第94話 流産

 俺たちの最初の子は流産だった。


 ライラはずっと泣き崩れる日々を送るようになり、一時期は俺でさえ近づくことを嫌がって奥部屋に引きこもってしまった。


 とうとうブチ切れた俺が扉を蹴破って奥部屋に押し入り、村中に響き渡るような大声でライラと大喧嘩を繰り広げた末、再びライラが俺の胸に飛び込んできたのは、悲しみの日から数えて二週間後のことだった。


 ライラに引っかかれた顔の傷がヒリヒリするのを感じながら、俺はライラに優しく語りかけた。


「ルカからは、ライラは俺の何十倍も傷ついているのだから片時も目を離すなと言われたよ」


「そうでしたか……」

 

 ライラは俺の胸に人差し指で円を描きながら答えた。


「そうしようにも奥部屋にこもったライラに拒絶されたら、俺はどうすればいいんだ?」


「……」※沈黙


「まぁ結論は出たんだけどな。ライラが嫌がっても俺は何もかもぶち破ってライラを抱きにいく」


「ふふっ、わたし嫌がってまた暴れるかもしれませんよ」


「それでもだ。ライラがほとほと呆れて諦めるまで抱きしめる。そうすべきだった。今度ライラがひきこもったときはそうする」


 ライラのキスが俺の顔に降り注ぐ。そのキスはとても甘くて、ちょっとヒリヒリした。




 ~ 夫婦 ~


「シンイチさま……」


「ライラ、さっきも言ったろ? 俺たちは……」


「……旦那さま」


 俺たちの子はいなくなってしまったが、その子は今でも俺たちの絆だ。もう教会なんか関係ない、俺たちは夫婦だった。


「変な話をしても? 夢の話なんですが……」

「もちろん」


「子どもの夢を見ました」


「俺たちの?」


「はい。その子はちょうどわたしと同じくらいの年齢で、何となくシンイチさまの面影がありました」


「男の子?」


「はい。立派に……育っているようでした。その子が……その子が……」


 ライラがだんだんと涙声になって嗚咽し始める。俺はライラを強く抱きしめて、落ち着くのを待った。


「お母さんの痛かったことや辛かったことをぼくが持っていくから……ねっ……って……笑顔で……うっ……うぐっ……」


 俺も自分の嗚咽を止められず、涙を止められず、ただただ力いっぱいライラを抱きしめることしかできなかった。


 俺たちは声を上げて泣き続けた。




 ~ 落ち着いた ~


「だ、旦那さま……く、苦しいです……」


「ご、ごめん」


 俺はライラを抱く腕を緩めた。


「ライラ、俺たちの息子に名前を付けよう」


「どんな名前を付けますか?」


「ライラが見た俺たちの息子は、すごく心根が良い人間に育っているようだった。まるで春に吹く風のように」


「ええ」


「だからハルカゼとかどう? 俺の国の言葉ではこう書く」


 俺はノートを取り出してそこに漢字で「春風」と書いてライラに見せた。


「いいですね。ハルカゼ……私たちの大事な息子……ハルカゼ……ハルカゼ……」


 俺たちの息子の名前が書かれた紙を愛おしそうに撫でながら、ライラは何度もその名を口にする。


「ねぇライラ。前にも話したけど、俺は前の世界で事故に巻き込まれて死んじゃったんだよ。そしてこの世界に来た……」


「そうでしたね」


「だから春風だって同じだと思うんだ。きっとどこかの世界で俺たちの息子は立派に育っている。きっとライラは春風の魂を感じ取ったんだよ」


「はい。きっとそうです。あの子はきっと……」


 俺たちはまた泣いたけど、それは悲しいだけのものではなかった。


 そして俺が言ったことは、後々マジその通りだったことが判明する……のだがそれはまた別の物語だ。


 俺たちが手をつないで奥部屋を出ると、そこにはルカやグレイちゃん、フワデラさんとシュモネー、ステファンとサキュバス姉弟やハーレムメンバー、コボルトたちが待ち構えていた。


 みんな俺たちの姿を見ると大喜びで迎えてくれた。心配してくれていたんだ。


 そのままその日は村中を挙げての大宴会が催された。




 ~フワデラさんとシュモネーの結婚式 ~


「ごめんね。俺たちのせいで、二人の結婚式を引き延ばしちゃってたみたいで……」


「ごめんなさい」


 ラーナリア正教の神官であるカレンによってフワデラさんとシュモネーの正式な結婚の儀が行われた後、俺とライラは二人に謝罪した。


「いいえ、二人がお元気になられて本当に良かったです。だからこそ今日という日が私たちにとって尊いものになりました」


 花嫁衣裳のシュモネーをお姫様抱っこしながら、フワデラさんが嬉しいことを言ってくれた。


 フワデラさんの首に手を回しているシュモネーさんの顔はまるで花が咲いたかのように華やかで綺麗なものだった。


「俺たちはもう夫婦だけど、俺が成人したらこんな結婚式を挙げようね」


「はい……」


 俺はライラを抱き寄せて言った。


「シンイチ、忘れておらぬか? わらわもおぬしの妻ぞ! わしにも結婚式とやらを挙げよ! ほら、チューじゃ、チュー! わらわにチューしろ!」


 俺たちをからかって、ルカが唇を突き出す。


 ライラが頬を膨らませて俺をルカから遠ざける。ライラが目をつむったままのルカの前にグレイちゃんを設置すると、グレイちゃんがルカにチューをした。


 チューだけでは済まず、グレイちゃんはルカの顔をべろべろ舐めて、ルカの顔をよだれでベトベトにした。


「ちょっ、グレイ!? やめい、やめんか!」

「うーっ! うっうー!」


 逃れようとするルカを取り押さえたグレイちゃんがルカの顔を舐め続ける。


 ライラと俺は久しぶりに心底から大笑いすることができた。




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