4-7

「……そう、大変な思いをしたのね……」


 冬森は宮西を引きつれて、彼女の目指す目的の場所まで足を運んでいく。上空を支配するのは完全なる闇、時刻はすでに午後六時を回っていた。


「その能力、やっぱり不気味だなんて思ってる?」


 冬森のやや後方を付いて行く宮西は小さく頭を振り、


「『魔法使い』さんのことを不気味、怖いと思ったのは最初だけで、時間が経つにつれてむしろ温かみさえ感じますよ。僕のため、っていう行動を取ってくれることも多いですし……。まあ、イタズラっぽいこともしますけど。だけど正体が分からないことは今でも怖いです。僕の頭がおかしくなったんじゃないか、病気になったんじゃないか、と思うとやっぱり怖くなっちゃいます……」


 二人が歩いているのは、街の中心部から外れた場所だった。目に見えるのは賑やかな繁華街ではなく、実験施設や自然などが多くを占めている。ブレザー越しであっても、感じる温度は数時間前に比べて若干冷たくなっていた。


「その能力のこと、羨ましいだなんて思ってごめんなさい。そうよね、怖いに決まってるわよね」


 宮西はやや間を置いて、


「この『王女気取りの魔法使いパラサイトクイーン』のことを羨望するのはおかしくないことだと思います。実際、とても便利ですから……。知識の量は、本当に底なしだと言えるくらいはありますし、身体を貸してあげればスポーツだって万能です。……僕の体力が続く限りですけど」


 最後の方は小さな声で付け足す宮西。そんなに体力がコンプレックスなら鍛えてしまえばいいのにと思う冬森だが、元のポテンシャルが低いのだろうか?


「その人格は自分のことを語らないの? ほら、手を貸してあげてノートなりに書かせればお話しできるんじゃない?」

「やりましたけど……、教えてくれるのは、性別が女ってことと魔法使いってことを自称するだけなんですよ。たったそれだけしか教えてくれません……」


 だから『王女気取りの魔法使いパラサイトクイーン』なのかと、冬森は納得した。


「もう一つ訊いていいかな? 宮西くんのお姉さんのことを」

「訊きたいことは分かってます。僕がR4に参加したのは、結局は姉を助けるためなんですよ」

「助ける?」

「僕の能力はロジックとは違うと言われてますけど、一応は分類上ロジックと認定されています。姉とロジックには何かしらの結びつきがある可能性があります。そして、ロジックの使い手に会うことが、その結びつきを掴める可能性があると思います」


「結びつきって、やっぱりあの夜が関係して……?」

「はい、この能力の発現はあの夜のすぐ後なんですよ。あの日、僕を自宅まで運んできてくれたのは姉……。なのに、姉は僕が公園で寝ていただけだなんて言ってるんですよ。本当は近くで遺体が発見されたのに。それに気が付かないで済む話ではないと思います」

「そうね……私もそこ、引っかかったわ」


「そして、あの夜以降姉に変化があったと思います。それこそ好みだとか、振る舞いだとか……誤差と言い切れる範囲かもしれませんけど。でも藤島さんを襲った姉は、これまでの僕が見てきた姉とは全く違った」

「それって、人格が全く違う二重人格じゃ……」


 宮西の境遇を聞いたからか、漠然と口から出てきたその言葉。


「僕だって、ひょっとしたら僕と同じような二重人格で、別人の裏の顔が出てきているだけじゃないかと思いました。けど、結局それは二重人格じゃなくて、単に元の姉の本性だったとしたら……」

「つまり、別々の人格が宿っているなら助けたい気持ちがあるけど、単に宮西くんの前だけに都合のいい顔を演じきっているような姉なら助ける気になれないと、そういうことよね?」

「…………」


 宮西は黙りこくる。しかし、冬森は宮西に目線を動かして、


「なら、まずはお姉さんに会いましょうよ?」

「……え?」

「好きなお姉さんを助けたくてR4まで来たんでしょ? なら、とにかく好きだった頃のお姉さんを助ければいいのよ。実際に会ってみてそうじゃなかったら、その人は助けなくていい。だから、まずは心に整理を付けて現実世界で会ってみましょうよ」


 二人は話をしているうちに、街から離れた高台に到着した。坂と階段を登ってここまで辿り着いた冬森と宮西。

 ふと、冬森は気になることを口にした。


「ねぇ、宮西くんの睡魔ってその能力が関係してるものなの?」

「……あの夜以降、睡眠時間が平均一・三倍になりました。いや、それでも寝足りないくらいですね……。それに身体を貸してあげると、さらに疲れは増えます。一つの頭に二つの人格が宿っているから、まあ当然のことと言えばそうなんですけど……」

「……そんなっ、なら説明会のときに言えばよかったのに!」


 宮西は目を細めてふっ、と小さく笑った。一種の諦めとも取れるような顔ばせと一緒に。


「……どうせ説明したって簡単に信じてくれるはずはないんですよ……。いや、説明したって気持ち悪がられてきただけだし……」


 冬森は何も言えない。だって、初めて彼の能力の存在を耳にした時、まんま彼の言う通りのことを思ったから。

 だからって、それだけで終わらせるには納得いかなかった。

 冬森はその場に立ち止まり、宮西の頭を豊かな胸元に抱き寄せた。


「ふっ、冬森さん! むっ、胸が……」

「黙って味わいなさい、出血大サービスよ!」冬森は小さく見えた後輩の頭を、白く細い指で優しく撫で、「何も知らないであの時は怒っちゃってごめんなさい……。辛かったのね、なかなか理解してもらえる人がいなくて……」


 しばらく宮西を抱き寄せた冬森。彼は何も言わずに彼女の豊な胸に顔を埋める。そして、ゆっくりと宮西の顔を上げさせ、


「――――到着したわ。ここが、私が見せたかった光景よ」


 冬森は宮西の手を掴み、彼女が見せたいものに向かって誘導してあげた。


「…………わぁ……」


 漏れたのは溜息とも似つかわない感嘆。

 空を支配するのは暗闇。しかし、高台から見える街並みは、そんな暗闇に支配されることを拒むように、いくつものあかりがともされる。小さな蛍の集まりのように、少年の目下の世界は照らされる。夜空を彩る星々も、上空に浮かぶ満月も、世界を輝かす一員だと言わんばかりに煌めいていた。

 街の中央にそびえるビルは、数々の高いビルをものともしないように、高く高く夜空に伸びていく。そしてそのビルを囲むように、ドーナツ型の展望台が街に広がる。


「これが私の宝物かも。人に見せるのは、たぶん宮西くんが初めて」冬森は宮西の手を取って手すりまで彼を誘導し、「ここは広い世界でしょ? 困ったことがあったり、嫌なことがあったりするとね、いつもここに来るの。だってこんな広い世界と比べると、私の悩みなんてちっぽけだな、って思えるから……」


 宮西は握られた手を、ギュッと握り返した。


「何だか宝石箱をひっくり返したみたいですね……。冬森さんの言う通り、僕の悩みなんて小さな存在なのかもしれませんね……」


 冬森は宮西の顔を伺った。そして確認を終えると――彼女の口元も自然と緩んだ。

 そして冬森は宮西に、確かな意志をもって告げた。


「――――『イマジナリー』、絶対にその真相を掴みましょう」

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