5-3 夜の間に

 太陽が沈み、村の中で作業している人たちもそれぞれの家に戻り、町が静まったころ。二人に男が、闇に紛れるような色の服を着て月明かりから隠れるようにして道の端に立っていた。世留とタービュライは出来る限り、人目に付く大通りや月明かりが届く場所、町の入り口や出口付近には近づかないようにすることを話した。二人はそれぞれこの町を探索することにした。まずは、生贄になる人物がいる場所を探すことにした。その人物の場所がわかると、その人に会うのも難しいことではなくなるはずだ。


「では、別々に馬車に集合にしましょう。二人より一人の方が、ばれにくいでしょう」


 世留はそれに頷いて返事をした。それから、二人は音もなく別の方向に移動を始めた。




 タービュライは見た目にはただの怪しい人にしか見えない。全身を包む黒い外套に、顔を覆う大きさの黒一色の仮面をつけている。外からは見えないが、外套の中の服も黒一色で、手袋もしている。明かりの下に出なければ、本当に見にくい格好をしていた。その状態で足音もせずに、素早く移動しているのだから、万が一見られても、見間違いだったかもしれないと思われるだろう。そして、彼は適当な高さの木に軽く飛んで、太い枝に乗った。そこから町を一望する。


 そこまで大きくはない町。生贄と言うなら、地上にある家に閉じ込めておくのが一番簡単そうだが、生贄に逃げられないように、地下に閉じ込めておくための部屋を作っている可能性もある。なんにせよ、町を一望しただけでは町の構造くらいしか分からなかった。町の中央に大きな建物が集中していて、そこから離れるほどに建物の大きさが小さくなっていく。町の中央は開けていて、月明かりのせいで彼の格好は目立つ。そのため、彼は町の外周を回ることにした。




 世留は既に町の外周をタービュライより先に回っていた。町の入り口と出口になる部分では、見つかってしまうかもしれないため、そこには近づかないようにして移動している。彼はタービュライのような仮面はしていない。見つかれば、すぐに彼だとわかるだろう。彼としては適当に散歩していたとでもいうつもりだった。


適当に外周を回っているだけでは、つまらなくなってきた彼は空を見上げていた。星がいくつも瞬いている。その夜空は遊羽といつも見ていたものをあまり変わらなかった。今の状況を忘れて、空を見続けていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。世留はその足音を気にすることなく、夜空を見続けていた。


「えっ。っと、ひ、人。他の人」


 声が聞こえて、ようやくその声のする方をみた。夜空と同じ髪と瞳。髪は腰の辺りまであり、吹く風に抵抗なくさらさらと揺れる。瞳には、星空と同じ煌めきが見える。世留でも綺麗だと自然に思えるほどの見た目だ。服装は巫女服のようなもので上衣は清潔な白で、下衣は赤色で足まで隠すほどの長さ。彼女は世留を見て、驚いているようだった。彼が見たこともない生物であるかのような様子。


「ご、ごめんなさい。わ わたし、その、お世話をしてくれている人しか知らなくて、あ、そのわたし、禱花とうかって言います。あ、ああの、ごめんなさい。わたし、何言ってるの」


 慌てふためいている人を前にして、世留はその様子が面白くなってきた。声を出して笑ったり、笑顔になったりすることはなかったが、彼の心は遊羽が殺されてから初めて、面白いと思ったのだった。気分が良くなって、彼は彼女の自己紹介に返事をすることにした。


「俺は世留。この町には商人の護衛で来たんだ。ホシのヨルって祭りが終わるまでは町から出られないから、ここでこうしてくつろいでるんだ」


「へっ。あ、そうなん、ですか。わたしも夜空は好きです。じゃ、じゃなくて、なんでこんなところに?」


「散歩してただけだ。荷馬車の中にいても暇だったから」


「あ、そう、なんですね。確かに、じっとしていると、暇ですもんね。じゃ、邪魔しちゃ悪いので、わたしはもう行きますね」


 世留は彼女を引き留めることはしなかった。ただ、昼間の祭りの作業の時には町でその姿を見かけなかった。あそこまで綺麗な人ならすれ違うだけできっと覚えていられるはずだ。祭りの作業はこの町には大切なもので、町を上げて準備をしているはずなのに、彼女は祭りの準備をしていなかったのだろうか。それとも、見えない場所で作業をしていたのだろうか。その割には、疲れている様子はなかった。さらに、世話してくれる人としか会ったことがないと言っていた。祭りで何らかの辛い役目を与えられた者の待遇は特別なものになることが多いとフェリアが言っていたことを思いだした。


(彼女以外に、特別待遇の人物がいなければ、彼女が生贄の可能性が高い)


 そこで世留は大切な情報がわからないことを知った。それはホシのヨルまで後何日なのかということである。世留自身もそれを訊くのを忘れていたし、サラもきっと頭から抜けていたのだろう。


(とにかく、タービュライに聞いてみるか)

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