2-7

 宮西と冬森の二人は、『キューブ』本部傍にある小さな公園のベンチに腰を下ろす。


「……して、……どうしてよ……」


 右隣からだった。

 冬森はフルフルと小刻みに身体を震わし、俯きながら小さく呟く。そして彼女は勢いよく宮西を向き、


「どうして私を助けたのよ!? まだ望未たちがいたじゃない! あの子たちはどうなるのよ! ねえ!?」


 強く宮西を睨み、激しい口調でまくし立てる冬森。その両目の縁には涙が溜まっていた。


「助けてくれなんて一言も言ってないわ! 余計なお世話なのよ! ねえったら! 何か言いなさいよ!!」

「……とにかくあの場では逃げることを優先しました。あの青髪の敵は未知の力を持っていて、強いと言われているはずの『キューブ』でも歯が立たない様子でした。ですから、僕は一番強い冬森さんを連れて逃げることだけを考えて、その後で作戦を考えていく方法を取りました。それと……冬森さん以外の方たちは僕の器量じゃ助けられません……。それに、もう間に合わなかったと思い――――」


 突如、冬森は宮西の胸ぐらを掴み上げた。


「…………ッ!! まだどうなるか分からなかったでしょ! 私があの場にいたらまだ分からなかったでしょ!?」

「……ぐぅっ……無理だったと……思います。お言葉ですが、踏みつけられていた冬森さんでは、どうあっても太刀打ちできなかったと…………思います……」


 胸ぐらを握る手を一層強め、下唇を噛み押し黙る冬森。だが、数秒が経過したのち、力なくその手を離した。


「……どう……して! どうして助けられなかったのよ! 『キューブ』のリーダーなのに! なのに……ッ!」


 右手の握り拳でベンチを強く打ち付けた冬森。その振動が、衝撃が、宮西の太ももや臀部に伝わってくる。


「……僕は『キューブ』の方針を聞きました。自分の責任は自分で持て、厳しい方針だとは思いますけど、その方針には特に疑問を持ちません。ですから、何も冬森さんが全てを背負う必要はないと思います……」


 ギリッ、と奥歯をきつく噛む冬森。


「チームのリーダーがそんな心構えで許される訳ないでしょ! ……望未と約束したのに……。もう、逃げないって決めたのに……。素人が変な口を挟まないでよ!」


 冬森は錯乱していた。両手で艶のある整った金の髪をクシャクシャにして、首を横に振って、涙声で叫んで……。


(……仕方ないか……。目の前であんなふうにチームメイトを傷つけられて……)


 宮西は純粋に思った。


 しかし、このままでは埒は明かない。いつまでたっても錯乱しているようでは、先に進めないのは明白。

 宮西は何か決心したようにベンチを立ち上がり、俯きながら髪を乱暴に掴む冬森の前に立つ。


「……なによ! バカにでもしたいの! あーそうよねっ、私をバカにしたい気持ちは十分に分かるわ! さっきまで散々調子に乗ってた私をバカにしたいのよねっ! バカみたいにリーダーぶって、何一つ守れない私になんて、バカなんて言われるだけじゃ済まないわよねぇ!!」

「とにかく落ち着いて下さい。落ち着いて冷静にならないと何も始まりませんよ? それに、バカバカ言いすぎです。本当にそうなっちゃいますよ?」


 宮西は柔らかな口調で、決して怒気をその言葉の中に含ませることなく語りかける。

 だが、しかし、冬森はギロリと咎めるような視線を投げ、


「……ケンカでも売りたいの? 生憎、今の私にそんな余裕はないわよ、ねえ!? 私の前から消えてよ!! 目障りだから消え――――」


 突然だった。

 宮西が大きな声でまくし立てる冬森の口の中に両手を突っ込むのは。

 そして宮西は人指し指で、冬森の唇の端を引っかけてぐいーんと両側に伸ばした。にぃぃー、と強制的に笑顔とも言いとれるような顔の形を作らされる冬森。


「…………ふっ」


 口から空気を漏らすように、小さく笑う宮西。

 目を真ん丸にする冬森だが、みるみるうちに顔をカァァと赤くし、


「は……はひよっ! はひをふうおよ!?」


 口を無理矢理引き延ばされているせいか、綺麗な言葉で伝えられない冬森の様に、もう一度ふっ、と笑みをこぼす宮西。

 気が済んだのか、宮西は冬森の口の中から両手の人差し指を抜き、トランプとは別のポケットに入っているポケットティッシュを取り出し、銀の糸を引く冬森の唾液を拭き取っていく。


「わっ……笑わないでよ! それに、ティッシュで拭くぐらいなら指を突っ込むな!」


 その言葉にキョトンとした宮西。


「えっ? 唾液汚いじゃないですか? 拭き取ることはおかしいことですか?」

「……ぐっ! 女の子の唾液を汚いとか……最低限のデリカシーくらい持ちなさいよ……って、ちょっと!」


 あろうことか、唾液を拭き取ったティッシュをポイっと後ろへ放り投げた茶髪の少年。何の悪気もなく投げたことに驚いた冬森はすぐ先の宮西を手で退けるようにし、ベンチから立ち上がり、


「デリカシーもなければマナーも守れないの? ったく、常識を疑うわね……。親の顔でも見てみたいものだわ」

「あれ? 立ち上がってどうするんですか?」

「どうするって……、キミが放り投げたゴミを拾いに行くんでしょうが……。それに私の唾液を含んでるのよ? 悪用されでもしたらどうするのよ……」


 宮西は首を横に傾げた。


「――――ゴミならちゃんとゴミ箱に捨てたつもりですけど?」


 ベンチから三メートルほど、宮西によって放物線を描かれたゴミは彼の言う通り、ゴミ箱のど真ん中に落ちていた。


 ゴミ箱の中身を見て固まる冬森、


「……スポーツでも経験してたの? 後ろも見ずに、あんなピンポイントで……」

「答えは後になって分かると思いますよ」


 宮西は瞼に掛かる髪を指で掻き上げ、


「まあそれより、落ち着きを取り戻してくれたみたいですね! よかったです!」

「……あっ」


 ハッ、と思わず口元を覆った冬森。

 宮西はパンッと手を叩いて笑って、再びベンチに腰を下ろす。冬森は唇をもぞもぞさせるが、結局何も言わずに宮西と同じくベンチに腰を下ろした。

 と、今度は冬森の顔をじっと捉える宮西。急な動作に一瞬ピクリと肩を震わせた冬森。


「どっ、どうしたの? 何か言いたいの?」

「いいですか、どうか怒らずに聞いて下さいよ?」


 一旦間を置き、宮西を見つめ返す冬森だが、


「……分かったわ……。聞いてやろうじゃないの……」


 確認を取った宮西は、それこそ整った顔立ちがくっきりと目立つほどに真面目な顔で、


「冬森さんの力では絶対にあの青髪の少年には勝てません。断言しても良いと思います」


 ブチッィ! と何かが切れるような音がした。

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