第13話 いざ出発

「何度も幼女になってんのに、女体化を毛嫌いする理由が今一つわからんな」


「そもそも幼女にされるのもお断りだよ」


「そりゃ俺だってお断りしたいけどよ。何が違うんだ?」


「パーティーの仲間が発情して襲ってきたらどう思う? しかも男がだ」


「……なるほど。そりゃ嫌になるわけだ」


 御者台でマーカスとネフューがそんな会話をしていた。マーカスが俺のことをチラッと見た気がするが、あのエルフの女神ネフューを見たらおっさんだって前屈みになるから!


 ……と反論は心の中だけに止めおいて、俺とヴィルは荷馬車に積まれた檻の中で流れていく景色をぼんやりと眺めていた。


 いま俺たちはコボルト掃討のためにナイクラ村に向かっている。


 クエストを受注してから出発するまでに数日かかったが、それはこの奴隷商人の馬車を借りるためだった。


 コボルトを何体か捕獲して檻に入れ、繰り返し【幼女化】することでスキルレベルを上げるという算段だ。


「坊主、コボルトに【幼女化】は確実に効くんだろうな」


 マーカスが念押しで尋ねてくる。


「うん。ギルドで死体を見せて貰ったけどあれなら大丈夫だ」


 出発前に、ネフューが冒険者ギルドに掛け合って、他のクエストで回収されていたコボルトの遺体を見せて貰っている。


 ココロチンに確認すると、コボルトに対して【幼女化】は間違いなく発動するということだった。


 俺の答えに納得したらしいマーカスはうなずいて再び前を向く。俺は荷馬車の中でごろんと横になって目を閉じた。


(ココロチン、ココロチン)


(……ハァ……もうその呼称でいいです。なんですか?)


(ネフューを【女体化】するときにさ「女体化」って言ったら発動したんだけど、なんで【幼女化】のときは「イェスロリータ」なんだ?)


(エイリアス設定されているからですね)


(エイリアン設定?)


(スキルを発動させる際のキーワードはデフォルトではスキル名そのままですが、独自に設定することも可能です)


(なん……だと……【幼女化】のキーワードって……)


(エンジェル・キモオタによる事前設定ですね)


(あの野郎……じゃぁ、普通に「幼女化」でも発動できるのか?)


(できますよ)


「くそ! あの豚野郎!」


 突然の絶叫に驚いたみんなが一斉に俺の方を見る。俺は慌てて取り繕う。


「あっ、いやっ、なんか昔の夢を見ちゃって……」


「大丈夫か? 坊主も疲れてるんだな」


「兄ちゃん疲れてんのか……」


「馬も休めたいし、この辺りで休憩することにしよう」


 みんなに余計な心配を掛けてしまった。


 これもあの変態のせいだ。




 ~ ナイクラ村 ~


村に到着した俺たちは村長からクエストについて詳しい話を聞いた。それとコボルトの何体かを捕獲したいという俺たちの希望も伝える。


 村としてはコボルトがいなくなればそれで良いということだったので、捕獲についてはそれで構わないという同意を得ることができた。報酬の減額もないようだ。


 翌日。


「とりあえずぼくとマーカスでコボルトの状況を確認してくるよ」


 マーカスとネフューがそう言って村の案内人と共に森の奥へと入って行った。


 二人が戻るまで暇になった俺とヴィルは村長の許可を得て、近くの森で採集を行うことにした。


 実のところ俺は採集はめちゃくちゃ得意だ。これまでも採集クエストではネフューやマーカスが俺の実力に驚いていた。


「とりあえず採集で喰ってけるんじゃないか?」


 マーカスはそう言っていたが確かにそんな道もありかもしれない。ちなみに、どうして採集が得意なのかと言えば、それはココロチンのおかげ。


 「探知」と呟きさえすれば周囲にある薬草や鉱石に情報マーカーが表示される。俺のすることと言えば、道をぶらぶら歩くことと採取することだけなのだ。


 ほぼ散歩の感覚で採集を続けていた俺たちは、マーカスたちが戻ってくる頃までには籠一杯の薬草やキノコ、鉱石などを村に持ち帰っていた。


 収穫物の半分を村に提供したらめちゃくちゃ喜ばれ、夜にはちょっとした宴まで開かれた。




 ~ 翌日 ~


 俺たちはコボルト討伐(と捕獲)に出発した。今度は村人による案内はなく俺たちだけだ。馬車で行けるところまで進み、その後は徒歩でコボルトの集落へ向かう。


「昨日確認できたのはコボルトが8匹。うち6匹は雌とガキだった。倍の16は居ると見た方がいい」


「そんなにいるの!?」


「もっと多いかもな」

 

 集落の入り口が見える位置まで来ると、ネフューがコボルトの数を確認する。予想ピッタリの16匹だった。


 事前の打ち合わせ通り、マーカスがヴィルに食料と酒を入れた籠を背負わせる。


「じゃぁヴィル、行け!」


「う、うん……」


 ヴィルがゆっくりとコボルトの集落へと歩き始めた。身を隠しながら、俺たちはその様子を固唾を呑んで見守る。


 俺たちの作戦はコボルトの性質を利用したものだった。


 コボルト族は基本的に強者に対して従順な種族であることが知られている。犬系獣人である彼らにとって白狼族というのは潜在意識レベルで畏怖を抱く対象だ。


 たとえヴィルが子どもだったとしても、コボルトが無暗に白狼族に手を出すとは考えにくい。近くに白狼族の親がいるかもしれないと警戒もするだろう。


 集落の入り口で見張りをしているコボルトがヴィルを認めて警戒の咆哮を上げる。


 事前に言い聞かされていた通りヴィルは咆哮に物怖じすることなく、静かに歩みを進めて行く。


 やがてヴィルがコボルトたちに囲まれた。


 だが集落の入り口を通過してもコボルトたちは、警戒こそすれヴィルに手出しをするようなことはなかった。


 集落に入ったヴィルは籠を下してその中から干し肉を一つ取り出した。それを正面にいるコボルトに向ってゆっくりと差し出す。


 コボルトはヴィルの顔と干し肉を交互に見た後、恐る恐るその干し肉を受け取った。


 ヴィルが再び籠から食料を取り出して他のコボルトに手渡すと、その場にいた全てのコボルト達が一斉に咆哮を上げ始めた。


 それは尻尾が大きく振れている喜びと歓迎の咆哮だった。


 群れをかき分けて、一回り身体の大きなコボルトがヴィルの前に進み出てくる。ヴィルと背丈はそう変わらないが、恐らくこの集落のリーダーだろう。


「こ、これ……どうぞ」


 ヴィルは酒瓶を取り出して蓋を開けリーダーに差し出す。


「ごぐぅるるる」


 リーダーは酒瓶を受け取って一口煽ると、ご機嫌な様子で酒瓶を仲間に回した。いつの間にかヴィルを中心にコボルトたちの宴が始まっていた。


 離れた木々の影からずっと様子を伺っていた俺たちは、どうやら作戦が順調に行ってるらしいのを見てホッと安堵の息をつく。


 それにしても作戦とはいえ、敵のど真ん中に堂々と一人で乗り込んでいけるなんてヴィルはすげーな。


 俺の方がヴィルを兄貴と呼ばせて貰うべきなのかもしれない。





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