最悪 7
「いやあ、君もタイミングがええねえ。さっきクリニックに入って行ったの見たよ。まさかそれが噂の新人とは思わんかったなあ」
やや訛りのある独特の口調だった。ステアリングを握るサラリーマン風の男は、やはり人の良さそうな意味を浮かべている。その横では大柄で威圧的な男が憮然とした態度で腕を組んでいた。
「刑事なんだったら手を貸すくらいしろ。何で無視した」
彼は振り返って俺を睨みつける。目つきの鋭い、口の大きな男だった。
「二人のバランスがあまりに見事だったので。何も分からない僕が間に入るとむしろややこしくなるかと思ったんです」
素直に答えると、助手席の男ははあ、と苦々しく溜息を吐いて向き直った。そして運転席の男を指差して、
「こっちが
無愛想に名乗った。美吉野と呼ばれた男はステアリングを右に切りながら、よろしくう、とどこか気の抜けた声で挨拶をした。
「あっ……宜しくお願いします。美吉野さんと、宍戸井さん。一係の二ッ森です」
「知ってるよ。元相棒を半殺しにしたって?」
どくん、と心臓が鳴った。全身の毛が逆立って、辺りの光景が一瞬白んだ。木霊するサイレンが酷く遠い世界の音に聞こえる。目の前の男が何かを言ったようだったが、口が動いている、という事しか分からなかった。
「宍戸井さん、ダイレクトすぎ。ごめんなあ二ッ森さん、この人こういう人間なんよ」
のほほんとした口調で謝られて、俺は呆然と「はい、すみません」と口にしていた。宍戸井さんはそれが気に入らなかったのか、ふんと鼻で笑った。
元相棒を半殺しにした――語弊はあったが、概ね事実だ。
俺が特課に左遷される原因となった騒動、元相棒に対する暴行事件。
ここ数年、
元相棒も反対派だった。理論的に反対していたのではなくて、感情的に毛嫌いしていた、というのが正しい。俺は彼のバックグラウンドをよく知らなかったが、どうやら五年前の一連の混乱で友人を一人失っているらしかった。
俺自体は機械の体だが、そうであることに好きも嫌いも賛成も反対もあるわけない。だが、そうでない人間ほどそういうことに拘るのだ。特に彼のように、間接的に被害を受けた第三者なら尚のこと。だから彼が友人が死んだという理由で
勿論お互いのためにならないから相手を変えてくれ、と上司には訴えていた。しかし半身
今でもあいつの顔を思い出すと怒りが湧いてくる。
「事実だろ。俺はこれでも褒めてんの」
だから宍戸井さんの発言に、思わず面食らってしまった。
「ははっ、半殺しを褒めるん? ポジティブだなあ宍戸井さんは」
どちらかというと美吉野さんの方が、俺の前評判を聞いて警戒しているようだ。そりゃあ良識のある人間ならそうだろう。俺は思わず宍戸井さんに詰め寄った。
「何でですか」
宍戸井さんは反射的に身を竦めて、それと分からないくらいに苦笑を浮かべる。
「俺もね、右足の膝から下
彼は言いながら右足を軽く振っているようだった。座席の向こうの右足はスラックスに包まれていてよく見えなかったが、一見ではやはり機械義足か生身の足であるのか判別がつかない。
「別に俺達だって好きでこんな体になったわけじゃなくない? あなただって事故とかでしょ」
「ええ、まあ……」
「俺も事故。なのに
「え……あ、はい……」
まさかこの件でお礼を言われることになろうとは。しかも相手が相手だ。俺は宍戸井さんのことをまったく、これっぽっちも、噂ですら知らないし、さっきのデモ隊への態度を見て高圧的で嫌な野郎かもしれない、なんてこっそり思っていたけど。実は分かり合える箇所の多い人間なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます