第15話 他の能力が使えるわけねえだろ
「待てよ、稗島ザクロ……」
何か思いついたような表情で、モエギの本体が稗島ザクロを指差した。
「お前も……俺に攻撃できないんじゃないか?」
モエギの一言に、稗島ザクロの本体がギクリとした顔になる。どうやら図星だったのか、スミレの隣でクチナシも口をへの字にした。
「……あ、そういうことか!」
その状況を見て、スミレもピンと来た様子。共痛覚で跳ね返って来る以外の攻撃は、モエギの能力が働いて無と化す。つまり稗島ザクロも、彼に攻撃しても無意味な状態なのだ。
「だから、何だって言うのさ。このまま時間切れになれば、君は負けだ。兄さんの時と、同じようにね」
時間切れの場合、残存耐久値判定に持ち込まれる。共痛覚でモエギの耐久値が壱でも減っていれば、間違いなく無傷の稗島ザクロの勝利となる。
「だからって……何もしないで終われるかよ!」
威勢の良い言葉を放ったモエギは、稗島ザクロの方へと駆け出した。攻撃を与えればモエギの耐久値が減るというのに、彼は一体なにをするのだろうか。スミレは試合会場から、目を離せないでいた。
するとモエギの分身が、稗島ザクロの分身の腰を掴んだ。何をするのか全員が注目する中、モエギは驚く行動に出る。
「うおぉぉぉら!」
まるで救助者を助けるかのように、モエギが稗島ザクロを肩に担ぐ。分身とはいえ、小さい身体の何処にそんな力があったのか。言葉にすれば怒られるので、スミレは口にはしなかった。
そして相手を担いだまま、モエギは机の会場を思い切り駆け出した。
「ま、まずい」
慌てた稗島ザクロが、担がれたままモエギの身体にヒザやヒジを打ちこんだ。しかし向こうからの攻撃は、ゼロ能力で無効化だ。どんな状況であろうと、モエギに殴打は何一つ通用しない。
「あーばよっ!」
机の端まで行ったモエギは、そのまま勢いで肩の稗島ザクロを投げ捨てた。
場外に葬られた稗島ザクロの分身は、会場の外へと吸い込まれるように消えていった。
副会長候補戦結果。戦闘会場離脱により、現副会長候補、治田萌葱の勝利。
見事な戦いぶりに、生徒会長と副会長はモエギに拍手を贈った。そんな中、稗島ザクロは絶望したようにヒザを着いていた。
「……ザクロ」
友の落胆ぶりに居ても立ってもいられなかったのか、クチナシが彼の方へと駆け寄った。
「……僕が、副会長の弟の僕が……こんな」
あっけない終わり方に、心が折れてしまったのか。まるで生気を失ったかのように、稗島ザクロがうわ言を繰り返していた。そんな様子に気づいたモエギが、彼の方へと言葉を投げ掛ける。
「おい、弟! お前、何でこの俺に負けたのか理解してんのか⁉」
死人にムチを打つような行為に見えたのだろう。クチナシが鋭い目を向けるが、気にせずにモエギは言い放つ。
「お前が、共痛覚しか使ってなかったからだよ!」
「はぁ⁉」
落胆で動けない稗島ザクロの代わりに、クチナシが言い返す。
「共痛覚能力者なんだから、他の能力が使えるわけねえだろアンデッド!」
「いいや、モエギくんの言う通りだね」
クチナシとモエギの間に入ったのは、副会長であり稗島ザクロの兄でもある稗島シヅカだった。上級生に噛みつけないのは、どの生徒も同じなのだろう。クチナシは、大人しく口を噤んでしまった。
「ザクロ、君は授業で何を教わったんだい? 我々能力者は、自分達の能力の幅を広げる為に学園に居るんだよ?」
己の能力を工夫して、人に役立てるものにするというのが、学園の模範的な能力の用い方である。
ただ人とは違う能力を持つだけで満足しているようでは、生徒会として生徒の代表になれる筈もないのだ。
兄の一喝が効いたのか、稗島ザクロは今にも泣きそうな表情になった。
そんな負け犬に既に用は無い様子で、モエギは背中を向けて堂々と顔を上げた。
「守りましたよ……」
副会長の目の前に立ったモエギは、主張するように腕章に手を置いた。副会長は愉快そうにクスリと微笑んだ。
「最後まで守り抜いてから、言う台詞だよ。それ」
「それも、そっすね!」
落胆する挑戦者をよそに、副会長と笑い合うモエギだった。
だが、この時、スミレもモエギも気づいていなかった。落胆する稗島ザクロの隣で、クチナシがモエギに憎悪の目を向けていたことに。
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