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 僕らは前から10列目という凄くいい席だった。

 ここまで近いと演じてる俳優さんの息遣いや汗まで見えちゃう距離。

 椅子はふっかりとしていて座り心地がいい。左右にある大型の音響も恐らくとてもいいものなのだろうと思う。

 こんな中で主役で芝居ができる、冬条さんという人のステイタスの高さに凄いんだなと素直に感動した。


 芝居の幕が上がった。第一幕から冬条さんが現れると、微かに客席から女性たちのため息が漏れる。

 背がとても高い人だった。黒いマントをつけていて、これからお忍びでどこかへ行くという始まりだった。


 声がとても通って低い声なのに、まるで空まで突き抜けるような力強さと透明感がある。

 セリフにもリズムがあって、勢いがあった。

 何よりもとても存在感が大きい。

 

 身分違いの恋。

 女性がどんなに願っても手の届かない存在である彼が、自分の身分を捨ててまで彼女を追いかける。

 堂々とした立ち振る舞いには、彼の自信が溢れていた。


 セリフの男らしさから一変して歌が始まると彼の歌声の妖艶やかさ、音階の幅広さに目を見張ってしまう。


 冬条さんの歌声もさることながら、相手役の沙羅さんの高音の美麗な歌声はまるでチャームの呪文にでも掛かったように回りが温かな空気に包まれる。


 僕からしたら遥か高みの天上人みたいで、背中に羽でもあるんじゃないだろうかと思った程だ。

 存在感だけで芝居の基本の底上げがあって、更にその上に個性や揺らぎや抑揚感が増している。


 喜怒哀楽の変化に惹きつけられる。

 歌が芝居と一体になって出演者達の立ち位置がしっかりしている。

 端役ですら意味を持ってる。


 だからと言って主役は浮いてる訳じゃない世界観の中に溶け込んでいてそしてその世界にちゃんと存在しているんだ。

 終わってもしばらく僕は余韻が消えなかった。


 素晴らしいという一言で終わらせてしまうのがもったいない。


 幕が一度閉じ、スタンディングオペレーションで客席が波打つくらいの声援と拍手に包まれた。


 アンコールでは劇中歌が再び再現され、割れんばかりの拍手に包まれ出演者全員の笑顔がこれ以上ないほど眩しく輝いていた。


 僕は少し、いや、かなり羨ましく彼らが眩しく見えた。

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