第98話 徴税官
「ハァ……ハァ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
俺とネフューは2時間にも及ぶ追いかけっこに疲れ果て、ネフューの屋敷(兼宿屋)の玄関口に大の字になって寝っ転がっていた。
2時間ほど前、シルフェンに対して、俺に関する
当然、ネフューは俺の女体化タッチを避けて逃げる。当然、俺はその後を追って屋敷中を駆け回る。
こうして追い駆けっこしてるうちに、双方で暗黙のルールが出来上がった。ひとつは、俺は幼女化ビームを使わず、あくまで女体化タッチをネフューに試みること。そして、もうひとつが2時間たったら終了というものだ。
これは昔、俺がネフューを女体化したときの苦い思い出に基づくルールで、あの時も2時間の間、俺とネフューは追いかけっこをしている。
今回もそうするということについては、いちいち口に出さずともお互いが理解していた。
そしてネフューは全力で2時間を逃げ切り、電池が切れたように俺たちは玄関先で倒れ込んでしまったというわけだ。
「ちょっと二人とも! 倒れるなら庭の隅っこにでも行って! お客様が着たら驚いちゃうでしょ!」
エプロン姿のフィーネが玄関に飛んできて、柳眉を逆立てながら俺たちをしかりつけた。ネフューのパートナーである銀髪緑眼のエルフは、怒っていてもやはり超美人だ。
ただ、以前は立ち振る舞いも言葉遣いも、森の女神のように神秘的なオーラを纏っていたものだが、今はなんというか全体的に主婦っぽい感じがする。エプロンしてるからかもしれない。
「フィーネさん、なんだか以前と雰囲気が変わったね」
「そ、そう? もしかして年を取ったねとか言うつもり?」
ナイスエルフジョーク……だよね? よくわからないけど、ここはとりあえず否定するのが正しいという俺の本能に従って、首を横に振る。
「前は凄く泰然としててクールな感じだったのに、今はなんというか……とっても親しみ易い感じがするよ」
「そう? うーん、たぶん今はエルフの村にいるからかなぁ。外の世界にいるときは、緊張が完全に解けることってないから」
口調が俺の知ってるフィーネのものじゃない。というかこれが本当のフィーネだったんだろう。今は実家にいるから素が出てるって感じか。
「シンイチ様、タオルをどうぞ」
フィーネの後ろから同じくエプロン姿のライラが出て来て、俺とネフューにタオルを渡してくれた。
うん、やっぱりライラが一番だな!
「村長ぉぉぉ!」
俺がライラからタオルを受け取って汗を拭っていると、シルフェンが屋敷に駆け込んできた。
「シルフェン、どうしたの? 今日の手伝いは午後からじゃなかったっけ?」
フィーネがシルフェンに声を掛けると、シルフェンはあわあわしながら答えた。
「に、人間! 人間が来たの!」
人間? 俺が自分とライラのことを指差すと、シルフェンは首をブンブンと振った。
「王国の人よ! ドルネアこうしゃく、りょーちょーぜーかんって言ってる。全部で12人いるわ!」
「りょーちょーぜーかん?」
はて何のことだろうと俺が頭を捻っていると、ネフューがシルフェンの言葉を翻訳してくれた。
「ドルネア公爵領の徴税官だね。この森はアシハブア王国ドルネア公の領内にあるんだよ」
ネフューの表情に薄く影が差したのが見えた。
「もしかして、勝手に村を作ったとか文句をつけて追い出そうとしてくるとか? ん? でも元々ここに村はあったんだよね?」
もし追い出そうとするなら、全員を幼女化してやる! なんならドルネなんちゃらも! と意気込んでいると、ネフューがまぁまぁと俺をなだめる。
「徴税官が派遣されてきたということは、追い出すというより税金の徴収が目的だろう。逆に言えば、彼らがぼくたちのことを税金の種と見てくれている限り、村の存在を認めてくれるということでもある」
なるほど! とは思ったものの、それならどうしてネフューの表情が薄暗いんだろうか。その答えは、すぐに分かることになる。
~ 徴税官御一行 ~
「ここがエルフの住処というわけですか……。ふむ。いかにも森の民らしく質素な造りでありますなぁ」
徴税官アルツ・ハイヒテンがネフューの屋敷に到着してからの第一声がこれだった。他の同行者も、ハイヒテンに同調するかのような侮蔑をブツブツ言っていた。
こいつら全員幼女にしちまおうか?
という俺の視線を受けたネフューが「お願いだから何もしないでくれ」というハンドサインを返してきた。
それじゃ女体化か!?
という俺の視線を受けたネフューが目をひん剥いてしかめっ面を返してきた。
うん。女体化もダメだったか。
という俺とネフューのやりとりには一切気が付くことなく、徴税官御一行は見るもの全てを貶しながら、屋敷の中へと案内されていった。
俺は奴らの態度に心当たりがあった。
ラーナリア聖主教の教徒。
亜人や獣人を蔑む連中で、その多くが人間至上主義者であると云われている。昔のステファンが敬虔な信徒だった。
今のステファンからは想像するのも難しいが、初めてステファンと出会ったとき、彼は俺のことを亜人扱いして、その場にいないかのような態度をとっていた。
この徴税官たちからは、初めて会ったステファンと同じ匂いがする。
亜人や獣人に対して憎悪を抱いているのだ。
一口に亜人と言ってもエルフは特別扱いと言う場合が多い。逆に尊い存在として貴ばれることも多いのだが、彼らはそうではない。
ということは、おそらく彼らは人間至上主義者なのだと思われる。
もし違っていても、彼らがクズであることは俺の中で確定していた。
「シンイチー! 散歩に出かけるぞー!」
「うっ! うっ! うーっ!」
旅館部分の部屋からルカとグレイちゃんがあくびをしながら出て来た。
その二人を見た徴税官が言った言葉、
「チッ! 獣風情と同じ屋根の下で休むことになろうとは。まったく、これだから辺境というのは……」
プチン……。
俺は自分のこめかみから血管がブチ切れる音を聞いた。
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