異界からの訪問者

獅子島 こた

第1話 

この町には、いまだ多くの伝承や逸話だ多くある。

 有名な者であれば、『鬼』と呼ばれる者であったり、西洋でよく聞く『吸血鬼』、

人間に化けることが出来る『獣人』だ。人はその三つを『魔物』や『妖怪』と呼ぶ。

 そして、その三つの者を退治する役目をしていた存在がいる。それが、『陰陽師』であったり、『聖職者』または、『エクソシスト』と呼ばれる存在である。

 その血は今現代において、薄れたものかと思われたがいまだ根強く残っていることもある。そう、この町にはその血を継ぐ者が今も尚、存在しているのだ。


「マサ。昨日の月見たか?真っ赤な月だよ。絶対何か起こりそうな予感がするよな?いや、もしかしたらもう起きてたりするのか?!」

「いや、なんでそれを俺に聞くわけ?関係ないし、考えすぎだろ。」

「陰陽師の家系の人間なんだから何か知ってるかと思ったんだよー。だって、滅多にない事なんだろ?なんだっけ、なんて言うんだっけそういう現象のこと、確か…」

「ワルプルギスの夜」

「そー!それそれ、さっすがラヴィアン!」

「くだらない…」

「なんだよ、マサ。つれないなー!」

「うるさい」


 雅大は、窓の外に向けていた目線を突然降ってきた声の方に向ける。

 そこには、日本人とは思えないほどの綺麗なブロンドと真っ赤な瞳をした男がパックのトマトジュースを飲みながら立っていた。何故か視線は、雅大に向けられている。

 その赤い瞳に、雅大は背筋に冷やりとした感覚を覚え交わった視線を逸らす。


「あ、ラヴィアンの目って昨日の赤い月みたいだよな!」

「あは、魔物ってこと?…馬鹿にしてる?」

「違うって、すごむなよー怖いから」

「ごめんごめん。冗談だよ」


 一瞬、冷たい空気が教室に漂った。思わず身構えた雅大にラヴィアンは微笑む。

 雅大は、ラヴィアンが恐ろしいと感じている。ラヴィアンがこの学校に来たのは、つい最近の話だが、皆元々居たかのように彼と関わっていることに、雅大は違和感を感じているのだ。

 彼は、もしかしたら人ではないのではないかと疑ってしまい上手く話すことが出来ない。普段も避けるかのように話を逸らしたり目を合わせないようにしている。


「ねぇ、オレのこと避けてない?」

「うわぁ!」


 話しの隙を見計らって、教室を抜け出した雅大は廊下を歩いていた。誰もついてきていない事は気配から読み取っていたはずなのに、声を掛けられた時には真後ろに彼はいた。


「なんで、避けるのさぁ」

「なんでって、怖いからだよ。お前人じゃないだろ」

「あは…バレてんだ?やっぱり陰陽師の家系だからか?流石だねぇ」


 雅大は背中に冷や汗が伝うのが分かる。心なしか辺りも静かになって冷えていく感覚が感じられる。

 目の前に立つ、男は嘲るようにこちらを見つめその整った顔を歪ませ笑う。


「なにがおかしいんだ」

「いやぁ?面白いなって思ってな、だっておかしいだろ?人じゃないって分かってんなら、オレを始末する瞬間は大いにあったろ、なのにお前はそれをしなかった」

「そ、れは…」

「あぁ、お前弱いのか」


 耳元で囁く声が、ぞくりと心を抉るようにゆっくりと落ちる。


「うちの子になにしてんのよ!!」


その声と共に、ラヴィアンはよろける。

 空中から現れたかのように、綺麗に着地をしたのは雅大の幼馴染みの花園いとだ。


「い、いと…?」

「後輩ですよ?!出会い頭に殴ってはいけません!」

「は?後輩?こいつからは人の気配がしないんだけど」

「……なんなんだよ、アンタ」

「アンタこそなんなのよ」


 雅大は、頭を抱える。いとの友人は焦ったようにラヴィアンの怪我の具合を確かめようと駆け寄るが、払いのけられやっと事の異常さに気付いたのか黙り込んでしまった。いとは、変わらず雅大の前に立ちラヴィアンを睨みつける。

 このままでは、大変なことになると思い雅大は二人の間に入り込み手を上げる。


「場所!変えよう!」


 二人の手を掴み、雅大は外へ出る為に廊下を走った。

 誰も居ない場所を目指し、建物の裏に逃げ込む。だが、息つく暇もなく二人は睨みあっている。


「おい、何者だアンタ」

「アンタこそ何者よ、妖魔の気配ではないけれど…昨日の異空間の裂け目から来た奴?」

「…まぁいい。小物と一緒にはされたくないんでね、教えてやるよ」


 ラヴィアンは、壁に背を預け気だるげに二人を見据える。


「オレは、吸血鬼だ。ここにはとある目的があって来た」

「目的?」

「…答えただろ、アンタも答えろよ」


 話を逸らすラヴィアンに不服そうだが、いとは構えを解き真っ直ぐラヴィアンに向き合う。


「私は、花園いと《はなぞの》。この子の幼馴染みよ」

「アンタも陰陽師か?」

「いいえ、私は巫女よ」

「ふーん。で、お前は?」

「え、俺?」

「よく考えてみりゃ、オレはアンタとちゃんと話したことがないし名前も知らない。避けられるしな」


ラヴィアンは、余裕を持った笑みを雅大に向ける。

 雅大は嫌な気分になりながらも、これで関わらずに済むならばと意を決しラヴィアンに応える。


「俺は、里見雅大さとみまさひろ。一応陰陽師の家系の人間…」

「一応…ね。宝の持ち腐れか。勿体無いな、そこまでの力を持っておいて自信が無いのか?」

「……」

「アンタはもっとシャキッとしなさいよ!吸血鬼なんかに言い負かされんじゃないの!」


 いとの声に、雅大は耳を塞ぐ。

いとの言葉には他意はないことは、雅大自身が一番分かっている。いとは巫女として昨夜の騒ぎに調査隊として派遣されている。だが、雅大はただ安全圏である自身の屋敷の敷地内から赤い月を見つめていただけだ。

 何もしていない自分が、役に立たないことは分かっている。なのに、他人は自分でも分からない自信を押し付けてくる。

雅大は、それが大嫌いだった。元々家督を継ぐのは自分ではなかった。だから、妖魔も人外とも縁がない人生を歩みたいとずっと願って生きてきた。

 しかし、今目の前には西洋でよく聞く妖魔が居る。雅大は関わりたくなくてずっと無視してきたのだ、話せば戦闘に持ち込まれるのも真っ平ごめんで、巻き込まれるのも面倒だった。そして、その存在を認めない為にも、雅大は敢えてラヴィアンを避けた。

 実際、ラヴィアンがこちらに気付き声をかけてくるとは思いもよらなかった。既に想定外の出来事で頭はパンク寸前だ。


「………か」

「は?」


二人の声が重なる。

 雅大は、キリキリと痛む胃に手を当てながらラヴィアンに言葉を投げた。


「とりあえず、帰ってもらえませんか…」


 雅大の言葉に、ラヴィアンは顔を引き攣らせた。

 いとの、絶叫にも似た声が校舎に響き見回りの教師に居場所がバレたのは一瞬だった。






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