3-6 悪の始末
「……あっ」
ふくよかな男は自分に何が起こったのか理解していない。両腕の感覚がないとか、大量の血がそこから噴出しているとか、それはもはや、男の意識から外されている。ただただ、今何が起きたのか必死に理解しようとしている。そして、この場から逃げ出す方法を探していた。しかし、そんな方法はないのだと、かなりの時間をかけて理解した。それからようやく、自身の状態に意識が向いた。両腕が無く、そこからとめどなく血が流れていることに気が付いた。その瞬間、男は顔を青くして気絶した。そのまま放置すれば勝手に死ぬだろう。そう思い、世留は男を放置することにした。そして、決着がついた後、世留の後ろからサラが顔を出した。その惨状を見て、口元に手を当てている。
「可哀そうですね。でも、あなたが人々を可哀そうにする原因だったのですから、あなたの犠牲は、正しいものだと思います」
彼女はそう言いながら、腰についていたメイスを一本取り出す。それをそのまま気絶している男の頭に叩きつけた。ゴシャリと音がした。男の頭蓋骨が折れたのだ。そのあとに、もう二発追加で叩き潰す。もはや、顔の原型がない。
「せめて、次の人生では、可哀そうなことにならないように」
彼女は血だらけの手を組み合わせて、神に祈っていた。その姿は月明かりも相まって、狂気じみていた。祈りを済ませると彼女はメイスを振って着いた血を地面に飛ばした。服についてる血を見て、嫌な顔をしていたが、どうしようもないと考えて放置するしかなかった。
だが、ふくよかな男は始末したが、世留が相手していたのは男だけはない。死んだ男と一緒にいた男たちがそこにいるのだ。ボロボロだが戦えなくはない。二人の男が目の前の光景に圧倒されて、動かなかった時間が終わり、正気に戻る。そして、二人の男は祈り終わったばかりの、油断しているようにしか見えないサラに襲い掛かる。拳を振り上げて、拳が彼女に向かって伸びていく。世留は助けに入ろうとしたが、彼女の動きを見て、手を出すのをやめた。
サラは相手の腕を取ると、その腕を引きちぎるかのような力で腕を引き、振り回す。屈強そうな男が簡単に宙を舞っている姿は、もはや面白い。そして、彼女が手を離すと、空へ向かって飛んでいき、そのまま地面に引き寄せられて、地面に叩きつけられて血の花を描いた。決着は一瞬だった。世留ほどの力は無いが、彼女も十分に強いことが証明された。聖女と呼ばれていたという情報から、勝手にか弱いイメージを持っていたが、彼は自身の刀とメイスで打ち合ったことがあるのを思い出す。彼が攻撃を受ける側だったとは言え、相手のメイスを弾くことは出来なかったのだ。怪力と言うほかない力だ。
彼女は投げ飛ばして、殺してしまった男の方に体を向けて、再び指を絡めて祈りを捧げていた。
「可哀そうな人の、次の人生に祝福を」
祈ろうが何しようが、殺したのは彼女であることには変わりない。自らの命を守るためとは言え、全く罪悪感を感じていなさそうである。人を殺したことに動揺していない。勇者との旅で何度か人を殺したことがあるのだろうか。彼はそういう疑問が浮かぶほどに、彼女は殺しに慣れているようだった。
未だ、町には静かだった。誰一人として外に出ていない。もしかすると、この管理者がそういうルールを作って、夜に悪さをしていたのかもしれない。さすがに朝になれば、人が外に出てくるだろう。さすがに、この場にずっといるわけにはいかない。人殺しなんて呼ばれてお尋ね者になるのは勘弁だ。彼は、管理者の男の近くにあった白い袋を持った。何も入っていないかのような軽さ。片手で持つのも簡単だ。大きさも懐にも入る大きさ。彼はその袋を服の内側にしまった。
「そろそろ、行くぞ。誰かに見られる前に、この町を出る」
「わかりました。せっかく、可哀そうな人たちを救ったのに、その人たちから怖がられるのも嫌ですからね」
そういう話ではないが、言うことを聞いてくれるなら理由は何でもいい。目指す結果が同じなら問題はないはずだ。そう思って、彼は町の出口に歩いていく。その後ろにサラが付いて行く。しかし、町の外に出るための門は締まっている。そのことは忘れていたが、二人にとっては問題ないことだ。その門以上の高さで飛んで、柵を超えた。着地しても無事で、なんてことないことのようだった。
二人が出た門は、最初に入ってきた門ではなく、その門とは反対方向にある門だった。門の外は道と草原と森。その光景はどっちから出ても、変わらない。さらに辺りは暗く、景色は見えにくい。そのため、世留とサラは入ってきた門と同じ門だと思い込んで、そこにある道を進んでいく。
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