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 ざっと二十人前後の人間が、男女問わずに集合していた。年齢層は中学生ほどの少年少女が三分の二を占め、宮西のような高校生ほどの人間は少数であった。


 幅十メートル程度の狭いステージに、十列の木製のベンチが並んだ集合場所。

 場所は街中にある石畳の広場。広場の中央に設置された立派な噴水から噴き出る水が、空気を白く濁し、太陽の光と相まって微々たる虹を描き出す。他の場所にもポツポツと団体ができていることから、この『キューブ』と同じように他のチームでも説明会が開かれるようだ。


 改めて少年少女の様子を拝見する宮西。


 この『キューブ』の説明会に訪れている少年少女らは、ほとんど知り合いと一緒に来ているようだ。宮西のように一人ポツンと周りをキョロキョロしている人間はほとんどいなかった。


(……まあ、これから友達になればいいワケですよ……。で、ですよね……?)


 とは思いつつも、妙な不安感を覚える宮西。仲良くおしゃべりをしているところに、第三者として馴れ馴れしく入っていくことほど難しいものはない、いくらコミュニケーションにそれほど抵抗感をもたない宮西でも、頭によぎった方法については抵抗感を覚えてしまう。


 と、相変わらず一人ぼっちの人間を探すために首を動かす宮西は気がついた。――艶のある金のロングを靡かせ、一人の少女がステージ端からやって来ることを。

 おしゃべりをしていた少年少女らは自然と口の動きを止めた。そして、この場にやって来る金髪の少女に見とれるように、視線が固定される。


 冬森凛檎ふゆもりりんご


 二百人前後をまとめるチーム『キューブ』のリーダー。R4でも屈指の実力者で、十本の指に入るともされる魔法使いてんさい


 端正な顔つきに、風格の漂う幾ばくか鋭い視線に少女らが釘付けになる。ベージュのブレザーに隠れる豊満な胸、白い脚を露出したスカートは少年の目を引いた。

 豊満な胸になぞるように掛けられたシルバーの十字架のアクセサリを光らせ、冬森凛檎はこの場に集合した面々に視線を向ける。


「本日は『キューブ』の説明会に集まってくれてありがとう。ここではチームの方針をざっと説明して、本部の見学会を設ける予定なのでよろしく」


 彼女の横には付き添いの人間だろうか、シルバーのポニーテールの少女が冬森とは対照的に、スラリと伸びたモデル体型、顔から放たれる柔和な笑みでこの場に集まった面々を捉えていた。


 素早く面々を確認した冬森凛檎は話を始めていく。ここに居る人間のほとんどがR4初心者であることを配慮して、まずはR4での心構えから。大まかな話からゆっくりと細部に入っていき、一言一句無駄なく説明していく。R4特有の考え方に慣れてもらったら、次は『キューブ』の目指していく方針について、これまた丁寧に話を重ねていく。


 その話し方、力強い説得力、リーダーとしての振る舞いに、少年少女はうっとりした様子で話に耳を傾けていく。


       ◆


「京ちゃんどうしたの? そんなにしょんぼりして……、よしよし」


 暗い表情でトランプを弄っていた自分の頭を、彼女はそっと包み込むように撫でてくれた。

 気持ちは嬉しかったが、今の自分は素直になれなかった。


「……別に、ちょっと失敗しただけだから……。失敗なんてよくあることだし……」


 宮西は机の上にキラリと目立つ銀のメダルを、彼女に見つからないように手で退けた。


「なーんだ、銀メダル取れたんだ! おめでとう、京ちゃん!」


 事は年に一度開かれる手品大会でのことだった。客が引いてくれたトランプの絵柄を自分が見ずに当てるという手品だったのだが……、結果的に成功したものの、手品の最中に一枚の手札を床に落としてしまった。


「アレのせいで、芸術的なトコロで減点されちゃった……」


 暗い宮西の様子に苦笑しながらも、少女は適当にトランプの束を手に取った。


「よしっ、お姉ちゃんがとっておきの手品を見せてあげるっ」


 彼女は元気よく宣言すると、宮西に見せつけるように、器用にトランプを切った。


「うんうん、京ちゃんの持つハートのエースとダイヤのキング以外の中で、お好きなカードを一枚言ってく~ださいっ」


 何をしたいんだ、と呆れながらも姉の言う通り、好きなカードを思い浮かべた宮西。


「…………ジョーカー」


 彼女は宮西の言葉を受け、トランプを丁寧に切った。そして、


「はい! 京ちゃんの後ろを見てみましょう!」


 後ろ? まさかと思い後ろを振り向くと、


「どうして……どうして後ろそこにジョーカーが……?」


 問題はカードを言い当てたことではなく、どうやって自分の背後へ置いたのかだ。

 教えてほしいとせがむ弟に、姉は優しげな笑みで彼の要求に応えた。


       ◇


 ポンポンと、肩に衝撃が走った。それに反応して、ゆっくりと重くなった瞼を開ける。


「……………………うぉわわ!!」


 思わず腰が引け、後ろに倒れそうになる宮西。


「えっ、えーっと……、その……」


 すぐ先にあの冬森凛檎がいた。

 それも腰を折って至近距離でジーっとジト目で少年を見つめ、柔らかそうな頬をぷっくりと膨らませて。


 バツの悪そうな顔で、冬森から心なしか目線を外す宮西。表情の作り方に困ったのか、とりあえず唇の右端を力ずくで吊り上げ、ははっ……と漏らす。……全面に押し出された大きな胸元に対する視線に困ったのもあるが……。


 しかし。


「ったく、居眠りするなんて信じられないわよ! ヤル気がないなら出てって」


 こめかみに数本のしわを作り、恨みを含みながら宮西を見つめる。

 ここに集まった少年少女らの注目も、自然と宮西らに集まる。


「とっ、というか……、本で見たことをお話しされていたので、僕は聞かなくていいかなー……って……。R4の心得も、この二週間で十分に叩き込まれましたので、まあ、大丈夫かなー……って。いやいや、僕だって悪気があって眠ったワケじゃなくて、その……」


 手をあたふた仰ぎながら、早口で言い訳の述べていく宮西。

 だが冬森は至近距離で宮西を捕え続け、一瞬ビクンと肩を動かした。


「本で見た内容だからって、私がこの場で話していることを聞かなくてもいい、ですって?」

「あっ、ごめんなさい! いやっ、その無駄なことはしない主義でして……あっ」


 宮西はそっと右手で口を押えた。


「……む……だぁ? む、むむむむむむむむ無駄ですってぇ!?」


 ピクピクと唇を震わせて、いっそう睨みを利かせる冬森。地雷を踏んでしまったと心の中で猛省する宮西。

 マズイ、襲われる! そう確信した宮西。しかし、意に反して冬森は甘い香りとともに金の髪をフワリと振りまいて、


「……もういいわ。黙ってそこに座ってなさい……」


 心底呆れたように吐き捨てると、冬森は宮西に右手を差し出してパチンと小さく指を弾いた。

 そして。


 ――宮西の周りから音が消えた。


 彼の口から発する言葉も、周囲の物音も、宮西の耳からは一切消えた。

 冬森はぶつぶつと唇を窄めて口を動かしていたが、宮西の耳に全く届かない。


(僕の耳の機能が失われた……? いや、それよりも……)


 耳に特別痛みはなかった。短絡だが、これらから得られる一つの結論。


(僕の周りの音を失くした…………?)


 彼女は指を弾くだけで音を消し去ってみせた。たった一つの、見るからに簡単そうな動作。だが、それが冬森凛檎の魔法使いとしての能力を見せつけられているように感じた。

 そして一分ほどが経過し、宮西の周りに発動した魔法が解除される。音を得た宮西は、今度こそ怒らせるのは不味いと思い、冬森の話をしっかりと耳に入れた。


(それにしても、なんであんな夢を見たんだろ?)

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