必要のない僕。

霧矢 硯

第1話 俺と僕。

 僕は事故で記憶がなくなった。らしい。

 いわゆる記憶喪失。僕のは、逆行性健忘ぎゃっこうせいけんぼうというものらしく、事故以前の記憶が全くない。


 自分は誰だったのか、どんな人だったのか。年齢、家族のこと、自分の住んでいたところまでも、全て覚えていなかった。


 事故で頭に強い衝撃が加わったことで、記憶がなくなったらしいが、CTを撮っても異常はみられなかった。その為、数週間程度で病院を退院できることになった。


 すると、見知らぬ人たちが、僕の病室に入ってきた。


夜空ないと! 大丈夫か?」


  僕は夜空ないとという名前らしい。


夜空ないと! 覚えてるか?」


「失礼ですが、誰ですか?」


「そうか……分からないか……」


 元々暗かったその人たちの顔が、さらに暗くなった。


「じゃあ自己紹介。俺たちは夜空ないとの両親で、俺が、父の留守隆広とめもりたかひろ。そして……」


「私は、母の夕子ゆうこ……」


「両親……」


 両親の顔をしっかり見ても、やはり思い出すことはできなかった。


「なんて呼べば……?」


「前は、お父さん、お母さんって呼んでた……」


「じゃ……じゃあ、お父さん、お母さん」


 そう僕が言った瞬間、両親とも泣き出した。


「なんで……なんで夜空ないとが……うっ」


・息子の記憶がなくなったという事実。

・実の息子に忘れられていた両親。

・蘇る、記憶がなくなる前の息子との思い出。


 それら、色々なことを思い、溢れ出た涙だと僕は思った。


「だ……大丈夫ですか?」


 するとお母さんが口を開く。


「前の夜空ないとは敬語じゃなかった」


「じゃ……じゃあ僕、敬語を使わずに……」


「一人称も、僕じゃなくて、俺だったっ!」


「じゃあ、一人称も……」


「喋り方ももっとハキハキしてたわっ! なんで記憶なんかなくすのよ!?」


 僕も記憶をなくしたくてなくしたわけじゃない。

 それは両親も分かっていると思う。


「私、帰る……」


 本当に帰ってしまった。


夕子お母さんは、夜空ないとの記憶がなくなったことをまだ受け止めきれていない。だから、夕子のサポートをしなければいけない。」


夜空ないとのことも全力でサポートするから。全力で記憶を戻してくれ」


 僕は思った。


 の記憶を戻す努力=の自分は要らない。

 そう考えてしまう。


 考えすぎなのは分かっているが、でもつらい。


 それを僕は変えていきたい。










 







 


 

 


 

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必要のない僕。 霧矢 硯 @suzuri_kiriya

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