売れ残りにも春が来た!

おじぃ

売れ残りにも春が来た!

「俺さー、カノジョできたんだよねー! もう毎日ニヤニヤが止まらんよ!」


「え? 誰よ? 誰と付き合ってんの?」


「実は高橋たかはしとさー。ぎゅへへへへ~」


「おお! なかなかやるなあ! 実はさ、俺もできたんだよカノジョ! なんとなんと! あの鈴木すずきさんですよ鈴木さん! 今日バレンタインじゃん? んで今朝チョコ貰ったんよ。カカオパウダーから手作りの! いやあ良かったヨカッタ! これぞ正に薔薇色の高校生活! 高2の冬は熱いぜ!」


「おうおうあの鈴木さんかよお前もやるなあチクショー! 鈴木さんいっぱいいるから誰だかわかんねえけど!」


「リンキーだよリンキー!」


「マジかよ鈴木リンキーかよ! すげぇなお前!」


 うぇーい! とハイタッチする二人。どうせお前ら後でこの欲望とバイ菌まみれのばっちぃ手でパイタッチすんだろ?


「「で、お前は?」」


 教室の隅、俺の机の前に立って浮かれ騒ぐ二人の野郎。わざわざリア充アピールして目をキラキラさせながら余計な質問すんな。


「いねえよ」


「「え!? なに!? なんだって!?」」


 うっぜええええええ!! 二人揃ってこっちに顔近付けんな男くせえ。お前らのムカツク顔面にたんぶっかけてやろうか。カーッ、ペッ! って、とびきり濃いヤツを大量にな。


「いねえよ!! カノジョなんか生まれてこのかた一人もいねえよ!! カノジョいない歴イコール年齢のズルムケ童貞だよ!!」


 昼休み、ガヤガヤしていた教室が一気に静まり返った。


「うわー、引くわー。そりゃ俺だってこの前までそうだったけどさー、だからってそんな大声出して言わなくてもな」


「だな。まぁなんつーか、頑張れ」


 二人は俺の肩をボスっと握り、立ち去った。教室は徐々に賑やかさを取り戻した。


 一人になって隣の席を見ると、三人の女子がやはりバレンタインデーについて談笑している。そこだけじゃない。あちこちがそんな話題で持ちきりだ。中にはアニメキャラのバレンタイングッズについて語り合う集団もあるが、なんだか俺もそいつらに混じりたくなってきた。


 悶々としながら午後の授業を聞き流した放課後。ホームルームが終わって続々と席を立つ生徒たち。俺もその一人。さて、夕飯どうすんべ。ラーメン屋に寄るか? いや、バレンタインデーに一人寂しく外食はツライからカップ麺にしよう。


「ねえねえ東海林とうかいりん、今日ヒマ?」


 この辺りでは一般的に『しょうじ』と読むが、オフクロの実家がある山形県のとある地域では『とうかいりん』と読むのが一般的な長い苗字の俺を、隣の席に座ったまま手招きした鮫島さめじま。黒髪でセミロング、気さくな雰囲気とツンツンした雰囲気を併せ持つ普通の女子。三学期初日に隣の席になってから、好きな音楽とか『8×4』をなんて読むか当ててみろみたいなクイズとか下ネタとか、ごくありふれた会話をちょくちょくしている。ちなみに『8×4』の読みは『エイトフォー』。これが読めるか否かで女子は男子を査定する基準にしてるとかしてないとか。


「ヒマですよ。バレンタインなのにヒマですよ。鮫島さんも俺を苛めるとですか」


「そっかーヒマかー。私もヒマでさー、でも友だちみんな情事で忙しくてムカツクからさー、私らも遊ばない? ショッピングモールでも行ってさ」


「情事とか言うな。アイツらが羨ましくなるだろ。でもそうだな、鮫島となら気楽だし、まあいっか」



 ◇◇◇



 そんな流れで俺と鮫島は学校の前からバスに乗り、駅前のショッピングモールに到着した。ガラス張りの建物から漏れる暖色系の灯りが幻想的なこのショッピングモールは、ヒマな休日、俺の場合はほぼ毎週訪れる定番の娯楽スポットで、今頃アンアンうふふんしてるであろうあのクソ野郎共や、鮫島の仲間の女子たちと集まって遊びに来る。一人のときはテラスに出て特設ステージでたまに催されるアイドルとかミュージシャンのライブをじっと眺めるのも乙なもの。


「来たはいいけど、何する?」


 いつにも増してカップルの多いショッピングモール。目の前ではベンチに座る背の低い老夫婦が身を寄せ合いイチャコラしている。年取ってからもあんな関係でいられるのは羨ましい限りだ。


「さぁ。いつも集団で来るから流れに身を任せてるし、一人で来るときはテキトーに服見たり漫画買ったりCDショップ見たり映画観たりしてすぐ帰るし」


「結構満喫してんじゃん」


「まあな。ぼっちタイム結構好きなんよ。ぼっちマスターと呼んでくれて構わない」


「ふぅん。ねぇズルムケ童貞、お腹空いたしなんか食べない?」


「やめろ! その呼び方はやめろ! 本当にやめてくださいお願いします」


「えーいいじゃん。私だって処女だし。それよりクレープ食べよう」


「ちょっとちょっと! そういうの平然とぶっちゃけないの!」


「じゃあヤリ〇ンならいいの?」


「良くないよ! 個人的には処女のほうがいいよ!」


「大声で言うのやめようか。周囲の視線が痛いから」


「はい。でもね、俺さ、大事なのは処女か非処女かじゃなくてね、人間性だと思うんですよ。末永く一緒に居たいと思ったら処女を非処女にする一瞬じゃなくてさっきのお爺さんお婆さんみたいにずっと寄り添える関係をだね……」


 フードコートに移動した。俺はツナキュウリ、鮫島はチョコバナナのクレープを両手で抱え、向かい合って着席した。


「よく考えたらさ~、私ら二人で行動すんの初めてだよね~」


「だな。俺なんか女子と二人で行動すんのさえ初めてだぞ。ハジメテをあげたんだから感謝しろよ?」


「そうだねー。でも私は初めてより最後の女にしてくれるほうが嬉しいタイプなんだー」


「あぁ、その辺はダイジョブだろ。鮫島モテないからこれが最初で最後なんじゃね?」


「うわっ、ズルムケ童貞マジで失礼だわ。私ね、カレシいたことあるの。しかも二人。二股じゃないよ。だけどね、キスしようとしたらどっちの相手にも笑われた。ダメだ! なんか笑っちゃってキスする気になれねぇとかお腹抱えながら言われて。一緒にいて楽しいけど、やっぱ恋人としては見れないって」


「あぁ、なるほどな」


「なに納得してんの!? ソーセージとホルモン焼くよ!? ホルモン焼きにキ〇タマってメニューあんの知ってる!?」


「うるせえな知ってるよ声でけえな。そういうこと言うからフラれるんだろ」


「それズルムケには言われたくないわ。ズルムケだって平気で下ネタ言ってんじゃん。今日だけで何回言った?」


「ズルムケズルムケって俺はバナナか!? バナナにカラダ乗っ取られたのか!?」


「いちいち呼び方に文句言うなんて女々しいよ? もういいじゃんバナナに乗っ取られたバナナ星人でさ~」


「そうだな、で、鮫島はバナナ星人と行動を共にする哀れな雌ブタだな」


「は!? なに言ってんの!? この流れだったら私はアワビ星人でしょ!?」


「しまった! こりゃ一本取られたわ」


「へへへざまぁ! でもアワビと一緒に焼くならキノコのほうがいいな~」


「わかる。バーベキュー的な何かだろ?」


「そう! バナナは焼かないけどキノコとアワビは焼くじゃん! うわ、なんか凄い嬉しい。これ他の人誰も共感してくんない気がする。ってかこんな話題になんない」


「俺もガチで下ネタトークできんの鮫島くらいしかいねえわ」


「はははっ! それ誉めてんだかけなしてんだかわかんないよ! さて、食べ終わったし視線が痛いから出ようか!」


「おう、ちょっと俺レストルーム行ってくるわ。ズルムケスティックが我慢の限界を訴えてる」


「トイレね。いちいちレストルームなんて英語で言わなくていいからさっさと行ってらっしゃい」



 ◇◇◇



 イケメンでもブサメンでもない、ごく普通の売れ残り男子、東海林。同じく売れ残った私は軽い気持ちで遊びに誘ってみたけど、こうしてバカやってるのも結構楽しい。きっと私たち、似た者同士なんだと思う。


 東海林がトイレを済ませた後は特に行きたい店もなく、なんとなく本屋に入って少年漫画の単行本を買ったり、服屋では午年うまどしにちなんで騎手を振り回して雌馬を追いかけ回す暴れ馬がプリントされた黒いトレーナーをお揃い買ったりと、ごくありふれた買い物を満喫した。


 ショッピングモールを出ると土砂降り雨で、私や東海林、他の人たちもなるべく停車場の軒下のきしたでバスを待つ。


「私らってさ、このまま所構わず下ネタ言ってたら、バカな大人一直線じゃない? それにさ、下ネタ言う女ってオンナ捨ててるんだって」


「ほぉ~、確かに俺も所構わず下ネタ言うのはヤバいと思ってんだけど、ついついな。でもよ、俺はこうやって鮫島と下ネタ言い合えるの結構楽しいんだぜ? オンナ捨てたかどうかは知らねぇけど、自分らしさってことでいいんじゃね?」


「そうかな~。私もこういうトークするのは好きだけどさ~」


「いいんだよ。それでもし、ずっと売れ残りだったら俺が買い取るから」


「はははっ、買い取るってなんだよ! ズルムケこそ売れ残るんじゃない?」


「本当にそうなりそうだからそのときはお願いします」


「はいはい、考えときますっ」


 あぁ、どうしちゃったんだろう私。さっきまでただの男友だちだと思ってた東海林が、もし売れちゃったらと思った途端、ズクズクと胸が苦しくなってきた。どうしよう、まだ間に合う。バスを降りて別れるまでに気持ちを告げたい。でもそんな、たったいま始まった恋で、こんな急展開ってアリなのかな? でも、もし東海林が誰かのって考えたら……。


 ああもう細かいことはどうでもいい! よし決めた!



 ◇◇◇



 バスを降りて高校の前に到着した俺と鮫島。やっべ、まだ雨止まねえの? 傘ねえよ。こんな冷たい夜に冷えたカラダを温め合ううんこリア充どもが羨ましくて仕方ない。とりあえず、バス停のすぐ後ろにある歩道橋の下に隠れて雨をしのぐ。


「あ、ちょっと肉まん買ってくるからここで待ってて」


「メッチャ寒いし風が突き刺すから俺も店入りたい」


「すぐ戻るから!」


 言って鮫島は俺に通学カバンを預け、黄色い折り畳み傘を差してスタスタと音をたて歩道橋を渡り、目の前のコンビニに入った。


 うわうわうわうわマジさみーよ。先週の大雪のときよりさみーよ。早く戻ってくれ~。


 酷く長い時間が経過したような気がした三分後、鮫島は小さいビニル傘を持って戻ってきた。ちょこちょこ走る鮫島を見て、俺は何故か吹き出し笑いそうになった。


「はい! 半分こして食べよー」


 息を切らして戻ってきた鮫島は、袋から肉まんを取り出して手で裂いた。六対四くらいの割合で、俺は四のほうを渡された。


「おう、サンキュー」


 とはいえおごりだから文句は言わず、素直に礼を言って受け取る。


「あとね、これ、チョコ!」


「おおお! マジか! いいのか!?」


「いいけど、百円の板チョコ貰ってそんな嬉しい?」


「なに言ってんだ超嬉しいに決まってんだろ! 値段なんか関係ねぇよ! でよ、実は俺も、これ」


 言って、俺は通学カバンから小さいチョコの詰め合わせを渡した。販売店は逆チョコを考慮して、中身のチョコは同じでも、定番のピンクやレッドのほか、ブルーやグリーンの包装紙があり、男女とも気軽にバレンタインチョコを買えるようになってる。男がピンクやレッドを買っちゃいけないなんてことはないが、俺は気に入ったグリーンの包装紙のチョコを買った。


「えっ!? うそコレいくらした!? ってかいつ買った!?」


「値段は忘れたけど、フードコート出た後レストルーム行くフリして買ってきた。モールの入口でチョコ売ってただろ?」


「ああ! 覚えてない! ってか見ないフリしてた! なんか悔しくて。ってか買ったらすぐに渡してよ! そしたら私だって高いの買ったのにさー。あ、手持ち三百円もなかった」


「おいおい。でさ、俺は渡しづらかったんだよ。鮫島がチョコくれなかったら渡しそびれてたぞ。今日は鮫島と遊んで楽しかったから礼にと思って衝動的に買ったけど、渡しそびれたら元も子もないからな」


「そんな高いお礼しなくていいよぉ。でもありがとね、誠一せいいちっ!」


 なっ!? なんだよ急に名前で呼んで。反則だろ! やっべー鮫島のくせにメッチャ可愛い。ああもうここは俺も思い切るか!


「おう、笑子しょうこ!」


「へへへっ、やった♪」



 ◇◇◇



 はははと笑い合う二人の幸せを祝ってか、黒い土砂降り雨はまもなく真白ましろに姿を変えた。それでも互いに手を繋ぐのが照れくさい誠一と笑子は、一つの小さな傘を二人で持ち、このひとときの終わりを惜しむように、ゆっくり、ゆっくり歩き出した。手が悴む白い夜の下、分け合ったほかほかの肉まんと二人のくすぐったい笑顔は、局地的に一足早い春を連れてきたようだ。

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