2章 恋すれば廃人  LIMIT_LOVE

2-1

 自身の心に宿るもう一つの人格について、今一度考えてみる。


 R4の開発にも大きく関わった『エレメント』の末端組織、『特殊能力研究所ラボロジカリー』からはこの能力を『王女気取りの魔法使いパラサイトクイーン』と名付けられた。いや、名付けられたというよりはもう一つの人格が宮西京の身体を使って記したものを、研究所が採用したと言うべきか。


 自身の能力を研究した結果行き着いた答え――結局はもう一つの人格が心に宿ること以外は不明のままだった。


 現実世界でも、超能力じみた能力に目覚める人間はいるらしい。らしいというのは、宮西はこれまでにそのような能力者に出会ったことがないからだ。研究所の人間も、宮西に他の能力者を紹介することは決してなかった。逆もしかり。それは、超能力者の流出が世間を騒がせ、能力者本人、そして周囲の人間に多大な迷惑を掛けてしまうことを恐れた結果である。

 この超能力の名称は『ロジック』。ある部分が極めて理論的に動作することにより発動する超能力だから、この名で呼ばれている。


 とにかく、他のロジックと呼ばれる能力を使う人間に出会いたい。出会いたいがために、このR4にまで足を運んだのだ。成果を出さなければならないと、宮西は今一度意気込む。


 ――――と思っていたところに、


「やぁ、こんにちは!」


 ヌッと前方から聞こえた女性の声。


「わぁ! 誰、ですか? ……ってあれ? どこにいるのでしょうか……?」


 声の方向は前方のハズなのに、視界に移るのは多数の学生たちがそれぞれ行き交う光景だけ。繁華街であるこの場には相応の光景だろう。

 スピーカーのような音源が聞こえた訳でもないし、そう考えながら宮西はキョロキョロしたが、


「ここ、ここだよっ」


 おっ、と小さく声をあげて顎を引いた宮西京。


「……………」


 業務用回転椅子に座っていた声の主。ただし座るとは言っても、背もたれに胸元、腹部から体重を預けていたが。足を開いて椅子に跨っている少女。


「知り合いでしたっけ? って、みっともないですよ、その格好……」


 肩まで掛かるピンクの、クセのないミディアムヘア。頭の上にはグレーのハンチング帽を被っており、口元にはモゴモゴと棒付きキャンディを咥えている。髪色に似合わず地味な色が好きなのか、シャツもスカートも黒や灰色を基調としていた。


「ふっふ~ん。はじめまして、だよ? まービックリすることは仕方がないね。声を掛けたんのはいきなりだし。でもさ、何だかキミに親しみを感じちゃうかもっ」


 宮西よりも若干年齢が低そうな身体つきの少女。顔立ちも併せて推測するに、この少女は中学生くらいの年齢だろうか?

 宮西は目線を合わせるように膝を折たたみ、


「それで、僕に何の用で?」

「まあまあ焦らずに。そもそも私が誰だか知ることが先じゃない? キミのバトルスタイルは少なくともそうでしょ? へへっ」

「…………」

「あははっ。そう面食らわずに。どうしてそれを知ってるんだ? そう思ったでしょ? ――――――なぜならね、私はこの世界をぜーんぶ知ってるから」


 楽しそうにクルクルと椅子で遊ぶその少女。


「全部知ってる? この世界における神様ですか?」

「おっ、呑み込み早いね~、キミっ。ザッツライト! 私の名前は〈アールクイーン〉。この世界を統括する、そしてこの世界のシステムを円滑にするための完全自動制御システムさ!」

「その思考回路もコンピュータで作り出したものですか? まるで人間並みですねぇ。それで、僕に何に用でしょうか?」


「へへーん、別に大したモンじゃないよ。私、ボランティアで初心者くんたちにアドバイスをしてあげてるんだ。例えば……R4の中で痛い思いをしても慰謝料は出さないし、オバカで魔法が組めませ~ん、って文句言われても知らないし。ま、キミも初心者なりには頑張ってるみたいだし、そんなに言うことはないか。他に何か訊きたいことある?」

「んー、そうですねぇ……。この先、どう行動すればいいでしょうか?」

「じゃあ、『チーム制』って言葉を本なりネットなりで調べてごらん? きっと役立つはずだよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「どういたしまして~」


 そうして今度こそ、彼女はスッと群集に溶け込むように消え去ったのだった。


       ◇


「ふむふむ、『R4ではチーム制を奨励しています。もちろん、ソロプレイで自身を鍛えることもアリですが、一人で難しい勉強を、モチベーションを保ったまま勉強していくことは大変難しいです。ですから、定期的に開かれているチーム別の説明会にぜひ、足を運んでみましょう』。……そりゃあそうですよね……。一人で勉強なんて大変ですよね……」


 ビルの立ち並ぶ街並みの中の一角、セントラルの中でも一、二位を争うほどの大きさをもつ複合商業施設を訪れた宮西。彼は〈アールクイーン〉のアドバイスを受け、R4内で販売されている何十冊も並ぶ案内本の中から、店員から適当にオススメされて購入した本に目を通していく。


 目の先にある本屋のポップには、『微分・積分! 数学の基本が分かったら絶対にチャレンジ!』と、吹き出しという形でデカデカと目立つように窓ガラスに貼られていた。


 さて、と思う。


 そして、目の前をワイワイと賑やかに通り過ぎる人たちの右肩部に注目してみる。ほとんどの人間が、何かしらの数学的な記号や図形、アルファベットなどのマークを張っていた。


(えーと、『C』は……『コンスタント』、リーダーは知久ちく秋水しゅうすい……。なんだか怖そうな人だから止めとこ……。『N』はというと……『ナチュラル』……ん?)


 藤代みなみ。


 記憶は鮮明だった。それは先週のことであっても。彼女はチーム『ナチュラル』のリーダーだったらしい。そして本にも、『ナチュラル』のリーダーは藤代みなみと記されてあった。


(まあ、あんな人がリーダーだったらたまったモンじゃありませんよ……。追い出されたのはごく自然な流れですよね)


 何かしら良さそうなチームがないか、とページを捲りながら本全体に目を通していく宮西。


(……おっ、『キューブ』かぁ……。人数は二百人前後、チーム創立三年、リーダーは……)


 とても美人な女の子だった。ロングの金髪で、リーダーの顔写真がいくつも載っているページの中でも、ひときわ目立つほどの美貌。少々目つきは鋭いが、それもリーダーとしての風格を漂わせていた。


(名前は……冬森凛檎ふゆもりりんご……。あれ? どっかで聞いたことあるような……)


 何かしらの引っかかりを覚えたが、気のせいだと割り切ることにする。


「……おっ、ラッキー」


 そして運が良いことに、チームの説明会も本日、今から一時間後であることも判明。これは行かなければ、そういうことで宮西はチーム『キューブ』の説明会に向かうことにした。

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