゆっくりと視線を動かし、徴税官一人ひとりを睨みつける。


「そ、そうだ! 税務契約も無事締結できたことだし、我らの仕事は終わった!」

「そ、そそそそうだな。我らは忙しいのだ。いつまでもこんなところでゆっくりするわけにはいかん」

「そそそそ、それではネフュー村長、我らはこれで失礼する!」


 それから彼らは、恐るべき速さで荷物をまとめて屋敷を出て行った。


 この所要時間約3分。


 徴税官が去り際にネフューと交わした挨拶は


「どうも」


 の一言だった。


 それから約10秒後、俺たちに掛かっていたフリーズの魔法(笑)が解ける。


「フワデラさん! 随分遅かったね! でも到着は最高のタイミングだったよ!」


 そう言いながら俺はフワデラさんの背中をバンバン叩いて労った。


「遅くなりました!」


 彼の後ろから女性の声がしたかと思えば、いつの間にかシュモネーが近くに立っていた。


 こうして、フワデラ夫妻は数日遅れでネフューネ村に到着したのだった。

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