第17話 椎田菫vs米田群青


「よおスミレ、さっきぶりだな」


 放課後、生徒会室に入った米田グンゼが放った言葉だった。彼はスミレやモエギと同じく二年B組で、先ほど教室で別れたばかりだ。


「……グンゼ。その、よろしく」


 スミレが恭しく手を差し出したので、米田グンゼも爽やかに応じた。


 筋骨隆々な肉体から見て分かるように、米田グンゼは元々運動部なのだ。試合前の礼儀として、挨拶を交わすのは競技者として当たり前の行動らしい。


 同じ教室の場合は授業で能力を披露しているため、互いの手の内は知れている。今までと違い、どちらにも不利が無い公平な試合である。


 自分の試合よりも、親友の試合の方が緊張する。そう感じたモエギは、息が詰まりそうな想いだった。


「手加減無用だ」


「うん、そのつもり」


「よし、椎田も米田も用意はいいか」


 いつの間にか生徒会室に居た教師が、スミレと米田グンゼに声を掛けた。名指しされた二人が同時に返事をすると、試合会場である模型の乗った机に向かい合うように立った。


 どうやら先生は、挑戦者から先に分身を出すようだった。まず教師はスミレの肩に手を置き、分身能力を発動。光に覆われた彼の胸から、小さな分身が姿を現した。


 同様に教師は米田グンゼの肩に手を置き、小さな分身を作り出す。二人は手の平に自分の分身を載せると、模型で出来た会場へと差し出すように手を伸ばす。


『生徒端末をご覧の皆様、お待たせしました。生徒会能力戦の準備が整いました』


 告示が聞こえたのか、スミレが意識を分身の方へと移したようだ。改めて模型の中に立てば、自分が特撮映画の主人公になったような気持ちを覚えるだろう。モエギは未だに息を呑んでいた。


『試合開始』


 無機質な教師の宣言と共に、大きく鐘が鳴り響いた。当事者となったスミレが、今回はまるで震えが来なかったのにモエギが驚いた。


「いくぜ、スミレちゃんよ!」


 まず始めに動いたのは、挑戦者である同級生。米田グンゼの分身だった。両脇を締めて拳に力を入れるような動作を取ると、米田グンゼの鼻が大きなツノのように変化した。


 やはり最初はサイで来たから、モエギは驚いた。


 試合前スミレは何となく、米田グンゼは最初はサイで相手の力量を計ってくるのではないか、と勘づいていた。


 まず力比べをして、そこから相手に有利に運べる動物へと変化するのではないか。先日の生徒会長の試合だけでなく、授業でも何度かスミレは彼の能力を見てきているのだ。試合前の彼の発言を耳にしたモエギは、スミレの成長を感じずにはいられなかった。


 迅速能力を用いて、米田グンゼの突進を難なく避けるスミレ。相手も予測していた結果だろうから、ここで形態を変化するような気がしたモエギ。何度も闘いを見てきているせいか、スミレも驚くほどに冷静な姿勢を見せている。


 モエギの予感は、見事に的中した。米田グンゼの鼻のツノは、いつの間にか消えていた。形態変化の時間だ。


 きっと、足の速い動物に変化するのだろう。モエギは心の中で、次の動物を推理する。速い動物って言えば、馬か鹿か虎あたりだろうか。


 しかし、モエギの予想は大外れ。米田グンゼの両手両足は、布のようにヒラヒラになり、更に宙へと舞い上がる。


 何の動物だか理解させる前に、米田グンゼは動いていた。飛来した彼の肩が、一瞬にしてスミレの腹に入った。


「馬じゃなくて、UMAかよ!」


 モエギの台詞に、本体のスミレがビクリと反応した。名前は忘れたが、速く飛ぶ未確認生命体が居たような気がするモエギだった。


 突き飛ばされたスミレの分身は、模型を破壊しながら机の上を転がった。もともと米田グンゼはスミレより体重があるせいか、今の一撃で耐久値が結構減った様子である。


 あと一撃で、終わってしまうかもしれない。嫌な予感しかしないモエギは、背中に冷や汗が流れた気がした。


 気合を入れ直したのか、スミレは立ち上がるなり迅速能力を使用した。


 スミレの分身の背中の先で、模型が崩れる音が鳴る。振り向いたスミレが、元々居た場所に米田グンゼが突っ込んでいたのを確認したのだろう。すぐに能力を使わなければ、この闘いは終了していたかもしれない。


 モエギが少し驚いているのは、米田グンゼの肉体の強さだった。


 前にスミレが腕だけでモエギの腹筋に迅速した場合、骨が折れそうな位の痛みだったと言っていた。スミレと同じくらいの速さで衝突して、米田グンゼ自身は無傷なのか。


 米田グンゼが相手を向いたので、スミレはそのままの体勢で迅速能力を使用。未確認生命体の米田グンゼが、スミレの居た場所を同じくらいの速さで横切った。


 その様子を見たモエギが、一つの可能性を見出した。この未確認生命体、前のスミレと同じではないか。


 入学当初、能力に開花したてのスミレは、真っ直ぐな前進しか能が無かった。だが今のスミレは、曲線を描いて能力を使える。


 米田グンゼがスミレの方を向いたので、すぐに迅速能力を使用。この時点で、モエギの予感は確信に変わりつつあった。なにぶん迅さに関しては、スミレの方が経験が長いのだ。


 ならば、それを利用してくれ。モエギは、そう心から祈った。いま米田グンゼは、スミレの背後の先に居た。


「はっくしょい!」


「馬鹿!」


 スミレの本体がくしゃみをしたから、隙が出来たと思ったのだろう。現にモエギも、焦りの声を出していた。未確認生命体と化した米田グンゼが、スミレの分身に猛攻を掛けた。


 ここでスミレが迅速能力を使用したから、モエギも目を丸くした。どうやら今のくしゃみは、わざとだったようだ。いつの間にそんな技を取得したのか、親友の成長にモエギは驚きを隠せなかった。


 迅速で分身を振り向かせたスミレは、そのまま足を伸ばした。スミレの目論見は大成功、見事に靴底に米田グンゼの顔面が飛び込んできた。


 勢いに突き飛ばされたスミレだったが、米田グンゼも蹴り飛ばされていた。スミレはそのまま空中で、迅速能力を使用。


 浅い曲線を描いたスミレは無傷で着地、そのまま墜落した米田グンゼに向かっていく。


 未確認生命体になったとはいえ、米田グンゼの分身は制服を着ている。腰のベルトを掴んだスミレは、再び迅速能力で加速。模型の建物をなぎ倒しながら、机の上を進んでいく。


「ま、まさかスミレ!」


 模型の破片を散らしながら、スミレは机の端まで突き進み。最後に米田グンゼから、手を離した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る