第62話 秘密基地
コボルト村の洞窟から少し山を登って50mほど獣道を辿った場所に、俺の秘密基地がある。じっくり一人で静かに考え事をしたいときの場所だと強く強く言っているので誰も来ない。
マーカスやネフューは何となく察しているのだろう、俺を放っておいてくれる。ヴィルも俺が嫌がることはしない。女性陣はそもそも近寄りたくもないはずだ。
最大の問題は、何にでも興味津々の幼女(コボルト)たちの行動だ。こればっかりは制御ができないので、秘密基地にいる間は【索敵マップ】を表示して接近者に注意を払っている。
俺は秘密基地に取り付けた小さな乾電池式のLED読書灯を点けた。ココロチンには
「ヌフフ」
地面の土を払うと、帝都指定ゴミ袋に入った異世界の秘宝が顔を出した。俺は泥が掛からないように丁寧に袋から取り出す。視線を動かさずにティッシュが抜き取れる位置にティッシュボックスを調整した後、俺はいよいよ秘宝「もんもんキャット先生の『ふわとろ鬼っ娘』最新刊」を開いた。
「おー、この絵柄、このセリフ回し、至宝! 至宝! まさに至宝!」
俺の鼻息が凄すぎて、ティッシュボックスから出ているティッシュがフルフルと揺れる。一通り読み終えると、俺はまた最初のページから何度も何度も読み返した。
いよいよ高ぶってきた俺は、今日のおかずページを決めた。
「ここだ!」
「どこですか?」
いつの間にか目の前にライラが立っていた。
「ほはぁぁわぁぁあゎ!?」
しまった! 熱中し過ぎて、興奮し過ぎて、索敵マップに注意を払うのをすっかり忘れていた。そういえば、街に出ていたステファンとライラには秘密基地のことを話していなかったことに今更ながら気がついた。
「ら、らららら、ライラぁぁ!?」
「は、はい!」
バサッ。
ライラの足元に
秘宝の表紙は、巨乳の女の子が素っ裸でR18な行為に耽っている、それはもう見事な一枚絵であった。
ライラが秘宝をサッと拾い上げて俺の方に差し出してきた。俺も反射的に手を伸ばす。
「あっ!」
俺の指先がライラに振れた瞬間、弾かれたようにライラはその手を引っ込めた。
「ごめんなさい……」
「ご、ごめん!」
自分がライラに嫌われていることを思い出し、内心では思い切り凹んでいるのを頑張って隠して謝罪する。
どうせ俺の身体からは、女が忌避する体臭でも出てるんだろう。
「俺なんかに触られるの嫌だったよね。ほんとごめん」
よし! もう女性はきっぱりと諦めてイリアくんと結ばれよう!
「嫌じゃない! 嫌なわけないです! わたしが汚いだけです!」
イリアくんとなら幸せになれそうな気がする。
今度、会ったら結婚を申し込もう!
「えっ、汚い?」
俺の問いかけにライラがコクコクと頷く。
もしかして俺が嫌われているわけではないのか?
やっぱりイリアくんとは友達のままでいいかもしれない。
「トイレで手を洗ってないとか?」
「もっと汚いんです」
ライラは両手を前に組み、顔を伏せたまま頭を横に振って否定する。これ以上、聞かない方がいい気がする。地雷がそこら中に埋まっているような……。
だがライラの顔に浮かぶ暗い表情を見ると、俺は尋ねずにはいられなかった。
「いったい何が汚いの? ティッシュならここに……」
「わたしの全部が汚いんです! 穢れてるんです!」
「誰がそんなこと言ったんだ! 殴り飛ばしてやる!」
突然のライラの大声に反応して、俺も反射的に怒鳴り返してしまった。驚いたライラが両手で顔を覆い声を上げて泣き出した。
やってしまった……やっぱり地雷だった。
「わたしが……わたしが……汚いんです……」
「誰かがライラのことを汚いって言ったのか?」
俺は女性に通用するかもしれない唯一のスキル【頭なでなで】を使って、ライラの頭を優しくなでながら聞いた。
「いいえ」
「じゃぁ、どうしてそんなこと言うのさ。ライラは綺麗であっても、汚いなんてことはないよ。絶対に」
ライラの涙は止まることなく嗚咽が続く。
「わたしは……わたしは汚い。醜くて、汚くて、穢れて、傷があって、片目がなくて、汚い、醜い奴隷なんです」
状況はよくわからないが、ライラが自分自身を殺す勢いの自己嫌悪に陥っていることだけはわかった。
「もう一度聞くけど、それを誰かに言われたの?」
ライラは首を振る。
「じゃあ、なんでそんなこと言うのさ、ライラは綺麗だよ? 凄く美人で可愛いくて……汚いとか穢れてるとか、そんなこと全くないんだけどなぁ」
「わたしは汚い! 醜い!」
ライラが大きな声で叫んだ。
「奴隷のときは、何度も何度も男に犯されました! 毎回毎回、犯された後には吐いて吐いて吐いて汚物にまみれてました! ゴブリンに犯されました! ゴブリンに右目を短剣で切られ、えぐられ、食べられました! ほらっ!」
ライラが前髪を上げ右目の義眼を取り出し、傷を俺に見せるように開く。
「わたしは汚い! 醜いんです!」
ライラが絶叫する。
「ライラは綺麗だっつってんだろぉぉがぁぁぁぁ!」
俺はその倍の声を上げて絶叫した。
「初めてみたときのライラは綺麗だった! ゴブリン共から生き延びたライラはもっと綺麗だった! コボルト村にやってきたときのライラは、もっともっともっと綺麗だった! それからずっとライラは綺麗だった! お前が俺のことを嫌って避けても、ライラは綺麗だった! いいか、おまえは」
ここで俺は息切れしてしまった。肝心なセリフはため息を吐くように――
「俺の一番綺麗なんだよ」
しかも意味不明なセリフになってしもた。
ライラがポカンと俺の顔を見上げたまま固まっていた。
俺はライラの少し開いた唇に目が釘付けになった。吸い寄せられるように顔を近づけるがライラは動かない。俺はそのままライラの唇に唇を重ねる。
「えっ!」
ビクンッ! とライラの身体が震える。
「あっ、ご、ごめん、嫌だったよね。ごめ……」
ドンッ!
俺は押し倒されていた。
「嫌なんかじゃありません! そんなこと絶対ない! 永遠にない!」
「んぐっ!」
ライラが俺の唇を奪い、ライラの舌が俺の口の中であばれ、それから俺の顔中を舐め回した。俺はライラを押し返し、ライラにされたのと同じことを仕返す。
またライラが仕返しをしたので、また俺もお返しをする。仕返しが繰り返される度、その衝動はより激しいものになって行く。
こうして――
初めて女と結ばれた
初めて愛する男と結ばれた
その喜びと快楽に我を忘れ、いつまでもお互いを貪り続けた。
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