第57話 穢れた身体 Side:ライラ

~ ライラの想い ~


 女戦士も女僧侶も女魔術師も女盗賊も、全員が美しい女性だった。彼女たちの誰かが一人で街を歩くと、すれ違う男たちは立ち止まって振り返った。


 彼女たちと接する男たちのほとんどが、下心を隠し切れずに鼻の下をだらしなく伸ばしているのをライラはいつも見ていた。


 そんな美人ばかりで構成されているステファン・スプリングスのハーレムパーティに自分がいるのは、どういうことなのだろうと最初のうちは考えていた。


 その後ステファンと行動を共にしていく中で、ライラは彼が魅力的な女性しかパーティーに置かないことを理解する。であれば、自分の容姿にもそれなりの魅力があるのだろうとライラは思っていた。


 奴隷であるライラは他のメンバー全てのお世話役であり、何かにつけて他のメンバーより一歩下がった立場から言動していた。


 クエスト報酬で装備を新調するとき、ライラの装備が検討されるのは他のメンバーが終わった後だ。もし報酬が足りなければ、ライラの装備が最初に検討から外される。


 しかし、ステファンが寝床に引き込む回数だけは他のメンバーとライラに差はなかった。奴隷だから乱暴しやすいという理由もあったのだろうが、それとて女としての魅力があるからこそステファンは身体を求めてきたのだろう。


 つまるところ、ライラは自分の女としての魅力を認識していた。


 ステファンのいないところで、男に襲われそうになったことだって何度もある。ただ、そういった連中は全て大怪我をしてライラの足元に這いつくばることになった。


 シンイチと初めて出会ったときも、ライラはシンイチが自分に向ける嫌らしい視線に対して違和感はなかった。


 ゴブリンから助けてもらったときも、シンイチの欲情に満ちた視線が自分の身体に注がれるのを、男なんてそんなものとただ受け止めていた。


 だから、シンイチを利用して奴隷契約を解除させようと考えたとき、その取引材料が自分の身体だと考えるのはライラにとっては当たり前の判断だった。


 実際にステファンと共にコボルト村を訪れた際、ライラは村に置いてもらうことの交換条件として自分の身体を提供しようとした。


 そのときのライラはシンイチに身体を任せることに一切ためらいはなかった。


 これまでもライラは幾度となくステファンが自分の身体を使って欲望を満たすのにずっと耐えてきたのだ。


 そういうときは身体を固くして目と口を閉じ、気持ち悪い行為が終わるまでただひたすら我慢していればいい。


 とはいえ、悍ましい行為が終って自分一人になるといつもライラは嘔吐していた。


 ただただ気持ち悪かった。


 生理的な反応で感じる感覚も、まるで自分の体中を蟲が蠢いているような想像をライラにもたらす。


 その蟲を吐き出そうとしてライラはさらに激しい嘔吐を繰り返すのだ。


 そんな地獄をずっと耐えしのいできたライラだからこそ、ゴブリンに襲われても生き残ることができた。


 女僧侶は力尽きた。


 女魔術師は耐えきれず舌を噛んで死んだ。


 だがライラは生き延びた。


 そんな地獄を生き延びたライラだからこそ、村に置いてもらえるのなら、シンイチに自分の身体を投げ出しても構わないと考えた。


 シンイチがあっさりと自分たちを村に置いてくれると言ってくれたときも、シンイチが求めるのであれば進んで自分の身体を差し出そうと思った。


 だがシンイチはライラの申し出を断った。何の代償も求めることなくシンイチは自分たちを受け入れてくれたのだ。


 その後、村での落ち着いた日々の生活が続く中でライラはいつもシンイチのことを考えていた。


 ゴブリンから自分たちの命を救い、コボルト村に置いてくれたシンイチの恩に報いるために、自分はどうすればいいのかと。


 未だに何ができるのかは分からない。


 ひとつだけ確かなことは、シンイチが自分の身体に性的魅力を感じていることだ。その欲望を受け止めることこそ、今のライラがシンイチの恩に報いるために唯一できることに違いないと思った。


 それ以降、ライラはシンイチを挑発し続けた。


 ただ、あくまで最後の一線はシンイチの方から求めてくれなければならないとライラは考えていた。


 シンイチがDT特有の意味不明な拘りを持っているように、ライラにも奇妙な拘りがあったのだ。


 それは、これまで男から性的な暴行を受けたことしかない、未だ男女が愛によって求め合う行為を知らないライラの、小さな乙女心の欠片だった。


 これまでライラはその欠片のことを自覚したことはなかった。


 ライラが欠片の存在に気が付いたのは、タンドルフが義眼を取り付けるために、彼女の右目をのぞこうとライラの前髪を上げたときだった。


 欠片の存在なんて気づかない方が良かった。


 自分の右目には本来あるべきものがなく、ただ醜くおぞましい、ただ醜く悍ましい、ただ醜く悍ましい孔が開いていることにライラは気づいた。


 シンイチがライラを見ていた。

 

 シンイチ様に右目を見られた。


 シンイチ様に見られた。

 シンイチ様に見られた。

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 シンイチ様に見られた。

 シンイチ様に見られた!

 シンイチ様に見られた!!

 シンイチ様に見られた!!!

 シンイチ様に見られた!!!!

 シンイチ様に見られた!!!!!


 ライラは自分の顔に酷い傷が残っていることを。自分が奴隷であったことを。自分の身体がハーレムパーティの男に何度も何度も凌辱され、ゴブリンにまで穢されたものであることを


(わたしは……わたしは……汚くて穢れた女だ……汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて汚くて!汚くて!!汚くて!!!汚くて穢れた女だ!!!!)


 ……嬢ちゃん……


(なに?)


「嬢ちゃん!! おい! 大丈夫か?」


 気が付くとタンドルフがライラの身体を強く揺さぶっていた。ライラは自分が今どこにいるのかようやく思い出す。


「ほれ鏡、俺の渾身の逸品だよ。見て見な」


 鏡の中には、ゴブリンに襲われる前のライラの右目がそこにあった。


「す、凄い……」


「だろ? じゃぁ、二人を呼んでくるから待ってな!」


 タンドルフがシンイチたちを連れて戻ってきた。


「シンイチ様、わたし……どうですか」


 シンイチがライラに顔を寄せてその右目を覗き込む。


「凄く……綺麗だ……」


 ライラの心臓が跳ね上がる。


 シンイチの瞳に自分の顔が映っているのが見えた。


 ライラは自分という全存在がシンイチの瞳の中に吸い込まれていくのを感じた。


 そしてその喜びに満たされ、シンイチを愛おしいと思う気持ちが強くなって身体中を巡るのに比例して、欠片が彼女の心を引き裂いて行く。


(わたしは……汚くて……穢れた女だ)


(こんな醜い顔をシンイチ様に見せたくない)


 ライラは両手で顔を覆い隠し、身体を小さくしてうずくまった。シンイチから隠れるために。


 嗚咽が止められない。


 シンイチの手が自分の頭を撫でる。


 優しい手。


 ずっとそうしていて欲しい。


 そんな気持ちと同じ数だけ、


 自分の穢れた身体がシンイチの手を汚しているのだと……


 ライラは考えていた。






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