コロナに感謝を オミクロン株に栄光あれ

あがつま ゆい

コロナに感謝を オミクロン株に栄光あれ

『コロナは素晴らしい!! コロナは最高だ!!』




 新型コロナウイルス。それは持たざる者が持てる者に抗うために慈悲深き神が授けてくれた崇高すうこうすべき大いなる武器だ。


 ナイフや銃は持ち歩いているだけで捕まるが、コロナウイルスは誰でもどこへでも持ち運びができる。

 その上貧乏人だろうが金持ちだろうが平等に死をもたらす。金持ちだから特別かかりにくいとか、貧乏人だから特別かかりやすい、といったこともない。

 カネの有無にかかわらず誰にでも平等に接することも実に慈悲深い。まさに「神のごとく」平等だ。


 しかも今はワクチンすらある程度無効化する最強の感染力を持つオミクロン株が大流行している最中だ。まさに神が「これが最後のチャンスだ」とおっしゃっている。

 当然、やるに決まってる。これは復讐だ。持たざる者から全てを奪いつくし財を築いた富めるものに対する正当な裁きだ。




 2022年1月某日……経団連ビル内に何人もの部外者が一団となって窓ガラスを割って建物内に侵入してきた。向かう先は会長をはじめとした重役たちが会議をしている会議室だ。

 下調べした通りのルートをたどり、目標地点へとたどり着く。




「いやぁ、やっぱり会議は対面しないとダメですな。リモート会議はどうしても性に合わなくて」


「ですなぁ。この実際に会って話す雰囲気があってこその会議ですからな」


 部下にはリモート会議を強引に推し進めている一方、自分たちだけは「直接会って話さなければ会議の意味はない」と駄々をこねて旧式の「人を集める会議」を開いていた。

 会長と副会長らが集まった、その時だ。

 突如会議室の扉が開き、マスクを外した若者が中心な9人の男たちが乱入してきた。




「ゴッホ! ゴッホ!」


「ヘーックション! ハクション!」


「ゴホ! ゴホ! ゴホ! ゲホ! ゲホ!」


 その男たちは会議に参加している重役たちにわざと口を向けて咳やくしゃみを繰り返していた。何者であるかを名乗ることもしない。




「!? な、何なんだ君たちは!?」


 副会長の1人が驚きと恐怖と怒りが混ざり合った感情をこめつつ怒鳴るが相手は答えない。代わりに咳とくしゃみを繰り返している。

 会議の出席者の何人かは外に出ようとするが乱入した男たちが入り口のドアの取っ手を南京錠と鎖で縛って勝手に施錠して封鎖し、鍵を外に投げ捨て出られなくした。


「オイ貴様ら! 出せ! 出せと言ってるんだ!」


 経団連の重役たちは抵抗するが相手は何も答えずただ咳とくしゃみを繰り返すばかりで、何者であるかは名乗りもしない。ある意味不気味だ。

 会長は社内電話で秘書や部下に指示を飛ばす。一刻も早くここから出なくてはいけない、と思ってのことだ。


「聞こえるか!? 私だ! 今謎の男たちに会議室が占拠されている! 扉も鎖と南京錠で施錠されてしまって開かない! 警察を呼んでくるんだ!」


 会長がそう指示を出している間も男たちは咳とくしゃみを、繰り返し繰り返し会議の参加者たちに浴びせ続けている。




 男たちが会議室に侵入して30分ほどが経った。


 ウーウウーウーウウー……。

 サイレンを鳴らしながらようやくパトカーがやってきて警察官が到着した。


「お巡りさん! こっちです!」


 警察官は「鎖と南京錠で施錠されてしまっている」と聞いてそれ用の工具を持って現場に入り、てこずったが何とか鎖を破って扉をこじ開け、1時間ほど閉じ込められた重役たちはようやく解放された。


 9人の男たちは建造物侵入罪および威力業務妨害罪で全員その場で逮捕、連行された。




「どういう意味だ! お前!」


「言葉通りですよ。コロナウイルスは、特にオミクロン株は我々搾取される貧者に慈悲深き神様が授けてくださった、強者に一矢報いるための武器ですよ」


「コロナは神が授けた武器」取調室にて、逮捕された9人の男たちの1人であり主犯者でもある男がそんな常軌じょうきいっした発言をぶちかました。


「……ということはお前まさか!」


「ええ、そのまさかです。今現在オレはオミクロン株に罹って38度台の熱が出てますよ。解熱剤を飲んでムリヤリ体を動かしているようなもんですよ。金持ち共に苦しみを与えるためにね」


 それを聞いて取り調べをしていた警官はしばし絶句し、我に返った直後隣にいた同僚に指示を出す。


「すぐに連絡するんだ。これはバイオテロだ! 生物兵器によるテロ行為だ! とんでもないことになるぞ!」


 事の重大さをいち早く理解した警察関係者は病院の手配と経団連の関係者らに連絡をすることにした。これは前例のない恐るべき「バイオテロ」だ。




 その数日後……。


「……!? ゴッホ! ゲッホ!」


 会議に参加していた副会長の1人は喉の不調を感じていた。例年なら軽い風邪だろうと軽く見ていたが、連絡があっただけにまさか……とPCR検査を受けることにした。

 その不安は大当たり。PCR検査でコロナの陽性反応が出たのだ。

 その後の調べでオミクロン株であることも分かり、会議室に侵入した男たちによってクラスターが発生してしまったのだ。




「!! そんな! ワクチンもきちんと2回打ったんだぞ! なぜ感染するんだ!?」


 副会長は恐怖と怒りの混ざり合った声で医師に怒鳴るが、医師は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「こう言ってもご納得いただけないかもしれませんが、コロナワクチンの感染予防効果は非常に高いのですがそれでも100%確実に、とまではいきません。

 特にオミクロン株にはワクチンをすり抜ける特性がございまして、防げる確率は2回ワクチンを打ったとしても既存株と比べても下がります。

 ブースター接種をすれば話は別だったんですが……」


 3回目のワクチン接種であるブースター接種は「去年の12月ごろから始まった」と言えるが、

 2022年1月の時点での対象者は主に現場の最前線で果ての無い戦いを続けている医療従事者が中心。

 高齢者というのを差し引いても一般の人への接種はまだまだ、という時期だった。




 この事件は経団連会長らがコロナに罹ったことで加速度的に報道の規模が増していった。

 各地のTV局、新聞社、WEBニュースサイトの取材に事件の首謀者は嬉々として受けた。そこで必ず同じことを言っていた。


「コロナウイルスは持たざる者が持てる者に抗うために慈悲深き神が授けてくれた崇高すうこうすべき大いなる武器だ。

 貧乏人だろうが金持ちだろうがコロナは平等に死をもたらす。カネの有無にかかわらず誰にでも平等に接することも実に慈悲深い。まさに『神のごとく平等で偉大な』兵器だ。

 コロナは素晴らしい!! コロナは最高だ!! コロナは神様からの贈り物だ! コロナに感謝を! オミクロン株に栄光あれ!」


 そう、正気を疑うような内容だがコロナに対する「賛辞」でりつぶされてた。




◇◇◇




「……オイ、聞こえているか?」


「……」


 取材に対し「コロナは素晴らしい!」と大々的に宣告してから2週間ほどが経った。

 事件の首謀者は今、人工呼吸器で絶え絶えな呼吸をし、生死の境をさまよっている。ここ数日で容体が急変して集中治療室に担ぎ込まれたのだ。

 経団連の会長らにコロナウイルス感染を引き起こした彼に警察関係者が厳しい口調で語りかける。


「経団連の副会長が3人コロナで死んで、会長含めた4人が重症で生死の境をさまよってる。お前が殺したようなものだぞ。罪の意識はあるのか?」


 それを聞いて彼の口元は歪み、笑顔を作った。


「笑うな! お前には罪の意識が無いのか!? お前が殺したようなものなんだぞ! 事の重大さを分かっているのか!?」


 警官の怒声がむなしく集中治療室にこだまする。返事をする者は……いない。結局首謀者は最後の最後まで自らが犯した罪の重さを自覚することはなかった。

 その後の彼は治療の甲斐かいなくコロナウイルスによる肺炎で亡くなった。その死に際は最高に輝いていた笑顔だったという。


 いわゆる「勝ち逃げ」だった……。

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