言霊使いの弟子

@lunatic_wolf

空色の珠

深紫の空が少しずつ暖かさを、伝え始める頃

俺は、重いまぶたを開いていく。

「ちっ! 又いやな夢を見ちまったな・・・」

ここ数年、同じ言葉が起き掛けに口からこぼれるようになっていた。


結婚して十年、妻と3歳の息子の為に無理して買った郊外のマンションの部屋で

何時ものようにスーツに着替えていると、足元に空色の珠が落ちていることに気づいた。

「また、おもちゃ箱ひっくり返したんだな。」

そう思いながらその小さな珠を持っていると、なぜだかとても懐かしいような

いとおしいような、変な気持ちになっている自分に気づいた。

「疲れてんのかなぁ まあいいか さて行くか」

パート勤めの妻と子供を起こさないように、小声でつぶやくと未だ明けきらない

朝の道を会社に急いだ。

 朝から意味のない会議を終え自分のデスクに戻れば、そこにはクレームの電話の件と

気の遠くなるような書類の山・・・

「何でまたこんな雑用ばかり舞い込んでくるのやら・・」

ポツリとつぶやき 春には遠い街に出る、したくもない頭を下げ、

顔だけ笑顔で営業廻り、

疲れた足を休ませながら、小さな公園で冷えたコンビニ弁当を広げていると

砂場に先から、ちょうど俺の息子と同じぐらいの子供が、なにやら両手で抱えながらこちらにトコトコと近づいてきた。

「おじちゃん。みてみて」

そう言って抱えていた、たくさんの空色の珠を見せてくれた。

「へぇ。すごいねぇいっぱいだね」

今朝 家で見たものとそっくりの珠を誉められ、少し誇らしげに子供は笑った。

(こんなものが、今流行っているのかな?)

そんなこと考えてみても、最近子供が起きている時間に家にいないので 判るはずもない

会社が休みでも接待ゴルフにお得意先回り 家にいる時間がほとんどなくなっていたからな。

「ごはんよ 帰りましょ」

やさしい母の声に子供はまたトコトコと走り出していった。


 日が暮れるまで歩き通し、会社に戻ってからは山のような書類を片付け。

残りの仕事をUSBに落として急いで会社を飛び出して

電車に飛び乗っても、終電1本前のいつもの電車だった。

 (もう妻も子供も寝ているだろうな)

そう思った俺は、音を立てないように玄関を開けた。

もうすでに冷えてしまった夕食を胃に詰め込み。熱いシャワーを浴びた俺は、仕事の

続きをする為にPCを立ち上げた。

ふと見ると低いうなりをあげたPCのキーボードの上に、あの珠が乗っている

やさしい。あたたかな。なつかしい。空色の珠が・・・

その珠を掌の上に乗せ眺めていると 音が聞こえてきた

「コロン コロコロ」

寝室からの音に急いで駆けつけドアを開けると

「コロコロン」

ベッドの方から 一回り大きなあの珠が俺の足元に転がってきたので、ひょいっと持ち上げて おもちゃ箱に戻そうとした時

「?」

無地だと思っていたあの空色の珠に何か書いてあったんだ

「ぱぱとどうぶえんにいきたいな」

まるで記号のようなひらがなが、クレヨンでしっかりと 珠に書いてあった・・・

その時俺は全てが理解出来た。

あの空色の珠は、夢そのものなんだ

そして俺は抱えきれないほどの夢を持っていたのに、みんなどこかに置いてきてしまい

いつしか夢を見つける事や夢を追うことを忘れてしまっていた自分がいることも・・・

空色の珠を息子の手に握られて、俺はまた 仕事を始めた。

でも顔はニコニコしていた。

「よぉし 頑張って仕事進めよう」

「そして早く片付けて 週末お弁当でも持って 動物園にみんなで行こう」

キーボードの音しか聞こえない深夜のモニターの横で

俺の空色の珠がキラリと光った。

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