3-4 管理人
世留が頭を回している間、サラは血だるまになった男に治癒を施していた。だが、男は怯え切っていて、彼女の治癒を震えながら受けている。彼女にも何かされるのではないかと、男を恐怖が支配している。それも仕方のないことかもしれない。
結局、男が怖がったまま、おとなしく治癒を受けたおかげで彼の傷は完全に塞がった。しかし、男は怯えたままだった。そして、男は俯いてもう視線を彼らに向けることもなかった。
「可哀そうですね。その恐怖から解放してあげましょう」
彼女は男に掌を向けると、男はいきなり笑い出した。その笑いは幸せだから、楽しいから出るという笑いではない。狂気の笑い。無理やり笑顔にさせられているのだ。
この世界の治癒師は生物に流れる魔気に治癒師の魔気を流して、患者の魔気に作用し治癒能力をかなり上昇させて傷や病気を治すのだ。魔気とはこの世界の至るとこに流れるもので、生物の生存には必須のもの。体内に魔気を取り込めない状況になった時点で、死ぬ可能性が高まる。心臓が止まるのとほぼ同じぐらいに危険なことだ。そして、生物の中の魔気の流れに他人の魔気が混ざるということは、知識さえあれば体内の変化を好きなようにできるということになる。そして、サラは治癒師としての腕は最高と言っても過言ではないのだ。つまり、彼女は彼の脳に働きかけて、無理やり幸せを感じるようにしたのだ。
「どうです? 幸せでしょう。王国でも色んな人をこれで治療したんですよ」
彼女は本気でそう言っている。王国で彼女のその術を受けた人間は、目の前の男と同じような、恐怖のトラウマで精神異常を受けた者だけだ。この治療は誰にも言ってはいけないと言われながら、何度もその治療をした。また、シスターたちには内緒で町の路地裏でその術を使った回数も両手では数えられない。彼女はその術を、幸せになる治癒と呼んでいる。だが、実際はそんないいものではない。脳内に人間が耐えられない程の快楽物質を作りだす。それは明らかに毒だった。
男は一言も話さなくなった。うぅ、とうめき声を漏らすだけで、それ以外の反応はない。口から唾液が垂れて、それを拭うこともしない。この一瞬で男は廃人になってしまったのだ。
世留が考えるのをやめて、彼女の方を見るとおかしくなった男がいた。見た目は先ほどと同じだが、同一人物とは思えないほどだ。しかし、彼にとってはどうでもいいことで、彼は視線をサラに移した。彼女の顔を見ても、打開策は思いつかなかった。そのまま、彼らはその場から離れた。
「なんだ、これは。こいつがこんなんになるなんて、何をしたんだ。おい、おいっ」
その日の夜。サラが廃人にした男の目の前にふくよかな体で宝石の着いた指輪を三つほど指に付けた成金のような見た目の男がいた。彼は廃人の体をゆすり、正気を取り戻そうとしたが、全く無駄だった。廃人は息をしているだけで、それ以外は生きているとは言えない状態だった。もはや、思考能力がないと言っていいだろう。
「誰がこんなことを。……いや、探さない方がいいか。こいつは有能だったが下種だ。私との繋がりがばれるといけないな」
ふくよかな男性は一緒にいる屈強な男二人に、彼を指さして埋めろと命じた。男たちは頷いて、廃人を持ち上げ、その場から去っていった。
「ふむ。この町での活動もそろそろ潮時かもしれないなぁ。店をたたんでさっさとずらかるか」
ふくよかな男性は、廃人と同じような下種な笑みを浮かべていた。そして、その場所からどこかへ移動していく。男の移動先は一軒の家。木製の扉を開いて、中に入っていく。家の中は簡素な作りで、白いシーツのベッドに、簡単な一人用の机。キッチンもあるが使った形跡はない。後はいくつかの棚があるだけだ。男はベットの足元にある棚をずらした。そして、その棚のあった床面に扉がついていた。その扉を開くと階段がある。男は臆することなく、その階段を下りていく。階段を折り切ると、金属製の扉があった。扉には鍵がかかっているが、もちろん彼はその鍵を開けて、中に入っていく。扉の内側は、地上の貧相な見た目の町とは全く違い、金色の飾りが至るところに使われていて、柱にも細かい模様が彫られていた。床には赤いふかふかのカーペットが敷かれている。男はそのカーペットに靴の汚れが気にすることなく、歩いていく。壁や台に、絵や宝剣などの芸術品が飾られていて、男は一つ一つ、白い簡素な作りの袋に詰めていく。男がいくらその袋に物を詰めても、袋は膨らまない。袋は無尽蔵に物が入っていく。
「いやぁ、ここでも色々できたなぁ。金は稼げたし、宝剣も二本増えた。この部屋を放棄しないといけないのは少し惜しいが、自由あっての芸術鑑賞だし」
男はぶつぶつ言いながら、芸術品を回収していった。
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