第28話 ハーレムパーティ1

 原初、女神ラーナリアは星命のスープからフィルモサーナ大陸を浮かび上がらせた。女神が右手の人差し指で空中に円を描くと、輪の中に人間の男女が生まれた。女神が彼らのために右手の中指で大地に円を描くと、輪の中から木々草草が生え広がり、鳥は空へ向かい、牛と羊と狼が地を走り、魚が川と海に飛び込んだ。


 男女二人は長らく幸福のままでいたが、あるとき女がいなくなった。女神は女の居場所について男に問うたが男は何も知らないと答えた。次に女神は鳥に問うたが鳥は知らないと答えた。同じく牛と羊も知らないと答えた。


 女神が狼に女の居場所を問うたとき、狼は何も知らないと答えた。女神は狼の腹を裂きその中に眠っていた女を取り出したが、女の身体には狼の耳と尻尾がついていた。


「呪われしもの、とく去れ」


 女神は狼と女を楽園から追放した。楽園の門は閉じられ、それ以降は女神の祝福を受けたものだけが通ることを許されるようになった。


――― 大陸神典 第一巻




 ~ 聖主教 ~


 大陸神典を聖典に掲げる聖主教はフィルモサーナ大陸でもっとも勢力を広げている宗教だ。


 その聖主教を国教とするアシハブア王国では、男尊女卑と亜人差別が徹底していた。曰く、悪の権化たる狼はつまり獣人である。曰く、耳と尻尾が生えた女はつまり亜人である。


 聖主教の考えでは、獣人・亜人といった輩は女神ラーナリアの楽園の門が閉じられた原因そのものなのだ。また男性が女性を見守っていなかったため狼に食べられてしまったのだから、男性は女性をしっかりと管理しておくべきなのだと考える。


 ステファン・スプリングスは、アシハブア王国にある子爵家の長男として生まれ、生まれたときから聖主教の教えによって育てられてきた。


 だから、彼がバーグの街でマーカスとヴィルに出会ったとき、白狼族のヴィルに対して蔑みと憎しみをぶつけたことは、ステファン・スプリングスにとっては神に恥じることのない正当な行いであったのだ。


「薄汚い亜人風情がどうして人間様のギルドに出入りしてやがるんだ!?」


 スプリングスが言ったことを、最初ヴィルはまったく理解ができなかった。スプリングスの侮蔑は、自分に対してではなく、自分の後ろにいる誰かに向けられたものだとも考えた。


「ちっ!」

 

 舌打ちしたマーカスがスプリングスからヴィルを庇うように一歩前に出る。


 マーカスは、スプリングスと連れの5人の女たちを見て一瞬で「碌でもねぇ」と判断した。しかもこいつらは、マーカスが目を付けていたゴブリン討伐クエストを横から掠め取って行ったのだ。


「なんだ? どうしたおっちゃん?」


 ヴィルはマーカスの動きの意味が理解できずに少し戸惑っていた。しかし、スプリングスやその背後にいる女たちの視線を受け、ようやく悪意が自分に向けられていることを悟る。


 亜人がこの国で嫌われていることはヴィルも承知していたが、ここまで真正面から露骨に悪意を向けられたのは始めてだった。


 それに、いくら嫌われているとはいえ、白狼族の強さと獰猛さは広く知られていたため、亜人嫌いの人間ならヴィルのことを無視するか避けるのが普通だった。


「そいつの飼い主なのか、おっさん? 飼い犬はギルドの外に馬と一緒に繋いでおけよ! 中に入れるな、臭せぇんだよ!」


「こいつは俺の仲間で冒険者だよ。ギルドは大人がくる場所なんだ。ガキはうちでママのおっぱいでもしゃぶってな。あぁ、ママの代わりに女どもを連れてんのか」


「んだと! 俺らにケンカ売ってんのか?」


「おまえは自分から言いがかりを付けてきたことをもう忘れたのか。そんな記憶力でよく冒険者なんてやってられるな? あぁ、頭が悪いから自分がバカだってこともわからんか。そりゃご愁傷様」


 マーカスは視線に殺意を込め、ドスの効いた声でスプリングスを脅す。


「うせろ!」


 視線に反応したのは後ろにいる女戦士と女拳闘士と女盗賊だけだった。


「このっ!」


 スプリングスが予備動作なしにマーカスの死角からアッパーカットを放つ。良い動きだとマーカスはスプリングスを少しだけ見直した。素早くかつ卑怯だ。


(だが声を出してたら台無しだろうが)


 こいつホントにアホなのでは? とマーカスが心配しながらもカウンターを喰らわせようとしたとき、ヴィルが動いた。


 白狼族の素早い動きに、その場にいる誰一人として反応することができなかった。女拳闘士は目の前にヴィルが移動してきたとき身動きすらできず、ヴィルがスプリングスの尻を蹴り飛ばすのを視界で捉えるので精一杯だった。


 女たちにできたのは、クエストボードに顔面を強打して崩れ落ちるスプリングスに慌てて駆け寄ることだけだった。


「マーカスさん! ギルドでの暴力沙汰はご法度ですよ!」


 途中からハラハラして様子を見ていた貧乳だけど美人の受付のお姉さんが、怒った顔を作って怒鳴る。


「あーそいつは誤解だ。ヴィルはそいつのケツに虫がついてたから追っ払おうとしただけさ。だいたいこんなガキに冒険者がやられるわけねぇーよな」


 マーカスが女戦士を睨みつけながら言った。女戦士は苦々しい顔を見せながらもそれに頷く。受付嬢も手打ちの成立を確認してマーカスに声を掛けた。


「わかりました。ここで騒ぐのは控えるよう皆様には警告しておきます。わたしには冒険者資格を停止する権限が与えられていますので、お忘れなきよう」


 マーカスと女戦士が頷くのを確認すると、貧乳だけど美人のお姉さんは一礼してカウンターへ戻っていった。


「ヴィル、行くぞ」

「うん!」


 他に適当なクエストもなかったので二人はそのままシンイチたちのところへ戻ることにした。


「そういや、さっきは俺をかばってくれたんだよな。ありがとな」


「えへへ。あいつの尻に虫がいたから蹴っただけだよ、おっちゃん!」


「そりゃたいそうデカい虫だったみたいだな!」


 二人は大笑いしながら帰途に付いた。





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