第26話 酋長シンイチ・タヌァカ

 みんなが食事を終え、犠牲者の遺体が積まれた焚き木の前に集う。ネフューが松明を掲げて死者に対する祭詞を捧げる。


「女神に祝福されしフィルモサーナの土より生まれし命、いま火の恩情によりて土へと還らん。彼ら、命尽きるまで女神を称えしものたち、その全ての罪を許し、女神ラーナリアの楽園にとく迎え入れ給え」


 ネフューが焚き木に松明を投げ入れると、火は速やかに燃え広がって行く。


 みんなが黙祷を捧げる中、片腕を失った男の嗚咽だけがいつまでも周囲に響いていた。


 火が高く昇る中、ネフューに促されて俺はコボルトたちの前に立つ。ロコが俺の前に進み出て跪くと、他のコボルトたちもそれにならった。ネフューやマーカス、ヴィルたちも俺に注目する。


 最初はめっちゃ緊張して足が震えたけど、コボルトたち全員の尻尾がフルフル振れているのを見て、俺は思わずプッと噴き出してしまった。


 そのとき緊張も一緒に吹き飛んでしまったようだ。俺は肩の力を抜いてみんなに語り掛ける。


「ゴブリンは全て殲滅した。ここは今や俺たちのものだ。ゴブリンが襲ってきたら追い払う、グレイベアが来たら追い払う、友好なものたちは受け入れるが、敵は全て打ち払う! 何故ならここはもう俺たちのものだからだ!」


 俺は、スウッと息を吸い込んで大声で叫んだ。


「ここをコボルト村とする!」

「「「うぉぉぉぉぉん!!!」」」


 コボルトたちが一斉に遠吠えを始めた。全員の尻尾がバタバタしているのが超面白い。ネフューやマーカスたちはパチパチと笑顔で拍手してくれていた。ヴィルは俺の周りをくるくると回って、


「うぉー、兄ちゃんスゲー、兄ちゃんスゲー!」


 と喚いている。


「ヴィル、ロコ、みんなにアレを!」

「わかった!」

「みんなに、あれ」


 ヴィルとロコがその場にいる全員に『アレ』を配って回る。 


 俺は、みんなの手に『ガツンと愛媛ミカン』が行き渡っていくのを見守る。


「うぉ、冷てぇ。おいネフュー、これがなんだか知ってるか?」


「ぼくも見たことがない。氷の精霊でも宿っているのかな」


「「「ひゃぁあ」」」


 ヴィルとロコが配り終えるのを待っている間、俺は何度もみんなに注意する。


「みんな、木のところを摘まんで持つんだぞ! いい匂いがするけどまだ食べるなよ!」


 みんなに行き渡ったのを見届けた俺は『ガツンと愛媛ミカン』を高く掲げる。


「今日の勝利に乾杯!」


 そう言ってガリッと『ガツンと愛媛ミカン』を齧る。


「今日の勝利に乾杯!」

「今日の勝利に乾杯!」

「勝利に乾杯!」

「ショウリ、カンパイ!」


 俺を見習ってみんなもアイスを齧った。


「うぉ、なんじゃこりゃ美味ぇ!」

「これは美味いね!」

「うぉぉ、冷てぇ、甘めぇ、美味ぇ! 兄ちゃんこれめっちゃ美味ぇよ!」

「うま、うま、ひや、うま!」


 同じ様な感想があちらこちらから聞こえてきた。


 ふと、片腕になった男を見ると泣きじゃくりながらもアイスを口に運んでいた。片目の女奴隷の娘も、恐る恐る一齧りすると目を見開いて、その後は夢中になって食べていた。


「シンイチのいた世界ってのはこんな美味いものが一杯あるのか。一度は行って見てぇもんだな」


 そんなことを言いながらマーカスが近寄ってくる。


「さっきの挨拶も悪くなかったぜ、シンプルでわかりやすい。さすがコボルト村の酋長さんってとこだな」


「ああ、コボルトたちが凄く喜んでいたし、とても良かったと思う」


 ネフューも褒めてくれた。この二人がそういうなら、そうなんだろう。


「あっ、大人にはお酒もあるよ」


「おっ!? 本当か?」


「マーカス、飲み過ぎて見張りが出来なくなるなんてのは避けてくれよ」


「ならお前は飲むなよ! お前一人で見張りしろ」


 二人が言い争いをしている間、俺は紙コップを二つ取り出して、片方に日本酒、もう片方にウォッカを継いで二人の前に差し出した。


「二種類あるんだけど、これちょっと飲んでみて好きな方を教えてよ」


「ん。それじゃ……」


 マーカスがそれぞれをちょっとずつ口にして飲み比べる。


「俺はこっちかな」

 

 マーカスはウォッカを選んだ。ネフューは日本酒を選ぶ。同じようなやり取りを大人コボルトたちにもやって、それぞれが好みの酒で祝宴を始めた。


 俺もネフューの横で日本酒をちびちび口にするが、身体がまだ成長しきっていないからなのか、前世のように美味しく感じることはなかった。

 

 他の女コボルトと子コボルトたちには飴玉を渡す。みんな喜んでくれた。


「ネフューちょっと一緒に来てもらっていい?」


 俺はネフューに声を掛けて、少し静かな場所に移動する。


「ん? どうかしたのか?」


「これ、アルコールを浸したタオルなんだけどさ、傷の消毒に使えるんじゃないかと思って……」


 俺はアルコール除菌シートを一枚取り出してネフューの手の甲を拭いた。


「なるほど、これは便利なものだな」


 俺から除菌シートパックを受け取ったネフューが、見よう見まねでシートを一枚取り出す。


「それで、これをぼくに?」


「あっ、それはまた後日ということで、ほら、あれ」


 そういって俺は片腕になった元ハーレム男と女奴隷に目を向ける。


「あぁ、彼らにか。確かにこれがあれば腕を根元から切り落とさなくても済むかもしれない」


「俺が持って行っても話を聞いてもらえなさそうだし、そもそも傷の手当についてはまったく素人だし、ネフューからこれを渡して使い方を教えてあげてよ」


「ふむ……分かった。ぼくが行ってくるよ」


「ありがとう。助かる」


 実はネフューに相談する前、彼らに除菌シートを渡そうと思って近寄ろうとしたら、女奴隷の娘に思いっきり睨まれたのですごすごと退散してきたのだ。


 これが男の奴隷拳闘士だったら、めげることはなかったのだが……。恥を凌いで言おう。俺は自分と同世代以下の可愛い女の子が苦手なのだ。


 肩まで伸びた栗毛色の髪と青い瞳、細身の上に盛られた双丘。少し細めの目とスラっとした鼻筋、ぷるんと艶やかな唇。奴隷の服を着ていなければ、片目の怪我がなければ、令嬢と言っても通じる高貴さが、その娘の顔と身のこなしに現れていた。


 正直、俺の好みにドストライクだった。


 ドストライクなだけにヘタレな俺は、彼女から敵意を向けられただけで、もう目を合わせることができなくなってしまったのだ。


「前世はDTで終わったしな」


「なんだ、兄ちゃん、ドーテーなのか? ドーテーってなんだ?」


 俺は黙ってヴィルの頭をくしゃくしゃに撫で続けた。


「ちょ、ちょっと兄ちゃん痛い! 痛いよ!」





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