2-6
青髪の少年は呟いた。たったそれだけ。
「なっ!」
それだけで。
動けない。まるで全身のあらゆる箇所を接着剤で固められてしまったように、全く身動きが取れずにその場に立ち尽くす。
そして。
「い、やああああああああああああああああああああああああああああああああ」
タイムリミットは訪れる。銀の十字架は『聖女』の喉を貫いた。大量の鮮血が噴水のように、彼女の周りに吹き出す。粘性のある真っ赤な液体が、羽織るブレザーや絨毯に洪水を作っていく。やがて血が足りなくなったのか、『聖女』はバタリとその場に倒れ込んだ。
静かに無言でその光景を見つめる宮西。
と、その時、青髪の少年が、
「落ち着けよ、冷静になれ。今のお前が動けないのは、俺がなにかをしたからだ。だから、無闇に突っ込むことは止せよ?」
彼は静かに告げる。
けれども宮西は口元を僅かに歪め、ゆっくりと首を振った。
「僕はいつでも冷静ですよ? それだけが取り柄みたいなものですから」
そして――――彼は腕をスッと振り下ろした。
投じられたトランプ。風に乗るように水平に、青髪の少年の下へ飛んでいく。
「なんだと!? そんなバカな!?」
余裕ぶっていた面貌は消え去り、血相を変えた青髪の少年。少年はトランプが飛んでくるや否や、足元の冬森のことなどお構いなしに横へ飛ぶ。
だが途中で減速したトランプは、ヒラリと蝶が舞うように冬森の上に落ちる。
宮西はニヤリと口元を歪めて、
「今のは対象物を浮かして飛ばすだけの魔法、それだけですよ? だから逃げなくてもいいのに」
それは『
そしてそう告げた後、突如、宮西はあろうことか窓ガラスの方向に走り出す。しかし、
「勝手に逃げ切れると思うなよ!?」
けれども、宮西はポケットからトランプを取り出し、青髪の少年にそれを投じる。そして投じられたトランプはボン! と音を立て小爆発を起こした。
「もう一枚!」
宮西はポケットからトランプをもう一枚取り出し、今度は窓ガラス向けて投じる。再びボン! と音を立てて窓ガラスを巻き込むように爆発したトランプ。
床に倒れ込む冬森との距離はほんのわずか。五人の『処刑人』にも、血だまりに転がる『聖女』にも目を向けずに宮西はひた走る。
「させるか! 止まれッ! 止まりやがれッ!」
青髪の少年は、床に転がりながらも必死に叫ぶ。
「くっ!」
ガクン、と脚の動きが止まる宮西。それでも彼は脚の動きを止めない。そして――冬森の右手首をガッチリと掴んだ。
「冬森さん! 僕の手を放さないで!」
宮西は力の限り冬森を引っ張り、割れた窓ガラスに、走ったときの勢いを利用して飛び込んだ。
一面澄み切った青空の下、二人の身体を風が包み込む。ビル二十階の高さ、地上のスケールは小さく見えた。冬森の金髪が宮西の頬を絡みつく。彼女の風格漂うその眼の端からは数滴の雫が空を舞う。
「冬森さん、後は任せました! 僕を助けてください!」
眠るように目を閉じる冬森に届くように、大きく叫んだ。
地上までの距離はみるみるうちに縮まっていく。そして、地上に届くまであとわずか。グっと、目を一層強く瞑る宮西。
「……………………」
そうしてゆっくりと瞼を開けた。
――――二人は何事もなかったかのように、無事地面に倒れる形で着地していた。
「運動エネルギーを零に」
口元を伝う血液を右の親指で拭い、ゆっくりと立ち上がった冬森は重く呟いた。――宮西にその顔を見せることなく。
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